【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
レンジャーが執務室の扉を叩くと、「はーい」と間延びした声が聞こえた。中に入ると部屋の主が机から顔を上げる。ぱちりとひとつ瞬いて、「もうそんな時間か」と呟いた。
窓の外はもう暗くなっている。机の隅には間食でもしていたのか、見たことのあるパッケージの屑が転がっていた。そういえば今日は食堂でこの人の顔を見なかったことを思い出した。
「ドクター、まだかかるかのう?」
「いや、すぐに終わる。待っていてくれ」
レンジャーは今日、ドクターと共に飲む約束をしていた。対面でというわけではなく、身内のようなオペレーターが集まる小さなものだ。レンジャーのチームメートも幾人かいる。なんだかんだと忙しく立ち回っているドクターが珍しく参加するとあって、少しばかり奮発した酒と肴が出るのが楽しみだった。
カリカリとペンが紙を掻く音がする。真剣な表情で時折ペンを止めながら書き進めていくドクターの横顔を見つめた。ドクターがロドスに帰還した際には、こんなふうに彼の人の仕事が終わるのを待つような関係になるとは思わなかった。
卑下するつもりはないが、レンジャーはあまり目立つオペレーターではない。経験に裏打ちされた技巧はあるが、どちらかというと裏方の仕事が多い。戦場に出るよりは、要人の護衛であったり、あるいは併設された病院内での雑用をしているときもある。
だからかの高名なドクターと、こうも親しくやり取りするとは思っていなかったのだ。
「ドクター?」
「……うん」
ひとつの書類が終わり、次へと手を伸ばしたドクターに言葉を掛けるが、曖昧な声が返ってくる。ドクターが三枚目の書類を手に取る直前に、レンジャーはそれをひょいと取り上げた。ドクターは突然書類が目の前からなくなったことに一瞬手を止め、次いでレンジャーを見上げた。にっこりと笑ってやる。
「〝すぐに終わる〟と言っておったが、ドクターの〝すぐ〟はいつなのかのう?」
「ウッ……、それだけ終わらさせてくれ」
「本当に今、必要なのかのう?」
「…………」
レンジャーの言葉に声を詰まらせると、ドクターは手を上げて降参のポーズを取った。「もう止める」と眉を下げて言うのに、レンジャーはくつくつと笑った。
ドクターはとびきりに優秀だが、研究者ゆえか目の前のことに集中しすぎるきらいがある。時間を忘れて仕事をして、「夜ふかしは駄目です」と医療部の者に苦言を呈されているのを見たことがある。大概は仕事を手伝う秘書がドクターを止めるのだが、今日はレンジャーたちと飲むからと先に返してしまったのだろう。
伸びをして、こきこきと骨を鳴らしながら立ち上がるドクターに、もう少し運動をさせるように医療部に言っておこうと思う。そうすれば誰ぞ手が空いている者が訓練を付けるだろう。もちろんレンジャーがやってもいい。
机の上を簡単に片付けて、ドクターは立ち上がった。そのまま部屋を出ていこうとするのに声を掛ける。
「前の賭けの品を忘れておるのではないか?」
「あー! そうだった」
「ノイルが楽しみにしておったぞ。もちろん儂も」
「うーん、お眼鏡にかなえばいいんだけどな」
執務机の引き出しからドクターがいそいそと取り出したのは、仰々しく桐箱に入った酒だった。
前回の飲み会でちょっとした賭け事をして、ドクターが負けたのだ。代金として求めたのは〝旨い酒〟。そして隠された意味として、〝次の出席〟。代金を払うために必然的にドクターは次の飲み会にも顔を出すことになる。そうやって『次』の約束をできる程度には、レンジャーたちはドクターと親しくしていた。
桐箱の中身を想像してにやりと笑う。
「それじゃあ行こうか」
「そうじゃな」
ぱちりと執務室の電気を消し、揚々と執務室を出るドクターの後にレンジャーも続く。その尻尾は小さく踊っていた。