【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
葉の間から降り注ぐ光に目を細める。メテオは手頃な木をよじ登ると、幹に背中を預けた。肺いっぱいに空気を吸って、笑みを浮かべる。
久方ぶりの森だった。ロドスでの生活は嫌いではないが、時たまこうして森へ帰りたくなる。整備など諸々のために停泊した土地に森林があり、メテオは許可を取ってこうして降りていた。
おおむろに手を伸ばして、目の前に茂る葉を一枚むしる。口元に当てて息を吐いた。ピューと高い音が鳴る。草笛だ。
故郷では一曲綺麗に吹くことができる人間もいたが、メテオはそれほどの腕はない。手慰みにただ鳴らす。
日は高い。ギラギラと輝く太陽は蒸れて熱いほどであったが、森の中では天を覆う緑がほどよく遮り快適だった。ロドスにも植物園はあるが、ここまでの森はない。
草笛を時折吹きながらぼんやりとしていると、しばらくしてガサガサという音が聞こえた。音の方向に顔を向けて、思わず声を上げる。
「ドクター!?」
そこにいるはずのない人間が立っていた。きょろきょろと周囲を見回した後、やっと木の上に声の主がいると気づいて顔を上げた。ばちりと目があって、ドクターはバツが悪そうに頭を掻いた。
「護衛はどうしたの?」
いつも感じる気配がない。ロドス内部ならばともかく、ここは外だ。ひとりで放り出すとは思えなかった。
メテオの問いに、ドクターはへらりと笑った。
「あはは、はぐれてしまった」
「……あはは、じゃないと思うわ」
そんな軽い調子で流していいものではない。ドクターはロドスの頭脳、最高の指揮官である代わりに、戦闘能力は人並み以下なのだ。森には人間という獣はいないけれど、その他の獣はいる。うっかりと飢えた獣にでも出会ったら、数歩も逃げないうちに捕まってしまうだろう。
ドクターの格好をよくよく見れば服が汚れていた。靴が泥だらけで、服も同じく。皮膚にはかすり傷ができている。おおかたなにかに躓いて斜面から転がり落ちたか。メテオは脳内に入る前に見せてもらった地図を思い出した。たしかそういう所はあった。簡単に道をショートカットできそうな場所が。
聞いてみるとメテオの推察は間違いではなかったらしい。きっと今頃たいへんな騒ぎになっているだろう。
まったく、と嘆息しながらメテオは木から降りた。
「一緒にいてくれるのか?」
「ひとりにはできないでしょう?」
ありがとう、心強いな、と言われて思わず笑ってしまった。世辞でもなく本心だろう。このひとはそういうひとだ。必要な時には滑らかに世辞も口に出すが、不要な際にはあけすけに信頼を言葉にしてみせる。まっすぐと放たれるその矢を無視できる人間はあまりにいなかった。
どこではぐれたの?、と聞くと、森の入口からしばらく入ったところだと言う。ちょっとした散策のつもりで、木の根に足を引っ掛けて斜面から転がり落ちたらしい。戻ろうにもころころと転がったせいで方角が分からず、草笛の音に惹かれて歩いてきたとか。
幸いにしてどうにか繋がる電子機器を持っていたので、それでメテオと一緒であることを伝える。「戻ったら叱られそうだな……」と呟くドクターに、「心配されているのよ、諦めなさい」と言うと、ドクターは眉を下げて乾いた笑いをこぼした。
「どうやって帰ればいいだろう?」
「そうね……」
メテオは数秒考えて唸った。ドクターの案内はできるが、このひとが歩けるような道では来なかった。
「迷子の原則は?」
「〝その場から動かないこと〟」
「そうよね。でもここは森なのよねえ」
町中ならば一緒に迎えを待つところだ。けれどここは森の中。迷子を探すには広大すぎる。
「まあいいわ、行けるところまで行きましょう」
いざとなったら空飛ぶ鉄の塊が迎えに来てくれるだろう。メテオは未だあの乗り物の名前を覚えていない。
せっかくの休みなのにすまない、と謝られるのに首を振る。ドクターを放ってまでやりたいことではない。別の日にまた休みを取れるように手配しておく、という提案には喜んで頷いたけれど。
時折木の根や草に足を取られそうになるドクターを支えながら進んだ。あと半分ほどになったところで、メテオの肌をぱちりと冷たい雫が叩いた。顔を上げると、鼻の上にも。雨だ。
メテオはぐい、とドクターの腕を引いた。外套を素早く脱ぐと自分とドクターの上に被せる。
「走るわよ!」
目を白黒させているドクターを引っ張って、どこか雨をしのげるところを探す。ぽつぽつと控えめだった雨は、あっという間に大粒になった。なんとか全身がずぶ濡れになる前に見つけた洞穴に飛び込む。
「すごいな」
ふたりが中腰でなんとな収まるくらいの小さな穴だった。
髪を少し濡らしながら、感嘆混じりにドクターが言う。確かに急な雨だった。
「きっとすぐに止むわ」
そう珍しいものでもない。この時期に、この様子ならばしばらくすれば忘れたように太陽が顔を出すだろう。
ぱたぱたと濡れた体をはたいていると、ひょいとドクターがハンカチを渡してきた。一瞬目を丸める。こんな少し濡れたくらいでわざわざという思いと、どちらかというとそれはドクターが使った方がいいのではと思ったのだ。たぶん体の強さで言えばドクターよりもメテオの方が強い。けれどそういうことではないのだろう。ほんのりと胸が暖かくなるのを感じながら、メテオはありがたくそれを頂戴することにした。
水気を拭って腰を落ち着けると、ふいに気づいた。そういえばドクターと二人きりになるのは久しぶりだ。この頃はいろいろと忙しいで、いつだって周りに誰かがいた。
雨の音以外、互いの呼吸しか聞こえない空間で妙な感慨を覚える。こんな近くに他人がいるというのに、メテオは不快ではなかった。いくら知っている人だからといってこうして手と手が触れ合うほど近くにいれば、パーソナルスペースを侵されることに気まずく思うこともあるはずだ。けれどそれがない。──こんなにも、自分はドクターの存在に親しんだのだ。
いつだったか、ドクターといる時間を春の陽射しに例えたことがある。暖かくて気持ちがいい、と。
今でもそれは変わらないけれど、今はあの時よりもずっと近くに感じる。
メテオが小さく笑うと、その振動がドクターにも伝わったのか、「どうした?」と不思議そうに聞いてきた。それに「なんでもない」と返しながら願う。
すぐに止むだろう雨だけれど、できるならばもう少し長く続いてほしい、と。