【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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今よりも先へ/スチュワード

 気づけばスチュワードは闇の中にいた。いくら目を凝らしてみても、周囲は黒い闇に沈んでいる。ただ下を見ると己の体は見えた。それを不思議に思う。

 と、少し先にぼんやりと現れたものがあった。友人のアドナキエルだ。メランサもいる。スチュワードが所属する隊の隊員たちだった。

 彼らに足早に近づく。暗闇の中の距離は掴みづらかった。彼らはこちらに気づいていないようで、別の方向を見ていた。スチュワードどそちらに目を向けるが、あるのはただの闇ばかりだった。首をかしげる。声を掛けようとして、しかし声は出ることはなかった。

 不意に彼らが苦しみ出したのだ。苦悶の表情を浮かべ、ついには膝をつく。

 パキッ、と乾いた音が聞こえた。

 スチュワードはそれがなんの音なのか分かった。今までそんなものは本当に聞いたことはなかったけれど。あれは──鉱石病が、進む音だ。

 友人たちの名前を叫ぶ。彼らが振り返る。その顔の半分は、石へと変わっていた。みるみるうちに石は彼らの体を覆っていく。暗い虚のような目が、スチュワードを貫いた。

「────!」

 何を叫んだのかは自分でも分からなかった。がむしゃらに走る。遅々として縮まらない距離が憎い。腕を伸ばす。だがあと一歩というところで、触れることは叶わなかった。目の前にあったのは柔らかな部分などない、彼らの形をした石だった。彼らは鉱石病に呑まれてしまった。

 震える手で友人の面影の残る石に触れようとした。しかしそれより前に視界の端が歪んだ。そちらに顔を向ける。空間がねじれるようにして、暗闇にまたもや人が現れた。

 ──ガーディ。そしてアンセル。またもや隊員たちだった。

 スチュワードは口を開ける。しかし何かが発せられる前に、彼らの表情は歪んだ。パキッ、パキッ、と鉱石病の音がする。

 なぜ。彼らは罹患していないはずだ。

 しかしそんなスチュワードの思考を置いて、彼らは石へと変わっていく。

 転がるようにして走った。能力よりも早く走ろうとして、なにもない空間で躓きそうになる。それでもできるだけ早く近づきたくて、不格好に足を前へと出す。

 しかし石の進行は止まってくれない。あと一歩で、またしても彼らは石へと変わる。

 息が漏れる。寒くなどないはずなのに体が震えた。手を友人へ伸ばす。

 ──ピキ。

 触れた瞬間、その石は砕けた。音にならない声が、喉奥から漏れる。

 そして、またあの音が聞こえた。パキッ、パキッ、と乾いた音が。

 どこからだ。……ああ、ここからだ。

 スチュワードは己の体を見下ろした。柔らかく熱を持つはずのそれが、固く凍えていくのが分かる。そして──。

 

 □ □ □

 

「──…チュ……ド」

 誰かの声が聞こえる。遠慮がちに肩を揺さぶられている。

「──………ワード」

 起きないためか、少し乱暴になる。

「……スチュワードッ!」

「──っ、はい!」

 びくり、と体が震えた。反射的に返事をして、状況がつかめずにキョロキョロと周囲を見回す。

 そこは休憩室だった。安っぽい蛍光灯の光が、覗き込むドクターの後頭部を照らしている。どうやら居眠りをしていたようだ。スチュワードはじっとりとした汗を掻いていた。

 ドクターに水を渡されて、礼を言って口に含む。自覚はなかったが、相当に喉が乾いていらしい。ごくごくと喉が鳴る。

 ちらりと壁にかかる時計を見ると、深夜を回っていた。眠れずに少し運動をと体を動かした後に、休憩室でぼんやりとしているうちに眠ってしまったらしい。ドクターは魘されているスチュワードを見つけて、声を掛けてくれたようだった。

「怖い夢でも見たのか?」

 心配を滲ませた目で問われたことに、苦笑いを浮かべた。

 ──怖い夢かって? ああ、恐ろしい夢だった。

 ここにいるのがドクターではなく、別の人間だったならばスチュワードはなんでもないと笑って、やんわりと話をそらしただろう。だが今、目の前にいるのは誰でもない、そのひとだった。ドクターの瞳に背中を押されるような気持ちになって、口を開く。このひとにならば、それを言ってもいいとお思った。喉からするりと言葉が出てくる。掠れた声が廊下に響いた。

「……隊のみんなが、石に変わる夢を見たんだ」

 〝石〟という言葉。それ単体ならばなんてことはなくとも、『人が石に変わる』現象など一つしかない。この世界の人間ならば、そしてこのロドスに在籍する人間ならば、それが『鉱石病』であることが分かっただろう。

 アドナキエルとメランサ。そして現時点では罹患していないはずの他の二人。そして最後にはスチュワードも……。

 それはスチュワードの恐れる未来だった。己が鉱石病で倒れることが恐ろしい。そしてそれ以上に、親しい者たちが自分よりも先に最悪に進むのが怖かった。

 隣に座り、静かに話に頷いているドクターの顔を見る。思えばこの人とはそれなりに長い付き合いだった。阿吽とは言わないまでも、互いに互いの呼吸が分かる。そのせいか、ドクターは今のスチュワードに必要な態度を取った。つまり、励ましも、慰めもなく、しかし心配を滲ませた穏やかな目を向けてくる。悪夢を話してしまって楽になれ、とその目は語っていた。

「……鉱石病が憎いか?」

「いや、そういう感情ではないかな」

 スチュワードは自分の抱く感情を探るように目を伏せる。

「……鉱石病が恐ろしい?」

「うん、そうだね。……でも、それだけじゃない」

 目を眇める。自分は鉱石病について、どう思っているのか。

 致死率百パーセントの病。そして他者に移す可能性もある。そのために、差別や偏見もある病気だ。

 けれどスチュワードは、なってしまったものは仕方がない、と思う。振り向いた過去にいくら後悔があろうとも、いま嘆いたところでやり直すことはできない。ならば未来について考えた方がよほど建設的だった。幸い、ロドスの治療のおかげで鉱石病の進行は緩やかになった。

 けれど時折、想像することはある。

 もしも自分が鉱石病でなければ。そして友人が、鉱石病でなければ。この世に、鉱石病がなければ。

 もしもそうだったならば、スチュワードは不安に思うことはなかっただろう。自分が傷つけられる心配も、友人が傷つけられる心配もなかった。そして自分がいつか終わる不安も、友人たちが終わる不安も知らなかっただろう。

 けれどそれならばきっと、スチュワードはここにはおらず、友人たちには出会えなかった。そしてもちろん、ドクターとも。

 鉱石病はハンデかもしれない。けれど鉱石病だからできるようになったこともある。鉱石病のおかげで、ロドスに入り、より深いアーツの技術を学べた。アーツの威力も上がった。

 スチュワードはもう子供ではない。アーツの才覚があっても、環境が許さなかった幼い頃とは違って、今のスチュワードは望むのならばどこにでも行ける。そして、そこで望む限りの努力ができる。

 鉱石病が自分の大切なものを奪う前に、逆に利用してやるのだ。そうして、みんなの生きる場所を作ってみせる。俯き立ち止まるのではなく、前を向いて道を作る。

 言葉にして、すとんと納得した。そうだ、己はそう生きていくのだ。自分の中に錨が下りたようだった。はあ、と息を吐く。

 スチュワードの言葉を聞いたドクターは、感心したように頷いた。「ポジティブだな」それにスチュワードは妙におかしくなって笑った。肯定されるように頷いてくれる眼の前の存在がありがたかった。頭上の蛍光灯の光が眩しい。いつの間にか、腹にとぐろを巻いていた黒い気持ちは消えていた。

 君はすごいなという目に頬を掻く。ドクターにそう思われるのが、ひどく照れくさかった。

 自分の説明はそう聞きやすいものではなかっただろう。恥ずかしいことも言ったかもしれない。だが、吐き出してスッキリとした。己がこれからどう進むのか、道が見えた。口元に笑みを浮かべてロドスの頭脳を見る。

「ドクターも、協力してくださいね」

 ──鉱石病と共に未来を掴む旅に。死に怯えるのではなく、先を見つけるために。

「──ああ、もちろんだ」

 そう答えたドクターの目は穏やかだった。けれどその奥に、スチュワードと同じ色があるのを見る。それに満足して頷いた。

 深夜のくたびれた休憩室の隅。未来を語るような綺羅々場所ではなかった。けれど、たぶん今ここだからこそ、話せたことだった。

 夢はまた見るかもしれない。けれどこの時のことを呼び起こせば、また歩き出すための力を思い出すだろう。そう思った。

 

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