【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
鉱石病になったとき、涙は出なかった。実感がなかったのだ。そして、泣いたらそれで終わりだと思った。なにが『終わり』なのか? そんなことは分からない。ただなにかが『終わって』しまう、と思った。色々なところが壊れて、捻れて、けれどもどうにか奇跡的に立っているのに、涙一粒でそれが粉々になってしまうと思った。
■ ■ ■
朝、ロドスの宿舎で目が覚める。いくつかのぬいぐるみが転がっているベッドの上でぐっと伸びをする。窓の方へ目をやって、青く晴れわたる空を見る。眩しさに目を細めた。
まだ体の芯に眠気が残っている。ふらふらと振れそうになる体をどうにか動かして、身だしなみを整えて廊下へ出た。
清々しい光の入る廊下を進みながら、アンジェリーナはちらりと己のふとももを見た。そこには鉱石病の症状が石として現れている。
アンジェリーナは鉱石病になったとき、誰にも知られずに家を出た。家族にも、友達にも知らせずに。それは、鉱石病でいつか死ぬことを知らせて「悲しませないため」というのもあったけれど、半分くらいは「怖かったから」だ。鉱石病だと教えて、その後に現れる表情を見たくなかった。
鉱石病にかかるまで、その病気はアンジェリーナにとってどこか遠い国の話だった。ニュースを聞いて一瞬「可哀想に」と心を痛めても、自分と地続きのものだとは思えなかった。コスメの情報なんかが入れば、忘れてしまうような別の国の話だった。そしてそれは、アンジェリーナがそうだったように、おそらくアンジェリーナの周りに居たひともそうだった。けれどきっと、アンジェリーナがそれ(・・)になってしまったのだと教えれば、遠い国、ではなくきちんと考えてくれたと思う。心配してくれたのではと思う。
でも、もしも万が一「嫌悪」を向けられたら? 昨日まで同じ気持ちで笑いあっていた家族が、友達が、アンジェリーナが鉱石病であることで一瞬でもそんな表情を見せたら。それが、怖い。あの時のアンジェリーナに、それは耐えられなかった。
大好きな故郷を飛び出して、ひとりで仕事をした。決して楽ではなかった。それでも自分の生を諦める気にはなれなかった。そしてある時、ロドスにアーツの力を見出された。
ロドスには、鉱石病の患者でも明るく過ごす人たちがいた。その輪の中に入って、アンジェリーナは故郷を飛び出してからずっと肩に入っていた力が抜けていくのを感じた。けれど涙は流せなかった。『終わる』のが怖かった。──けれどあのひとの前で涙を流した。
食堂に入って、見慣れた後ろ姿が見えた。アンジェリーナは手早く髪に手を添えた。変になっていないことを確認して、声を上げる。
「ドクター!」
──アンジェリーナはあの日、涙を流した。ドクターの前で、涙を流した。そうなる過程の会話も、どうしてそうなったのかも覚えている。アンジェリーナの大切な記憶だ。けれどあの時、どんな心だったのかは、今でも上手く分からない。ただ悲しみだけではなかったことは覚えている。
涙で『終わり』になると思っていた。けれどそうはならなかった。むしろあれは『始まり』だった。
ぽろぽろと涙を流すアンジェリーナを見て、ドクターは動揺したようだった。おろおろと手を上下して、ポケットからハンカチを出してアンジェリーナに渡した。そしておずおずとアンジェリーナの頭を撫でたのだ。あのときの気持ちをどう表したら良いのだろう。ぎゅう、と心臓が絞られたように痛くて、でもとても嬉しかった。
鉱石病が怖かった。今も、怖い。とても怖い。
でもそれ以上に勇気を持つことができた。ロドスへ来る前は、自分の人生は死へと続く暗い道だと思っていた。けれどいずれ死へとたどり着くのだとしても、そこに幸せがないわけではないのだと知った。幸せになれる道があるかもしれないのだと知った。そしてアンジェリーナはそのために努力をしたいと思った。
ロドスが鉱石病患者に明るい未来が来るように進んでいる。今はまだ、解決方法はないけれど。ドクターが、アンジェリーナに示してくれる。
「ドクター!」
二度目のアンジェリーナの声にきょろきょろとドクターが頭を振る。そして声の主をみとめると、見慣れた笑顔で笑った。アンジェリーナは足早に近づく。目尻を淡く染めて、はにかんだ。
「一緒に、食べていい?」
「もちろん」
注文してくるというドクターを見送って、アンジェリーナは食堂の窓に目線を向かた。窓の外は青く、とても青く飛行にちょうど良さそうな空が広がっていた。口元に笑みを浮かべる。
いつか、家族や友達に伝えたい。
心配させてごめんなさい。鉱石病なの。でも私は絶望してないよ、と。
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