【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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帰る場所/プロヴァンス

 体が重い。足が棒のようだ。一歩、踏み出すたびに体が軋むような鈍痛を訴えかけてくる。

 はあ、と吐いた息は思った以上に疲れが滲んでいた。

 プロヴァンスは天災トランスポーターだ。天災の発生を事前に予期して、そこに暮らす人々に警告をする。人間が天災に立ち向かうことはできない。できるのはただ逃げることのみだ。

 逃げて、逃げて、逃げて、生き延びる。それが天災に相対した際に、人間が取るべき行動だった。

 今回は運が良かった。プロヴァンスはいち早く気づき、適切に天災から人々を逃がすことができた。被害がないとは言えない。家々は破壊の限りを尽くされた。けれど、命あっての物種だ。生きてさえいれば、進むことができる。またやり直すことができる。

 プロヴァンスは感謝された。よくぞ教えてくれたと、救ってくれたと、怪我をした片足をかばいながら涙を流して手を握られた。けれど、しばらくするとその顔は恐怖に歪んだ。

『まさか、あなたは感染者……?』

 運悪く鉱石病へ感染していることが知られたのだ。天災の近くで活動する天災トランスポーターたちは、鉱石病を罹患するリスクが高い。そしてプロヴァンスも例に漏れずそう(・・)だった。

 握られていた手は勢いよく振り払われた。バランスを崩して倒れそうになるのを、プロヴァンスは思わず手を伸ばした。しかしそれは荒々しく拒絶された。そのひとは地面に倒れ込みながら、怯えた目でプロヴァンスを見た。

 苦い思いがこみ上げる。そのひとだけではなく、周りの者達も同じ目でプロヴァンスを見ていた。

 仕方がないことだ、と頭の片隅で思う。

 鉱石病は不治の病だ。致死率百%。それ故に恐ろしく、そして恐怖は差別を助長する。

 プロヴァンスは、その場を去るしかなかった。

 荒野の風がプロヴァンスの髪を荒々しくかき混ぜる。ぴり、と走った痛みに目を細めた。腕を見る。細く伸びる赤い筋があった。そこには手を振り払われた際にかすった爪痕だ。

 腕から視線をそらし、また一歩進んだ。ロドスまではまだ遠い。

 プロヴァンスは同業者たちと同じく、いつか悲惨な最期を迎えるのだと、ぼんやりと思っていた。天災で死ぬか、手負いとなって荒野で死ぬか。

 幾度も天災を逃げ延び鉱石病となった。けれど、この病気が直接的な死の原因となることはないだろう。なぜなら、それより前に天災によって、あるいは避けられぬ人の業によって終わりがくるのだろうと予想していたからだ。もちろん、プロヴァンスはできるかぎり足掻くつもりだ。それでも、遠くない未来に、その終末はやってくるのだろうと思っていた。

 諦めるつもりはない、と言いながらも、心のどこかで『仕方がない』と思っていた。だってプロヴァンスは天災トランスポーターなのだ。その最期が、平穏とは程遠いところであっても、仕方がない。

 ──それでいいと、考えていた。

 天災は恐ろしい。人々の生活を壊し、生命を脅かし、過ぎ去った後にも禍根を残す。自分の奮闘でそれらが少しでも軽減できたならば、どれほど良いだろうと思った。己の命を燃やす意味がそこにあると、考えていた。

 今でもその考えは変わらない。けれどあるひとと過ごすようになってから、少しだけ、変化したことがあった。

 己が鉱石病であることを気にしていなかったけれど、まだ生きたいと、そのひとと一緒に先を見てみたいと思うようになった。自分は天災では死なない。鉱石病でだって死にたくないと、思うようになった。

 ベッドの上では死ぬことはできないと思っていた。今でも、正直、思っている。それでもできるかぎりは、歯を食いしばっても足掻くのだと、その思いが強く胸に宿るようになった。

 重い足を動かす。大地を踏みしめて前に進む。

 それから幾度かの夜を越え、プロヴァンスは戻ってきた。帰る場所──ロドスに。

 扉をくぐる。土埃に汚れる体をすぐに綺麗にしたい。けれどその前に、あのひとに……。

 そう思った瞬間、声を掛けられた。

「プロヴァンス」

 はっと顔を上げる。相手はたった今、プロヴァンスがひと目見たいと思っていた人物だった。

「ドクター……」

 喉を通った音は掠れていた。長く言葉を発しなかったせいで、積もったが疲れがそうさせた。それでも疲労で痛みさえ感じる足を動かして、小走りで近づく。相手は立ち止まって、プロヴァンスを待ってくれた。そしてプロヴァンスの頭からつま先まで見て、どこも欠けていないことを確認すると安心したように微笑んだ。

 きゅう、と心臓が痛む。目が潤んだ。

 荒野には温かな湯船などないし、髪を整えても歩くうちにあっという間に崩れてしまう。生き方を変えるつもりはない。プロヴァンスは死ぬまで天災トランスポーターだろう。

 それでも、本当に、本当に疲れた時に、どうして自分はこんなことをしているのだろう、と思うことはある。草臥れて、もう歩くことさえしたくないと立ち止まりたくなる時に。

 けれど、こうしてボロボロになった先に、プロヴァンスの大切な人たちの──このひとの安全があるならば、いくらだって前に進める。「おかえり」と笑って迎えてくれるならば、また走ることができる。

 これまでの苦労が、報われた気がした。

 引き攣れた喉を押し上げて音を出す。荒野を行く間、ずっと言いたかった言葉だ。

「──ただいま」

 このひとがいるから、プロヴァンスは帰って来れる。

 

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