【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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その程度の間柄/ガヴィル

 医務室の扉が開いて、ガヴィルは振り向いた。そこにいた人物に片眉を上げる。

「お前か」

 入ってきたのはロドスのトップのひとり、ドクターと呼ばれる者だった。ジロジロと不躾に全身に目を走らせたが、目立った怪我はない。それに小さく息を吐く。

「なんの用だ?」

 返ってきたのは立てた指が一本。そこによくよく目を凝らすと細い線が走っていた。紙か何かで切ったのだろう。普段ここにやってくる者たちを考えるとあまりに些細な傷にガヴィルは呆れて片眉を上げた。

「んなもん、舐めときゃ治るだろ」

 そう言いながらも、ドクターに座るように椅子を指で指す。大人しく座るのを横目で見つつ、手を伸ばして引き出しの中から絆創膏を取った。

「指」

 簡潔なガヴィルの声に相手は心得たように怪我をした指を出した。

 消毒液を吹きかけた後、それを拭って絆創膏を貼り付ける。印象からガサツに見られるガヴィルだが、こういった手際はさすがだ。だが、ドクターの傷は指先に線が入っただけ。正直に言ってドクターわざわざ医務室に来るような用事とは思えない。

 いくらガヴィルの処置が手早いからといって、ここに来るまでの移動時間を考えれば自分でどうにかした方が早い。となれば考えられることは、そう多くなかった。

 ガヴィルは足を組み、頬杖をついて首を傾げた。

「で? 今日はなにから逃げてんだ?」

 ドクターは逃走癖がある。

 いや、そう表現するとなにやら無責任な人間のように思えるが、そういうわけではない。

 やらなければならない仕事はしっかりやるのだが、そうではない仕事の際にはまれに逃げることがあるのだ。

 しかしその塩梅が絶妙で、よほどドクターの近くで仕事をしてない限りは気づかない。だから大半の職員にはドクターは真面目だと思われていた。

 真面目。まあ、間違いではない。それこそロドスに帰還した当初はドクターのそう呼ぶような人物だった。常に職員たちの信頼に答えようと走り続けた。だが、それは続かなかった。誰だって常に神経を張り続けることはできない。無理に耐え続けた先に栄光が待つことはほとんどない。そうなる前に倒れる体。ドクターも例に漏れずそうなりかけた。だが、そうなる前にオペレーターのひとりが殴って止めた。幽鬼のように白を通り越して青い顔色で書類をさばくドクターは正直に言って気味が悪かったので、悪くない判断だと思う。

 それから紆余曲折があって、今のドクターになった。一五〇%の力を出して仕事を片付け、しかしそれで走り続けることができない。だから良いタイミングで逃走する、というか。

 ガヴィルとしてもあの幽霊のようなドクターは御免願いたいので、多少周囲から責められたとしても間違ってはいまい。そう思う原因ともなる事件を思い出して、苦く笑った。

 あれはいつだったか。随分と前だ。

 ふらふらと歩くドクターに、軽い挨拶のつもりで肩を叩いたら吹っ飛んだ挙げ句に壁へ激突して鼻血を出したことがあった。しかも睡眠が足りていなかったらしく、ドクターは昏倒の後、眠り始め、場は混沌となった。

 鼻から血を流しつつ、ぴくりとも動かないドクター。肩を叩いた手を宙に浮かしながら、凍りついた笑顔で固まるガヴィル。一連を目撃したオペレーターたち。一拍置いて絶叫が上がり、あわやガヴィルはドクター殺人の現行犯逮捕をされるところであった。

 あの時はケルシー医師をはじめ、いろいろな人間に怒られた。ガヴィルの〝適度〟は、普通の人間にとっては〝過度〟なのだ。軽い気持ちで背を叩いて、痛がられることはままあった。が、あれについては確かに自分が悪いところもあっただろうが、あれの半分くらいは暗所でヒイヒイ言いながら伸びたモヤシのような軟弱さだったドクターにも非があると思っている。

 閑話休題。話を戻そう。

 ドクターは過去の色々があった先で、度々ガヴィルの務める時間帯に医務室に逃亡してくる。奴曰く『けっこう盲点』らしい。どういう意味で言っているのかはなんとなく察せされるが、深くは聞いていない。どうせ自分が患者共に恐れられていることを思い出さねばならなくなるからだ。

 ガヴィルの今度はなにがあって逃げてきたのかという問いに、ドクターは苦笑した。

「なんというか、作成意図の読めない機械のデモに付き合えと言われてな」

 私が出る意義が分からなかったから逃げてきた。

 しれっと言うドクターに、ガヴィルは思わず笑った。以前と比べて随分と図太くなったらしい。だが変に思い詰めてなよなよとしているよりも、ずっといい。

 ガヴィルは備え付けの冷蔵庫から飲み物を取り出すとドクターに渡した。しばらくは誰かが来る予定はない。話に付き合うことができる。

 それからふたりは職員がドクターを探し出すまで他愛もないことを話した。しばらくして見つかって連れ戻されるドクターはひらりと手を振る。

「それじゃあな」

「ああ。……また来いよ」

 少々気恥ずかしいが、ガヴィルはドクターとのこの時間が嫌いではなかった。軽く肩を叩く。

 ドクターは小さく揺れたものの、壁に激突することもなく、痛そうに顔をしかめることもなく、笑顔を見せた。

「またな」

 そうしてドクターもガヴィルの肩を叩く。それはガヴィルがしたのと同じような完璧な力加減だった。

 互いにそれ知れる程度には、共に月日を過ごしていた。

 

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