【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
ふわふわと風に揺られて上昇するもの──シャボン玉を見つけて、思わず足を止めた。虹色に輝いて浮かぶそれをしばらく眺めて、どこから出ているのかと周囲を見回した。
角を曲がった先の人気のない駐車場。そこでストローを口にして虹色の玉を作り出している男がいた。上手く日陰になるところに足を投げ出して座っている。
「スポット」
「ん、ドクターか」
ぴくりと毛に覆われた耳を動かして、顔を上げる。車両止めのブロックに座っていた彼はこちらを認めると、ゆっくりと瞬きをした。
「それは?」
「ああ、もらった」
シャボン玉の容器を指差して聞くと簡潔に答えられた。そういえば病棟でおもちゃを貰ってきゃっきゃっとはしゃいでいる子供がいた。たしかビンゴ大会があったとか。彼ら彼女らはボールだったり、ぬいぐるみだったりを抱えていたが、スポットはその中でこれを貰ったのだろう。彼のことだから、きっと余りだ。
こちらが去らないことが分かると、スポットは無言で横のブロックを見た。座れということだろう。距離は離れているが、会話する分には問題ない。
それに従って腰を下ろす。しゃがみ込むと節々がピキピキと音を立てた。デスクワークの弊害だ。
ふたりはしばらく無言でいた。互いの存在を感じながら、けれど目を合わせることはない。スポットが吐き出したシャボン玉を目で追うだけの時間。
長い沈黙に先に口を開いたのはドクターだった。
「……すまなかった」
隣を見る。彼の腕は三角巾で吊るされていた。
ふう、とスポットはまた吹いた。ストローの先からぷくぷくと虹色の球が生み出され、風にのって舞い上がっていく。それらが視界から消えるのを待って、彼は口を開いた。
「あれでよかった」
それは慰めではなく、本当にそう信じている声だった。スポットはゆっくりと容器を地面に置くと、真っ直ぐにドクターを見た。
「──そうだろ?」
「っ」
スポットの怪我は先の戦闘で負ったものだ。途中までは良かった。こちらの損害なく、勝利で終わるはずだった。
けれどその一歩手前で敵の救援が来た。先ほどまで戦っていたよりも数段は練度が高い敵だ。その場にいるオペレーターには荷が重すぎる相手だった。
全力で相対すればこちらに莫大な被害を出してやっと勝利に手が届く、というような敵。悩んだのは一瞬だった。撤退だ、と叫んだ。
しかしそのためには囮が必要だった。一目散に背中を見せて走るだけでは無理だった。刹那の瞬間に思考を巡らせて、ドクターが取ったのはなるべく被害の少ない方法だった。幾人かのオペレーターに指示し、撤退戦を行った。
だがその〝少ない〟被害にスポットはいた。彼を囮のひとりに選べば、無傷ではいられないと分かっていた。結果は腕の骨折。ドクターが予想した範囲に収まる〝少ない〟被害だった。
あれは、あの場で選択できる最善だった。あれ以上の方法はなかっただろう。しかしそれでも、苦しく思わないわけではない。最善だったと分かっていても、もっと他の方法がなかったのだろうかと問わずにはいられない。
だがスポットはあれで良かったのだと言う。ドクターの謝罪を受け取らなかった。自分の負傷は必要だったのだろう、と。あの時の采配を信頼し、認めてくれていた。
ドクターは小さく息を吐いた。腹の底にとぐろを巻いていた重く暗いものが随分と軽くなっていた。これからも、もっと良い方法がなかったのかと悩み続けるだろう。それでも……。
「──そうだな、ありがとう」
「ん」
スポットはこくりと頷いた。彼の口元には小さく笑みが浮かべられている。それを見て、ドクターも口元を緩めた。
遠くに子どもたちの歓声が聞こえる。きらきらと輝くシャボン玉が空へ昇っていく。ふたりはしばらくの間、並んで空を見上げていた。