【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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甘やかし/サリア

 廊下に誰かの笑い声が響く。どこかで雑談でもしている者たちの声だろう。日常茶飯事だからだろう、反応しないか、あるいは微笑ましげに声の方向へ目を向ける職員の間を通って、サリアはドクターの執務室をノックした。

 すぐに「はい」と声が聞こえて、サリアは入室の挨拶をして中に入った。

 ドクターは執務机の前にいた。書類を捲る手を止めて、入ってきたサリアを見る。その静かな目を見て、サリアは気付かぬうちにほう、と息を吐いた。

「来週の任務について、話がある」

 サリアがそう言うと、ドクターは一つ頷いて椅子を勧めた。忙しければ立ったまま話をさせるから、今日はどうやら時間があるらしい。

「コーヒー? 紅茶?」

 以前も何度か聞かれた問いに「コーヒー」と返す。ドクターは執務室に設えてある簡易キッチンに入ると、しばらくして両手にコップを持って戻ってきた。

 はい、と渡されたのはたっぷりと入ったコーヒーだ。ドクターが自分のカップを持ったまま、キョロキョロと机の上を探しているのを見て、サリアは机の隅に置かれていた砂糖入れを押しやった。この人はいつもコーヒーに砂糖を入れる。サリアもどうだと言われたのを、数秒考えた後、一杯だけ入れることにした。今日は入れたい気分だった。

 コーヒーに口を付ける。特別美味しくもないが、妙に癖になる味だ。もっと上手く入れる者もいるだろう。だが、サリアはこの味が嫌いではなかった。

「それで、来週の任務だが──」

 必要なことを話し合う。サリアはドクターの指示を何も考えずに従うということはしない。オペレーターの中にはその指示に従うことが任務であると考える者もいるようだ。それは一種の信頼だ。ドクターならば、間違った指示を出さないだろうという。

 けれどサリアの〝信頼〟は、そういうものではない。確かにドクターの指示は合理的で、正しいように思える。が、ドクターの〝正しさ〟と、サリアの考える〝正しさ〟が等価であるとは限らない。ならば言葉を交わして、互いに認識を合わせる必要がある。盲目的に誰かに従うことは、サリアにはもうできないことだった。だから信じられると思えるように、互いを理解する。それが、サリアの考える〝信頼〟だった。

 カップの中身が半分ほどに減った頃、仕事の話は終わった。ちらりとドクターを見るが、特に立ち上がる様子もなかった。それを良いことにサリアは座ったままでいた。もう少しこのままで。ドクターの執務室は不思議なことに居心地が良かった。

 互いの手にはまだコーヒーの入ったカップ。そして急ぎの用事もない。

 自然と世間話のようなものが始まった。ドクターの食事の悩み──特に菓子類の制限についての愚痴──から、最近のロドス内で回っている噂、本の感想。そして、サリアの大切な者たちの近況。

 イフリータが前よりも炎の制御が上手くなったこと、彼女の保護者がそのことを殊の外喜んでいたこと。

「そうか……」

 じわりとにじむようにサリアの顔に笑みが浮かんだ。それを見てドクターも口元を綻ばせる。

 それからいくらか話を続けて、しばらくするとカップの中は空になった。名残惜しさを振り払うように礼を言って、部屋を出る。

 廊下を歩くサリアの耳に、どこかからまた笑い声が聞こえた。執務室で随分と時間を過ごしたから、また別の者たちだろう。それに小さく笑む。

 以前、サリアはドクターにロドスは騒がしいと苦言を呈したことがある。自ら望む道へ行きたいのならば、部下の手綱をしっかりと握るべきだとも。

 そうすべきだという思いは未だあるが、しかし前ほどには重要視していなかった。これもまた悪くはないかもしれない、と思う。

 ドクターは部下に甘い。上司に対するとは思えないほど生意気な口のきき方をされても怒るどころか笑っているし、多少の羽目を外しても目をつぶる。しかしそれでいて、締めるところは締めて侮られることはない。上手く信頼関係を築いてみせている。サリアからすれば奇妙であるのだが、しかし現実として上手く回っている。

 ドクターは部下に甘い。けれどそれは組織として弱いということと同義ではない。それを知ってから、サリアは前ほど「部下を厳しく管理せよ」とは言わなくなった。

 それは現状に切迫した問題がないようにみえるということも理由の一つであるが、それとは別にサリア自身が彼の人の〝甘さ〟を享受するようになったからというのもあった。今日もまた、そうだった。

 サリアはドクターのスケジュールを把握していた。今日は特に切羽詰まった仕事もなく、暇とは言えないまでも時間は取れるだろう、と。そして先ほどの話は、別に今日でなくとも良かった。いくつか確認したいことはあったが、急ぎではなかったのだ。それに、仕事以外の話もする必要はなかった。少なくとも仕事の話と同じ長さほどは。

 そのことを、ドクターも分かっていただろう。理解しながらドクターはそれでもサリアに付き合ったのは、彼女がそうしたいと思っていることを察したからだろう。何気ない話を、誰かとしたかった。四角四面と思われがちなサリアではあるが、時に心を弱くすることもある。そう思った時、頭に浮かんだのはドクターで。

 他の者が見れば大したやり取りではなかったろう。だがサリアにしてみれば、あれは立派な〝甘やかし〟だった。

 聡い人だ。そして甘やかすのが上手い。堅物と言われるサリアでさえ、こうして受け取ってしまうほどに。

 サリアはほだされたのか。たぶんそうなのだろう。けれど思ったよりも悪い気分ではなかった。

 笑い声とは別に、コツコツと心なしか軽やかな靴が廊下に響いた。

 




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