【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
ススーロは人の手を引いて歩いていた。行き先は甲板だ。今日は天気が良い。きっと気持ちいいだろう。
彼女の後ろを戸惑いながらも着いていくのは、このロドスで〝ドクター〟と呼ばれる存在だ。執務室で焦点の合わない目で書類を睨んでいるのをススーロが発見して、「休憩するよ!」と人差し指を突きつけたのだ。
ススーロはさながら刑務官のような心持ちで
連れ立って歩くふたりを職員に微笑ましげな目線をやるのを──ススーロの認識としては罪人の連行だが、傍目には小さな狐に引っ張られていく犬の図だった──気付かずに、ぐいぐいとドクターの手を引っ張る。
外へと続く扉を開けると、ススーロが思った通りに暖かな日差しがあった。穏やかな風に髪をそよがせながら、程よい場所を探す。眩しすぎず、暗すぎず。風がよく通って気持ち良い場所。
見つけるとドクターを座らせて、ススーロもその横に座った。
会話はない。けれど気まずくはなかった。ススーロとドクターの付き合いはそれなりに長く、会話がなくとも問題なかった。
頬を撫でる風に目を細め、ススーロはかつてに想いをはせた。
ススーロが医学の道を選んだのは、高尚な思いでも、悲劇を経験したからでもなかった。ただこの道を行けば食いっぱぐれることはないだろうという、ただただ合理的な考えの末の、至極当然の選択だった。
幸い、ススーロは頭は悪くはなかった。医者に必要な技能を学ぶことに挫折することはなかった。
大学は医者を志す卵たちの場所だった。ススーロは掲げる想いもなく医者を目指したが、学友たちは違った。それぞれの物語があり、目指すべき夢があった。夢なくこの道へ足を踏み入れたススーロからすれば、彼らは輝かしかった。自分にも、そういうものがほしいと思うくらいに。
自分にとって、『医者』とはなにか。
その時のススーロには、ただの職業の一種だった。警官や教師と同じく、いくつもある職業のひとつで、特別に意味を持つものではなかった。
けれど大学のキャンパスで感染者への医療支援の医学生ボランティアの募集を見て、それに何も考えずに手を挙げて。それで自分が医者というものの卵であり、誰かを「助けたい」と思っていることを初めて自覚した。
それが、明確な意思を持って医者を志すようになった、ススーロの初めの一歩だった。
けれどその先に、ススーロが想像したような輝かしい未来は広がっていなかった。医者というものの過酷さに挫折したわけでも、患者を救えない自分を無力に思ったわけではない。──もしもそうだったならば、どれほど良かっただろうか。
ススーロは、『医者』という道の入口をくぐったそこから一歩も進まないうちに、『患者』へと変わったのだ。鉱石病の患者を助けようと向かった先で、自身も鉱石病を患った。
医者から患者へ。はじめは実感が湧かなかった。あまりにも突然だった。自分の夢のカタチが見えたと思った先で、致死率は一〇〇%の、闇へと続く道を歩くとは思わなかった。なにかの間違いかと思った。翌日、目が覚めれば夢だったと笑えると思った。……けれど、そんなことはなかった。
自身が鉱石病と呼ばれる不治の病にかかり、自分が救けになるはずだった彼らの仲間入りをした。医者からそのことを告げられた。実感はなかった。ふわふわとしたどこか現実から少し浮いたような感覚があって、夢を見ているようだった。けれどススーロはそのことを、ある日集中治療室の窓からふと向けた視線の先──己と同じ病に蝕まれた患者の光の失った目を見て、やっと理解した。
遠くで笑いが弾ける声が聞こえた。なにかゲームでもしているのだろうか。ひどく楽しそうだ。
ススーロは過去の懐古から意識を戻し、風によって乱れた髪を整えて、隣を見た。
ドクターは、ススーロの視線には気付かず、ぼんやりと宙を見上げていた。一見すれば頼りなく見えるこの人は、こと戦闘になれば凛々しく立ち向かう。そして鉱石病の治療法を研究するこのロドスの柱のひとりだ。
このロドスでは、ススーロは鉱石病の患者でありながら、自分がなりたちと願った医者として働けた。ここでは、鉱石病の先に待つのは真っ暗な闇ではなく、決して治せない病気ではないと信じていられる。絶望を背に緩和ケアの病棟へ入る必要はないし、差別的な視線がゼロではないとはいえ、『鉱石病の患者』ではなく、『鉱石病である医者』として働くことができる。
光だ。ここには光がある。
その光の中心近くに、この人がいた。
ドクター。かつて鉱石病の研究の第一人者で、今は記憶を失ってしまっている人。
いつか記憶を思い出すだろうか。そうなればいいと思う。けれど思い出さずとも、ロドスは歩んでいくことができる。記憶がないこのひとだが、帰還してからにわかにこのロドスは活気づいた。記憶がなくとも、これから学んで、進むことはできる。
そこにススーロはいたいと思った。
一緒に歩んでいきたい。この人が道を切り開いていく手助けがしたい。その気持ちはススーロが医者であるためでもあり、もしかしたらそれとは別の気持ちがあったかもしれない。
遠くで歓声が上がる。その方向を穏やかな表情で見つめるドクターに話しかけようと、ススーロはゆっくりと口を開いた。