【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
昼下がりの休憩室は騒がしかった。夜勤を終えた職員や、午後に休みとなった者たちが昼食後に集まって世間話に興じているのだ。そう数は多くないのだが、三人も集まればわいわいと騒がしくなる。そしてここには片手に余るほどの人間がいて、つまりはそういうことだ。設えてあるレコードからは陽気な曲が流れていたが、人々の笑い声でかき消されてそれに耳を傾ける者はいなかった。
「あれ、また増えてるな……」
「おっ、ホントだ」
休憩室の広告掲示板を見て、ひとりの職員が声を上げた。その後ろから別の職員が覗き込んで、同僚が指差すものを見て笑った。
『広告掲示板』、そこにあるべきなのはその名の通り『広告』であるはずなのだが、いくつかあるポスターの中にメモ帳のようなものが貼り付けてあった。
──夜景でも見に行かないかい?
──ニェン監督の面白い映画があるんだ、一緒に観ない?
──君の瞳に乾杯☆
などなど。いずれの紙も文字の上に大きなバツ印が書かれている。
例に上げたのは紙の様子から少し昔のようだが、まだ草臥れていない綺麗な紙には『オリジムシ専門店にでも行かない?』と何を思って言われたのか分からない言葉もある。そもそもオリジムシ専門店とはペットショップ──特異なオペレーターにオリジムシをペットとする者がいる──なのか、もしかしたら食事の店──特異なロドス幹部の中にゲテモノ料理を食する者がいる──なのか。
それらはいずれもひとりのオペレーター──サベージに『断られたデートの誘い』たちである。いったい誰がはじめたのか分からないが、いつしか広告掲示板の一角はNG誘い文句集となっていた。
サベージ自身は別にお高く止まっているというわけではない。むしろ逆だ。気さくで優しく、時々運がよいと振る舞われるレム・ビリトン料理は家庭の温かさを感じる。優しい近所のお姉さん、のような存在だった。つまりは惚れる者も多い。
しかしそういった意味でアプローチを掛けると、するりと躱される。相手を傷つけないような笑顔で断られるのだ。だが決定的なNOを突きつけないので、リベンジに燃える者が多い。いつしか休憩室では情報交換なのか、あるいは断られ続けるうちに面白くなってきたのか、彼女に断られたデートの誘いを記載されるようになった。最近では大喜利のようになっている。
「いやぁ、結局誰もサベージさんを誘えてないだろ?」
「たぶんね」
「いつかこれにバツじゃなくて、マルが書かれることはあるのかねぇ」
そんなふうに笑っていると、タイミング良く休憩室の外からサベージの声が聞こえた。自然と職員たちは口を閉じて、入り口から様子を伺った。彼女は小走りに走ってくる。その対面に我らがロドス幹部のひとり、ドクターがいるのに気づいた。彼女とドクターは旧知の間柄だと職員たちは確か聞いたことがあった。
「ドクター! 今日はずっと執務室にこもっているんじゃなかったの?」
「ああ、そのつもりだったんだが、やるはずだった仕事が諸事情で半分消えてね」
和やかに話すその様子は、確かに親しさを感じさせた。
「どうせだから、ちょっと外に出ようかと」
「あら、デートのお誘いかしら?」
茶目っ気を含んでサベージの口から飛び出した言葉に、休憩室の扉に隠れてやり取りを見ていた職員たちは驚きに息を呑んだ。
──デート! あれほどアタックされても誰にも靡かなかったサベージさんが、デート!
職員のひとりが拳を握りしめる。ちなみに彼はサベージに淡い恋心を抱いていた。彼女の言葉にドクターはどう返すのか、緊張感が休憩室を満たす。
そうしてドクターは数拍の沈黙の後、職員たちの緊迫感もなんのその、あっさりと頷いた。
「……ああ、良ければ気分転換に一緒に外に出かけないか?」
それでついでに買い物でもして帰ろう。そう言うドクターに、サベージは嬉しそうに「いいわよ!」と答えた。彼女の頬は淡く色づいているように見えた。
休憩室の中の空気がざわりとする。自分たちはかなり重要な場面を目撃しているのでは、と覗き見している職員たちは思った。そんな彼らの心情には気付かず、ふたりは楽しそうに出ていった。
「これは……」
「やばいな……」
「歴史的な瞬間だ……」
──サベージさんはドクターと付き合っている……! そしてやり取りから考えるに、彼女は誘われるより誘う方……!
淡い恋心が砕けて散った職員は、涙をこらえる。別の職員は皆のお姉さん的な存在の新たな一面を知って興奮した。そしてまた別の職員は、興奮気味にさらさらとペンを走らせて紙を掲示板に貼り付けた。『断られたデートの誘い』集のピリオドである。
──〝ドクター〟が、「ちょっと外に出かけよう」と誘う。
そしてその紙に大きなマル印を付ける。特に『ドクター』の文字は野太く記されていた。
「なるほど、相手か。相手が問題だったのか」
「そりゃそうだよ、彼女ほどの人なら、好きな人のひとりやふたり」
「こりゃあ、凹む奴が多く出そうだ!」
わいわい、がやがや。休憩室は一気に騒がしくなった。
ちなみにサベージの言う〝デート〟とは、「仲の良い人と一緒にお出かけ」程度の意味だ。親しい相手との逢引等の意味はない。サベージに言われたドクターもはじめて言われた際には戸惑ったのだが、今では理解している。先ほどのそれも特に深い意味はなく、ただの親しい相手とのじゃれ合いのようなものだった。職員たちは目にすることはできなかったが、ドクターと外に出かけたサベージは「今度はアーミヤちゃんも誘って、三人でデートしようね!」とにこにことしていた。
後日、この広告掲示板を見て恋に破れたと勘違いした者たちや冷やかす者たちがちょっとした騒動を起こすのだが、それは余談である。そしてその騒動を耳にしたロドスのトップのウサギの彼女が真相究明に乗り出すことになったのだが、それもまた別の話であった。