【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
がさり、と音がして、クルースは薄く目を開けた。眠気が瞼にこびりつくようで、開けて閉じてを繰り返す。
「起こしてしまったか?」
そう言って近づいてきたのはドクターだった。大方、木陰で居眠りをしていたクルースを見つけて寄ってきたのだろう。
「ううん、べつにいいよぉ」
実際、あまり夢見が良くなかったので、むしろ好都合だった。「休憩?」と聞くと、ドクターはそうだと頷いた。隣に座ってもいいかと問われたので、「もちろん」と返す。
眠たいが、もう一度寝る気にはなれなかった。今寝ても、あまり良い夢は見れない気がする。
クルースは暇な時は寝ることが多いが、いつだって良い夢が見れるわけではない。鉱石病になってから、悪い夢を見ることが増えた。気にしない、気にしない、と自分に言い聞かせるようにしているけれど、やはり深層心理では気になっているのだろう。
悪い夢を見ると、眠りが浅くなる。眠りが浅くなると、疲れが取れない。疲れが取れないと、眠りたくなる。以前よりも、クルースの睡眠時間は増えていた。
もちろん、良い夢を見る時もある。こんな幸せで良いのだろうかと思うような夢を。けれど目が覚めると、それが夢だったのだと知るのだ。現実は違うのだと、目の前に突きつけられる。それが少しだけ悲しかった。
「……クルース? 眠いのか?」
「ん~」
ぼんやりとしているクルースを、ドクターが覗き込んでくる。それに曖昧な言葉を返して、ドクターを見上げた。きょとんとした顔はどこか子供っぽく、戦場でのひりつくような横顔と比べるとまったく別人のようだった。
たぶん今のドクターは『指揮官のドクター』ではないのだ。今のクルースが『射撃オペレーターのクルース』ではないように。
人には、場面場面でその人を表す代名詞のようなものがある、とクルースは思っている。職場ならその役職の、家庭ならば父や母、兄弟という代名詞になる。肩書と言い換えてもいい。
クルースはかつて、『クルビアホルムガード警備隊のクルース』だった。町行く人々にはそう認識されていただろう。
けれど、鉱石病になってから、それはまるっきり変わってしまった。
クルースがどんな人間であれど、『感染者』なのだという。かつては『コータスのクルース』でも『レム・ビリトン出身のクルース』でもあったはずなのに、それを押しつぶすほどの重さが『感染者』という言葉にはあった。クルースという個人を見えなくさせる力が、鉱石病にあったのだ。
それは他人だけではなかった。外界から目で、口で示されるうちに、いつしかクルースの心の中にも入ってきてしまった。ふとしたことで自分が『感染者』であることを思い出した。『感染者のクルース』なのだと。
けれどロドスへ来てからは少しだけ変わった。外部とのやり取りをする時は、やはり差別的な目で見られるけれどここでは違う。オペレーターの多くや、職員たちも鉱石病患者だ。外よりはずっとずっと優しく、感染者とそうでない者の区別はあれど、差別はなかった。
外で感染者だと明かせば、怯え憎む目で見られる。冷静な目で見てもらえることは少なかった。けれどロドスでは、そんなことはない。
ここでは、『感染者のクルース』と『オペレーターのクルース』の重さは同じくらいだ。『感染者でオペレーターのクルース』。少し長いが。
クルースはゆるく頭を振ると、ぼんやりと目の前の人を見た。くわ、とあくびが出る。
この人も、ロドスでは『戦闘指揮のドクター』だ。この戦闘が続く限り、きっとドクターの代名詞──肩書は『戦闘指揮官』だろう。そしてクルースも『オペレーター』だ。それに不満はない。未来のために戦っているのだから、必要なことだと分かっている。
けれど、それがいつか消えればいいな、と思う。
いつかクルースは、感染者という肩書も、オペレーターという肩書も放り投げて、『ただのクルース』となって、なんの悩みも持たずに暖かいひだまりで皆と一緒に夢が見たい。幸せな夢を。醒めない夢を。ずっと続く夢を。
そこにドクターもいればいいな、と思う。戦闘指揮官なんてものではなく、〝ドクター〟という名前でもなく、ただ〝このひと〟として共に夢を見れれば、と。
そこまで考えて、くわり、とまた大きな欠伸が出た。隣に腰掛けたドクターからは、寝るのか? と聞かれたが、首を振る。
いつもは忙しいこのひとが珍しく暇そうにしているのだ。どうせならばお喋りをしたい。夢へと続く話がしたい。今はそういう気分だった。