【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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迷子じゃない/ミルラ

「失礼します……。あの……ドクター……?」

 執務室を覗くと、いつもは机に向かっているはずのその部屋の主人の姿がなかった。ミルラは書類を旨に抱いて、ゆっくりと首を傾げた。

「ドクターならずいぶんと前に広場の方で見たわよ」

 通りがかった職員がオロオロとしていたミルラに声を掛けた。「また迷子にでもなってるんじゃない」とコロコロと笑って続けられた言葉にミルラは眉を下げる。

 ドクターが方向音痴であることはロドスの皆が知っている。町や任務先でそんなことはないのに、なぜかロドス内部では道に迷う。ふらりと消える。

 確かにロドスは広大で複雑な構造をしている。ずっとここに勤務している者でさえ、すべてを把握しているとは言いづらい。ミルラはそういった複雑な構造に強いためにロドスに来て日が浅いうちにも滅多に迷うことはなかったが、それは特殊なケースだろう。だから記憶を失っているというドクターが迷うのは不思議なことではない。

 ミルラはとりあえずドクターを探そうと歩き始めた。迷子のときのドクターはひとところにじっとしていることが多い。迷子の原則──『迷子になったら動かないこと』──をしっかりと守っている。そういうところは探しやすくて良いと思う。

 だが。ミルラはこてりと首をかしげた。

 ドクターはロドスでだけ方向音痴だ。だが、そんなことはあるだろうか。ロドスが特別複雑だから、というのはなくもないけれど、普通ならば方向音痴の人間はどこでだって方向音痴なのではないだろうか。あいにくミルラはそういう人間の感覚がわからないから、実際はどうなのか分からないけれど。

 それに、不思議なこともある。

 なぜだか上層部や一部のオペレーターたちはドクターが迷子になっているという話題を出すと何か含みがあるような表情をして笑うのだ。困りながらも仕方がないというような、仲間のちょっとした欠点を甘く見逃すような顔をする。あの表情はどういう意味だろう。ミルラはあまり人と話すことが得意じゃないので、突っ込んで聞いたことはないけれど。

 そんなことを考えている内に、見覚えのある後ろ姿が見えた。日の当たる場所、人通りの少ないそこに、そのひとはぽつんといた。

 心持ち早足で近づく。

「ド…………」

 声を掛けようとして、しかしミルラはその横顔に言葉を止めた。

 ずいぶんと穏やかな表情だった。執務室でのようなどこか背筋を伸ばしたくなるようなそれではなく、戦場でのような鋭いそれでもなく、ただひとりの人間がありのままにいるような、自然体のそれ。

 足は止まっていた。日差しに照らされて目を細めるドクターは犯し難いもののように見えた。

 思えばドクターは、どこに居ても「ドクター」だった。救出されてから今まで、記憶がないにもかかわらず戦闘の指揮を取り、ロドスの運営を回してきた。もうずっと前の話だが、常に目の下に隈を飼っていた時があった。受け取った書類の後半が支離滅裂になっていて、夜更しするのはやめてほしいと苦言を言ったものだ。あの頃のドクターはピリピリとしていて、どこか焦った様子だった。けれど日々を重ねるうちに、いつの間にか柔らかな空気をまとうようになった。それに気づいたのはいつだったか。ドクターが方向音痴なのだと噂が出始めた頃ではないだろうか。

 どれくらいその横顔を眺めていただろうか。数分だったかもしれない。いや、もしかしたら数十分だったかもしれない。ドクターは不意に何かを感じたように肩を揺らすと、ミルラの方を振り向いた。

「ミルラ?」

「ド、ドクター……」

 身を縮めたミルラに、ドクターは不思議そうな顔をする。その目に批難も落胆も浮かんでいないことを確認して、気づかれないようにほっと息を吐いた。大切な時間を邪魔してしまったのではと不安だったのだ。

「迎えに来てくれたのか?」

「えっと……、あの……、はい」

 こくりと頷くミルラに、ドクターは笑って立ち上がった。

「ずいぶんと探させてしまったかな?」

「い、いえ……、そんなにじゃないです」

 良かった、と言いながら隣に並ぶドクターに、ミルラはアワアワと手を上下させた。少し考えた後、ドクターの服の端を持つ。ドクターはきょとんとしたが、引っ張りながら進もうとするとおかしそうに笑ってミルラの手をとった。反射的にびくっと震えると、ぱっと手を離される。

「悪い、つい」

 ロドスにはミルラよりも幼いオペレーターもいる。その子達にやるように手を握ってしまったのだと苦笑いするドクターに、ミルラは首を振った。

「いえ……、いいです」

 そう言ってきゅっと手を握り直す。全然嫌ではない。親ではないけれど、ひとりの「大人」で「上司」としてミルラに向き合ってくれるこのひとが、ミルラは好きだった。

 手を引いて歩き出す。少し奥まった場所にいたせいか、ざわめきが遠い。ドクターの空気は先程の名残のせいかどこか柔らかかった。

 ロドスの中をふたりで歩く。人にはあまり会わなかった。しかしそろそろ執務室の周りの見覚えのある場所に出ても良いだろうという時間を歩いても、目的の場所は見えなかった。

「ミルラ……。道、間違っていないか?」

「……大丈夫です。間違ってない……です」

 戸惑ったようなドクターに、ミルラはしっかりと頷いた。ミルラのあまり多くない特技のひとつに、空間把握能力がある。複雑な構造の建物でも一度歩けばほとんど迷うことがない。つまりミルラに限って迷子というのはありえない。

「そうか……?」

 ドクターは訝しげだったが、しばらくすると何かに気づいたらしい。どこか機嫌が良さそうに笑う。それにミルラも小さく笑みをこぼした。

 それから本来かかる時間の倍近く掛けてふたりは執務室にたどり着いた。

 本来の目的であった書類を提出して部屋を出ていこうとすると、ドクターに呼び止められる。

「ミルラ、ありがとう」

 それにミルラは小さく首を振って笑った。そして一礼をして部屋を出る。

 ドクターはロドス限定で方向音痴になる。そして誰かが迎えに来るまで、あるいは戻らねばならない時間になるまでは、人気のない場所でぼんやりとしている。

 ミルラの脳裏に仕方がなさそうに笑う、数人のオペレーターの顔が浮かぶ。きっとあのひとたちは、どうしてドクターがロドスの中でだけ迷子になるのか、その理由を知っていたのだろう。そしてミルラも、そのすべてが分かったわけでもないかもしれないけれど、あれがドクターに必要なことなのだということは理解できた。

 ドクターを見つけた場所から執務室まで帰るのにもっと短い時間でも大丈夫だった。迷子になったわけではない。ただ、ミルラがドクターがまだ戻りたくないのではないかと思って、少しばかり遠回りしたのだ。そしてそれはどうやら正解だったらしい。

 

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