【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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愚かな確信/スカベンジャー

 倉庫の隅。覗き込んだ上で注視しなければならないような暗がりに、スカベンジャーは片膝を立てて座り込んだ。眠る気にはなれず、さりとてなにかをする気にもならない。けれどせっかくの休息の時間だ、体を休めた方が良い。疲労の残った体では、いざという時に生き残れない。

 薄く目を閉じる。ふう、と小さく漏らした息は冷たく静かな倉庫の中で誰に聞きとがめられることなく消えた。

 

 武器と武器がぶつかり合う乱雑な音。命と命の奪い合い。何度も繰り返している内に肌に馴染んだひりつく空気。握りしめた無骨な剣が、唸りを上げて敵の肉を断つ。一矢報いようとしたのか、敵の剣先が動いたが、それが届く前に味方に額を撃ち抜かれた。スカベンジャーはその様子を横目で見ながら、新たな敵の出現に目を光らせた。

 仲間がやられたためか、憤怒に顔を歪めた敵が突撃してきた。怒りに任せて大ぶりに振るわれた刃を、足を踏み込んで身を低くすることで躱す。その体制のまま、柄で腹を叩くと、敵はたまらず体をくの字に曲げた。上に構えられた刃が落ちてくる前に、横にずれて一閃。それでも倒れないため、正面に移動し両足を地につけてもう一閃。

 体に見合わぬスカベンジャーの大剣の一太刀は、敵を浮かせた。先程まで憤怒に歪んでいた顔が、今や呆気にとられた様子で血を吹き出させながら後ろへ倒れていく。

 じくりと、腹の底が傷んだ。唇を噛みしめる。その隙間から苛立ちの息が漏れた。

 新たな敵が再び目の前に現れたのを、四肢に力を込め、腕を振るって弾き飛ばす。先程見た自分の影を振りほどくように、憤りに任せて叫んだ。

「お前はもう戻れないんだよ!」

 戻れるとでも思っているのか。戻れるはずが、ない。

 スカベンジャーはその身を鉱石病に冒されたことで、群れから追い出された。たどり着いた先では、裏切られた。貶められた。先程の敵の、どうして、という顔が視界にちらつく。まるで昔のスカベンジャーのような、道理の分からぬ幼子のような、それ。

 いくら望んだところで戻れるわけがない。それなのに心を痛めて嘆いた。そんなことに意味などないのに。今やスカベンジャーは深い闇の底にいる。手は血で汚れ、いくら丹念に洗ったところで落ちることはないだろう。仮に奇跡が起こり、鉱石病が快癒したとしても、もはやかつての群れに戻ることはできない。たしかにあそこに居るはずの、最も求める者には会いたいが──……?

 近時の任務の光景を想起していた思考が飛ぶ。

 別れてから長い月日が過ぎた。彼女は無事だろうか……。

 息を吸う、息を吐く。

 ……いや、死んだのだった。そうだ、死ぬべきなのはスカベンジャーの方だったのに、なんの手違いか瑕疵のない彼女が死んでしまった。

 脳裏に彼女の笑顔がちらつく。いや、よく見れば顔がおぼろげになっている。声は? と考えてすぐ、それも思い出せないことに気付いた。抱きしめると柔らかかった。ひそやかに香る彼女の匂いが好きだった。しかし鼓膜を揺らした、好きだった声も、顔も、思い出せない。

 頭を叩く。思い出せない。頭を叩く。……思い出せない。

 ぎりぎりと奥歯を噛み締めた。思い出せることは……? ああ、彼女と最後に交わした言葉たちは覚えている。彼女の残した想いも。それが今、スカベンジャーが息をする理由であり、生きる意味だった──。

 

 過去に沈み込むスカベンジャーの耳が、不意にぴくりと動いた。

 誰かがやってくる。死角のような暗がりに座り込んだまま、馴染んだ仕草で武器に手をかけるが、すぐにその足音の主に見当が付いた。ゆっくりと手を離す。

 扉が開く。光が差し込んだ。

 入ってきたのは上司だ。こつこつと探すように足音が響いて、しばらくしてスカベンジャーの正面に立った。

「スカベンジャー、ここに居たのか」

 手を差し出される。何度も見たやり取りだ。

 始めはそんなものを取るつもりがなく、無視して自分で立ち上がっていたが、いつしかこの手を取るのも悪くないというスカベンジャーがいた。

 触る。温かな手だ。……生きている手だ。

「次の任務の話だ。茶でも飲みながら話そう。君の好きなものもある」

 手を引かれる。薄暗がりから、光のある方へ導かれる。

 染み付いた習性のように、反射的にあの薄暗がりへと戻りたくなる。膝を抱えて次の命令を下されるのを、ただ息をして待つあの光の遠い場所へ。

 握られた手を見下ろす。振りほどくのは容易い。けれどなぜか、そうできなかった。ドクターに合わせて足を動かす。

 働いて、食って、逃げる。なにを食べたって同じはずだった。食べて、動ければ問題ない。生きることができる。次の日も目覚めることができる。

 けれど今は、不要なはずのことを覚えてしまった。あるいは思い出してしまった。

 舌を楽しませること。人と話すこと。誰かの熱を感じること。

 所詮、金で繋がる関係だ。わずかでも裏切りの気配がすれば、いつだってここから逃げ出せると思っていた。切り捨てられる前に、こちらから切り捨てる。そしてまたドブ鼠のように生きる日々が始まるだけだ。……いいや、裏切りの匂いを感じれば、今だって逃げることができるはずだ。今までのように。

 手を引かれるままに、進む。光の眩しさに目を細めた。

 けれど、と思う。

 ──けれど、逃亡の果てで、ここでの日々を無様に思い出すことになるのだろう。

 温かな手に引かれて歩くスカベンジャーの心には、そんな愚かな確信があった。

 それは果たして祝福なのか、あるいは呪いなのか。分からない、分からないけれど。

 

 

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