【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
「それでは、よろしくお願いします!」
「はい、お疲れさまでした」
仕事の引き継ぎを終え、ぺこりと互いに頭を下げ合う。同僚は疲れているのかいつも元気な声が少しばかり小さかった。今日は事情があっていつもよりも交代の時間が遅れていた。後二時間ほどすれば日付が変わってしまう。
同僚は草臥れた様子だが、それでもまだ気力はあるのか、歩く足取りは確かだった。明日の朝は妹のために朝食を作るのだと意気込んでいたから、きっとさっさとベッドに入るのだろう。微笑ましい気持ちになりながら、アンセルは同僚の背中を見送った。
さて、と自分も次の勤務場所へ向かう。
「失礼します」
ドクターの執務室。そこが今日のアンセルの勤務場所だ。
「あれ、ドクター?」
いつもならばドクターの声が帰ってくるのだが、なぜだか今日はなかった。不審に思いながら中へ入る。
正面の執務机には部屋の主の姿がなかった。どこへ行ったのだろうか。周りを見回す。
くん、と鼻になにやら香ばしい香りを感じた。なにかを炒めるような音も聞こえる。音の方向へ進むと、備え付けの簡易キッチンだった。
中を覗き込むと、そこに目的の人物がいた。フライパンを揺すってなにかを作っている。
アンセルは眉根を寄せた。
「ドクター」
「……ん? ああ、交代か」
「はい、私が来ました。……で、なにをやっているんですか?」
「料理を作っている」
それは見れば分かる。そういうことを聞きたいのではない。だがドクターもそれは分かって惚けているのだろう。むむむ、とアンセルの眉が上がる。
「こんな夜遅くの食事は健康に良くないですよ」
ドクターはただでさえ健康診断で不摂生な生活を改めるように言われているのだ。医療オペレーターとして見過ごすわけにはいかない。
が責められている相手はちらりとアンセルを見て、「でもなあ」と口を開いた。
「腹が減っているんだ。このまま業務をするにも、作業効率が落ちる」
「ですがっ……!」
反論しようとした瞬間、きゅう、と小さな音が鳴った。ドクターがきょろきょろと音の発生源を探す。アンセルは身を縮めた。そしてまた、同じ音がした。
「…………」
ドクターがアンセルの腹を見る。その視線に、アンセルは赤くなって腹を押さえた。
今日は特別に引き継ぎが変則的な時間だったために、腹に簡単なものしか収めていなかったのだ。そもそもアンセルは種族的な問題で夜に活動するため、通常の夕食とは別に夜食を食べる習性がある。
つまり、お腹が減っていた。そしてアンセルはこう見えて、食べ物に釣られると弱い。
腹を抑えたままドクターを見上げた。ドクターはパチパチと瞬きをして、こくりと頷く。
「……食べるか?」
そっとフライパンをこちらに傾ける。食欲をそそる臭いが鼻を抜けた。黙ったままのアンセルに、ドクターはさらにフライパンを近づけた。ぐぐぐと奥歯を噛みしめる。
「………………今回だけですよ!」
長い沈黙の後、アンセルは顔を赤くして答えた。しかし「よそうのは私がやります」というのを忘れない。アンセルは医師見習いなのだ。己の欲望に負けはしたが、患者の健康は守らなねばならない。ドクターに任せて許容できる量を超えて食べられてはかなわない。
アンセルの言葉にドクターは「了解」と答えると、手早く食材を切ってフライパンに投げ込んでいく。かき混ぜてて、と頼まれてアンセルも手伝った。
数分後には、食欲をそそる香りをさせる料理──チャーハンができていた。宣言通りにアンセルがさらによそっていく。それを見てドクターが片眉を上げた。
「アンセルの量、多くないか?」
「ドクターのものを適量にすると、こうなります」
「……いや、それでもキミの分が明らかに多いだろう。食べられるのか? 食べてやろうか?」
「お気遣いなく。問題なく食べられます」
物足りなさそうな視線をバッサリと切って、皿に盛った。ドクターのものを一とするならば、アンセルのものは二倍ある。ちょっとした小山のようになっているが、口にした通り問題なく腹に入る。線の細い体つきをしているが、その実、アンセルは健啖家だった。一緒のテーブルを囲んだ相手に驚かれることも多い。
ぱくり、と口に入れると、ガツンとにんにくの風味が舌を直撃する。ドクターが自重せずに入れたせいだ。その他の味も塩見が強く、「体に優しい」という言葉とは対極にあるような料理だった。
美味しい、が、体に悪い。
むぐむぐと口を動かしながらアンセルは正面のドクターを見た。実に幸せそうに口を動かしている。それにむむむ、と眉を寄せた。
「今回だけですからね……!」
これからも許されると思われては困る。だが、ドクターは、分かってる、分かってる、と不安になる軽さで頷く。本当に分かっているのだろうか。内心唸る。今回は自分の不覚で許してしまったが、次はない。それに夜にこの量を食べたならば、朝食にも気を使わなければならない。アンセルは心のメモに引き継ぎ事項として書き込んだ。
すっかり皿の中を空にして満足感に息を吐く。ドクターが皿を片付けるのを手伝おうとしたが、楽にしていていいと言われた。椅子に深く腰掛けて一息つく。だが、キッチンに皿を運んで返ってきたドクターの手に、予想外のものを見て思わず悲鳴のようなものを上げた。
「ドクター! それはなんですか!?」
「デザートだ」
悪びれもせずに堂々と胸を張るドクター。アンセルは眉を吊り上げた。
「それは流石に許可できません!」
「だめか?」
「ダメです!」
「アドナキエルが作ったやつだぞ」
「あ、アドナキエルさんが……?」
アンセルは同じ部隊に所属する同僚の名前を出されて怯んだ。彼は菓子作りの名手だ。たまに作った菓子を部隊の皆へ、と振る舞ってくれることがある。……とても美味しかった。
ドクターは菓子の量も制限が入っていたはずなのだが、あの同僚はドクターに甘いところがある。彼の性格から言って後で報告は上げてくれるはずだが、アンセルからもきっちり言っておくべきだろうか。
一瞬押されたものの、アンセルは首を振った。唾を飲み込んで、キッとドクターを睨む。
「で、でも、ダメですよ!」
「半分君にやろう」
「ぐっ」
にやにやとこちらを見てくるドクターに、苦々しい顔をする。アンセルだって食べたい。食べたいが、だが……。……でも半分程度ならば、ドクターも問題ないのでは? 前回のメディカルチェックの結果はたしか……。いや、しかし……。
アンセルがぐらぐらと揺れている内に、ドクターはさっさとデザートを半分に切って、一方をこちらに差し出してきた。にこり、と笑って言う。
「で? 食べるか?」
「…………食べます」
結局、アンセルは折れた。ふたりで黙々と食べる。──デザートは、とても美味しかった。
苦し紛れに、次にこういうことがあったらハイビスカスさんに言いつけますよ、と言うと、ドクターが若干青い顔をして顔を引きつらせたのは、まったくの余談である。