【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
わあわあとにぎやかな声が聞こえる。ここは病棟だ。場所が場所なので普段は落ち着いた空気なのだが、なにかあったのだろうか。ドクターは小さく目を見開いて声のする方へ歩を進める。
そして曲がり角の先で見えたものに、おや、と声を上げた。広間にはかなりの人数が集まっていた。医療スタッフと患者の入り交じる空間に、そういえば今日は『あの日』だったなと思い出す。うっかりすると季節を感じないまま時が過ぎ去ってしまう病棟という場所で、活気を起こす催しをしようと定期的に開催されるのだ。各々が練習した楽器の発表会だったこともあるし、映画の上演回だったこともある。
どうやら今日は『お絵かき』の日らしい。広間の壁一面に鮮やかな絵が書かれている。素人のそれだが、微笑ましいものだった。
ふとやった視線の先には医療用ロボット──ランセット-2がいた。彼女はドクターに気づくと、嬉しそうに近づいてくる。
『ドクター様! 皆さんが描いてくださったんですよ』
「おしゃれだな」
そう言って六輪でくるりと回るランセットの外装には絵が書かれている。眩しく、拙く、どこか可愛らしい絵だ。どうやら患者である子どもたちが描いたらしい。いつもは少々ネガティブな発言が多いランセットなのだが、ずいぶんとご機嫌らしく声が弾んでいた。『ドクター様も』と期待を込めて求められたので、しゃがんで彼女のボディに筆を走らせる。
ランセットは固い外装に覆われた箱型のロボットだ。表情を表示する機能はないし、ものを食べる機能もない。が、驚くほど人間らしい。
ほとんど人間と同じように会話できるし、声音は豊かで、身振り手振り──作業用アームだが──も多彩に動かして、ドクターはしばし彼女がロボットであることを忘れるほどだった。
それに彼女は会話や医療行為だけではなく、自己の悩みも持っている。業務を遂行するためならば、「自分に対して悩む」という思考プロセスは不要のように思うのだが、彼女はそれを持っていた。
曰く、自分を改造した人物に対して複雑な思いを持っているはずなのに、自分がロボットであるがために「一番好きなもの」にその人物が設定されているのが不可解らしい。両手を上げて「好き!」と言えるような感情を持っていないはずなのに、なぜ? と。いつだったか、「一番好きなもの」をドクターに変更してもらえないか頼んだのに、秒で却下されたと嘆いていたことがあった。
なんというか、自己の有り様に悩むさまは、まるで本当の人間のようだ。……いや、悩んでいることはロボット独自のものではあるが。
ロボットが何らかの仕事を行うためのものであるのならば、彼ら彼女らに人格は必要ない。ただ忠実に業務を遂行できればよいのだから。人間と関わる仕事であれば、あたかも「人間のような」言動の必要があっても、それが本当の心である意味はない。なぜなら「本当の心」とやらがあった場合には、多くの人間と同じように死ぬまで自分というものに悩まねばならないのだから。それはロボットに求められる仕事に対して、非効率なエネルギーの消費だろう。
しかし彼女はそれがある。あるいは人間でないはずの存在が、人間になる仮定を歩んでいるようだった。
『ふふふ、ありがとうございます』
渡された筆で端に小さな花を描くと、ランセットはカメラを伸ばして機嫌よく笑った。ドクターから見ても、シンプルだったボティを彩る鮮やかな色は目に楽しかった。
──だが。
ふむ、とドクターは顎に手を当てる。
だが、とても目立つ。戦場ならばすぐに見つかってしまうだろう。そう頻度はないが、彼女は戦場に立つこともある。その時には塗り直さねばならないだろう。
ランセットもしばらくしてそれに思い至ったのか、ひどく残念そうな声を上げた。
なにか方法はないだろうか、と考えて思い浮かぶものがあった。
「写真をとろう」
そうすれば後で見返せる。
それを言うと、せっかくなのでと集合写真をとることになった。絵が描かれた壁と、同じく絵が描かれたランセットを中心にして集まる。パシャリ、と閃光が走って写真が取れた。
ランセットは全速力──彼女の全速力は結構早い──でカメラを持ったスタッフに駆け寄ると、端末をつないで自分の記憶領域に取り込んだ。
『私、私、これは絶対、ずっと削除しませんっ……! 永久保存領域で厳重に管理しますっ……!』
ランセットはくるくると楽しそうに回った。
彼女はロボットだ。つまり人間の脳の代わりに、媒体にあらゆるものを記録する。ある日の天気、患者の情報、会話の内容、などなど。数ヶ月前、誰かがランセットと向き合った状態で何度瞬きしたかも調べようとすれば調べられるだろう。
が、容量はある。人間が時が経つにつれて忘れるように、定期的に情報の圧縮、整理をしなければならない。
つまりは先ほどの言葉は、人間風に表すならば「私、絶対に今日のことを忘れません」である。
なんともかわいいロボットだった。