【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
オーキッドは廊下をハイヒールでコツコツと音を立てて歩きながら思案した。
午後から突然の半休を与えられ、降って湧いた休みに何をしようか考える。ちらりと窓へ視線を向けるが、そこには灰色の雲と細く糸のように降りしきる雨があった。耳をすませば雨が地面を打つ音が聞こえる。買い物に出るにも良い陽気とは言えないだろう。同じ隊の者たちは別々の任務だったから、彼らと会うこともない。
考え込んでいる内に部屋に付いた。ラフな格好に着替えてから、本棚の本の背表紙に指を滑らせ、良さそうなものを選ぶ。そうしてふたり用のソファに腰掛けた。もともと置いていたものはひとり用だったのが、ポプカルが同室になってから替えたのだ。
ぺら、ぺら、と頁をめくるが、目が上滑りする。文字は認識しているが、理解をする前に他のことに気を取られた。自身が隊長を務める部隊の隊員たちのことだ。一癖も二癖もある彼らは、上手く仕事を進められているだろうか。他人に迷惑をかけていないだろうか。
「…………」
オーキッドはしばらく本の頁の表面を眺めていたが、集中できないことが分かると、大きなため息を付いて立ち上がった。せっかく時間があるのだから、ずっと考えていたアレを作ろう。
決めてからは早かった。必要な行動が頭の中で組み立てられる。後はそれを一つずつ熟していけばいいだけだ。
オーキッドは作業室の一室を借りて、あるものを作ることにした。汚れるだろうことを考えて、服はジャージに着替えてある。といっても所々アレンジを加えたスタイリッシュなジャージだ。これから汚れることを考えると無駄と見る者もいるだろうが、ファッションに気を使うというのは、彼女の彼女たる所以だ。
オーキッドは仕事が嫌いではない。忙しく立ち回るのは前職から慣れている。問題に問題が重なり、息をつく暇もないほど走り回ったこともあれば、なんで自分は大変な思いをしているのかと自問自答したこともあった。けれど奮闘した後の疲労とともに感じる達成感は悪くないものだった。仕事終わりに一杯のビールが共にあるとなお良い。
オーキッドがそんあことを考えながら手を動かしていると、トントンと扉を叩く音がした。顔を上げると、開いた扉の横にドクターがいた。どうやら休憩室に置きっぱなしにしていたファッション雑誌を届けに来てくれたらしい。
ドクターはオーキッドの足元に広がるものを見て、首を傾げた。
「たしか君は、午後は休みだろう?」
「ええ、でもショッピングに行く気にもなれなくて」
「なにを作っているんだ?」
「……ちょっとね。あの子たちが少しでも大人しくなるためのもの。いえ、なればいいと思って作ってるけど、どうなるかは分からないわね」
ドクターは仕事熱心だと笑った。休みなのに、仕事の延長のようなことをやっているのがおかしいのだろう。
仕事熱心ではなく、自分が問題児たちのせいでプライベートな時間まで気に揉んでしまうのだと、ため息混じりに答えた。
それにドクターは「オーキッド」と名を呼んだ。
「助かっている。──いつもありがとう」
ドクターの声音がふたりしかいない空間に響いた。
仕事は仕事だ。やって当たり前のこと。苦労をからかい混じりに労われることはあれど、あまり感謝を示されたことはなかった。自分でもこれほど心を動かされるとは思わなかったほど、オーキッドの胸は暖かくなった。
喉奥が詰まって言葉を返せずにいると、ドクターはないかを思い出すように口を開いた。
「ポプカルは撫でてあげて、カタパルトは縛り付けておいて、スポットは怒らせないようにして、ミッドナイトは実力行使で躾ける」
いつかオーキッドがドクターへ言った言葉だ。それさえできれば貴方も彼らのお世話係になれると言った。
宙を見ていたドクターの目線が、オーキッドの目を見た。
「それで……オーキッドは? 君を適切に扱うには、どうすればいい?」
一瞬言葉に詰まった。まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったのだ。
ドクターの声音はからかい混じりで、けれど優しくオーキッドの耳朶を打った。君は充分すぎるほど働いている、と続いて言われたことに、胸がいっぱいになった。だが、生来の性格がそれを素直に表すことを邪魔する。
「そうね……給金を上げてほしいわ。それにあの子たちの操縦方法を私に聞いてくるのは止めてほしいわ」
なにかありそうになる度に、職員たちが聞いてくる。問題児たちの手綱をオーキッドが正しく握れているわけではないのだ。操縦方法を聞かれても、むしろ自分が知りたいくらいだった。
すねた表情で要求を突きつけてみる。が、すぐにオーキッドのそれは柔和なものに変わった。
「いいえ、でもやっぱり……こうやって労われるだけで、充分ね」
オーキッドは自分が隊長を務める部隊の隊員たち──問題児たちの起こす問題に振り回され、増える仕事に口汚く罵ることもある。が、決して嫌ではないのだ。
鉱石病で前職を失い、ロドスに入った。任されたのはなぜか問題児たちの取りまとめ役だったけれど、いつか辞めてやると思ったこともあったけれど、もうやってられないとすべてを投げ出したいと思ったこともあったけれど、それでもオーキッドは貴重な休みの時間をこうやって彼らのために割く程度には大切にしている。プライベードでも彼らのことを考えて気に揉んでしまうほどには、情を重ねていた。
オーキッドの答えにドクターは欲がないなと笑った。
欲がないわけではない。ただ、文句を口にしながらも、心の底では楽しいと思っているだけだ。
ドクターは最後に「給料の話は上に上げておく」とだけ笑って言って、オーキッドが冗談だったと止める前に後ろ手に手を振って去っていった。
まったく、と嘆息するオーキッドの口角は上がっていた。息を一つ吐いて、工具に向き直る。今日中に切りの良いところまで進めてしまいたい。
──数日後、オーキッドの部隊室には手作りのカプセルトイが姿を現し、隊員たちの歓声をもって受け入れられた。