【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
歩き慣れた廊下を進む。前方から職員が歩いてきたので、軽く頭を下げる。あちらも同様に頭を下げたのを横目に確認ながら、横を通り過ぎた。ただの儀礼的な挨拶だ。意味などほとんどない。職員の名前は知らない。おそらくあちらもヤトウの名は知らないだろう。
と、またもや前方に人影が見えた。同じようにやり過ごそうとして、しかし相手が見知った人物──ドクターであることを知る。ドクターは手を上げてヤトウを呼び止めた。
なにかの雑用でも言い渡されるのだろうか。今日のスケジュールはヤトウの頭の中に入っている。そこにドクターとの仕事はなかった。執務の手伝いも、そして出陣も、だ。
「ヤトウ、丁度良かった」
「なんだ?」
「これは次の作戦の資料だ」
手渡されたそれを、軽い気持ちで受け取る。きっと己に求められているのは情報の精査や、資料の取りまとめだろうと高をくくっていたのだ。オペレーターとして現場に赴かない、というわけではないが、手渡された作戦はかなり前から上位陣たちが進めてきた重要なものだ。ヤトウの仕事は基本的に裏方だ。それに自分が選ばれるとは思っていなかった。
しかしドクターの次の言葉に、ヤトウは思わず動きを止めた。
「君にぜひ参加してほしい」
「……は?」
まず喜びより前に、頭に浮かんだのは疑問だった。なぜ自分なのか。卑下するわけではないが、ヤトウは平凡なオペレーターだ。そのような作戦に選ばれる存在ではない。
──ならば、なぜ?
しばらくして、そういえば以前ドクターと話をしたことを思い出した。つまりこれは……。
■ ■ ■
その日、ヤトウは酔っていた。供されたのは口当たりの良い酒だ。どんな堅物でも愉快な気分になるという触れ込みの、それなりに良いお値段の酒だった。そして真面目と評されるヤトウも例外ではなく。
だからつい口を滑らせた。
──いつか最前線へ出てみたい。可能であれば、部隊の皆と、と。
ヤトウはごくごく平凡なオペレーターだ。ベテランと呼ばれるほど長くロドスに在籍しているが、未だヤトウの名前も知らない職員が大勢いる程度には平凡で、影が薄い。
自分の実力は自分が一番知っている。第一線で活躍するような才能は己にないことを。努力で埋められない溝がそこにあることを知っていた。
後からロドスに加入した後輩たちは、ヤトウの背中をあっという間に追い越していく。そして瞬く間に追われる立場から、追う立場へ変わってしまうのだ。しかし追いつけるわけでもない。ヤトウの速度より、彼らの進む速度のほうが早いのだ。ヤトウががむしゃらに走っても、彼らの背中は遠ざかっていくばかり。
以前はそれを、少しばかり悲しく思いながらも仕方ないことだと納得していた。自分の限界は知っている。それ以上はどうにもならない。自分は自分にできることやっていれば良い。それが組織というものだ、と気にしていなかった。
そしてそれは、自分が隊長を務める部隊についても同じことだった。彼らは素晴らしい隊員たちだ。けれど他の優秀なオペレーターのように、ただ一人で強敵に立ち向かう力はない。もちろん、オペレーターが一人で敵に対峙する必要はない。何人の手を借りても結果的に勝てば良いのだ。しかし初めから決定力を持つオペレーターが一人いるのであれば、わざわざ複数人で挑む必要はなかった。適材適所、優秀な者がより過酷な戦場へ赴き、そうでないものは後方にて支援するのが定石だ。
けれど今、ヤトウは歯がゆかった。過酷な戦場へ赴き、ドクターと共に華々しい戦果を上げてくる同僚たちが羨ましかった。そこに自分たちがいても、ただいたずらに死体を増やすだけで、ほとんど助けにならないと知っていても。
彼らはロドスの役に立てる。ドクターの、役に立てる。
けれどヤトウには無理なことは知っていた。だから苦く笑った。ただの叶わない夢だ、と。それでその話は終わりになるはずだった。
しかしヤトウの思いに反して、ドクターは話を続けた。
「君の強みはなんだか分かるか?」
薄く細めた目の奥は優しげで、憐れまれても馬鹿にされているわけでもないと分かった。
ヤトウは首を傾げる。自分の弱みは知っている。決定力のなさだ。どれだけ刃を鋭くしても、アーツ能力は凡百だ。弱い敵ならば相対しても問題ないが、硬い敵には弱い。耐久力も人並みで、決定力と合わせて、いたずらに戦闘を伸ばしてしまう。唯一他より優れているものがあるとすれば──。
「身軽さ、か?」
しかしドクターは首を振った。
「当たってはいるが、それが全てではない」
全てではない? 他になにかあっただろうか?
困惑するヤトウに、ドクターは自分で分かっていないのか、と笑った。
「君の強みは身軽さの他に、積み上げられた経験だ」
──状況を適切に把握し、動くことができる。戦闘の際も次を考えるだろう? それでなるべく後に引かない戦い方をする。よって戦場復帰が早い。
その他にも、色々と話された。ヤトウだけではなく、隊員たちのことも。そんな風に真正面から褒められたことはなかったから、ひどく面映ゆかったのを覚えている。
■ ■ ■
ドクターはあの時のことを覚えていたのだろうか。作戦は、ヤトウの望んでいた『最前線』と呼んでも差し支えないものだった。ドクターが──この指揮官が、同情で人員を選ぶとは思えない。だから、きっとヤトウでもやれる任務だと考えたのだろう。嬉しく思いながらも、自分でねだったようで恥ずかしかった。そしてそうもしなければ選ばれない自分に自嘲が浮かぶ。
目を伏せたヤトウに、しかしドクターはまるでお前の考えていることは分かっているとでも言うように、口を開いた。
「勘違いしないでくれ、あの話を聞かなくとも、これには参加してもらう予定だった」
弾かれたように顔を上げる。ドクターは真っ直ぐにヤトウを見ていた。
「……私でいいのか?」
「君
「…………そうか」
今回は君だけだが、この後の作戦は君たちの部隊を含めて進めたいと思っている、と続けられたドクターの言葉を咀嚼するのに、数秒必要だった。そしてヤトウは、そうか……、と噛みしめるようにもう一度つぶやいた。じんわりと胸が熱い。久方ぶりに感じるそれは、必要とされ期待されることの喜びだった。
ヤトウは覚悟を瞳に宿して、ドクターを見つめ返した。心を込めて、確かに頷く。
「──了解した」