【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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吹雪の夜に/プラマニクス

 外は吹き荒ぶ吹雪。幸いにして洞窟を見つけ、雪に埋まってそのまま凍ることは防げているが、救援を呼ぼうにもこの吹雪の前には無線機はうんともすんとも言わなかった。

「ドクター、火が付きましたよ」

 奥から柔らかな女性の声がかかる。それに頷いて、ドクターは気付かれないように小さくため息を漏らした。

 仲間とはぐれて遭難。見つけた洞窟でイェラグの巫女──プラマニクスとふたり。

 どうしてこうなった。

 

 そもそもにしてなにが悪いと言われれば、八割がたは自分が悪い、かもしれない。

 雪が降り始めた頃は、山を降りるにも登るにも中途半端の場所だった。ふわふわと山肌に化粧を施すように降ってくる雪は行進を止めるほどではなかったが、プラマニクスの「激しくなるかもしれません」という言葉に従って拠点を作ることになったところまでは良かった。その頃には雪はだいぶ激しくなっていた。

 苦労しながらもなんとか腰を落ち着ける場所を作り、雪が収まるまで待つことになった。総員、テントの中で待機しているように、と。

 が、外に忘れ物をしてそれだけ回収するつもりでテントを出て、横殴りの雪に視界を遮られうっかり道なき道──宙を踏みしめてしまった。態勢を崩して転げ落ちる前に、たまたま近くにいたプラマニクスが驚いたように手を伸ばしてきて──転げ落ちた先で遭難した。

 こうまで山の天気が崩れるとは思わなかった。そして記憶にある限りドクターはこれほどの豪雪を経験したことはない。対処法は本の知識としては頭に収まっているが、やはり実際に経験するのでは随分と勝手が違う。幸いなのは、プラマニクスがちょうど食料などがはいったバッグを運搬中だったことだろうか。その中にはガスバーナーやカップもあった。少なくとも腹をすかせたまま死ぬことはなさそうだった。

 ガスバーナーに温められた鍋の中の水が小さく気泡を浮き上がらせている。そう時間を掛けないうちに湯が沸くだろう。手頃な石に腰を下ろして、それをじっと見つめる。外は突き刺さるような雪だが、洞窟の中はまるで世界に切り取られたように静かだった。ただふたりの息遣いが聞こえる。

 しばしの沈黙の後、ドクターは申し訳なさそうに眉を下げた。

「……巻き込んで悪かったな」

「いえ、あなたがひとりで居なくなる方が心配ですから。むしろ一緒に落ちてよかったです」

 さらりと返された言葉に苦笑する。だがそれは彼女の本心だろう。

 彼女と出会ってからそれなりの時間を共に過ごした。ロドスのドクターとイェラグの巫女という関係が、時間とともに雪の下に隠される土が春の雪解けによって現れるように外殻に取り繕わない内面を晒すようになった。巫女らしく荘厳に立っていたプラマニクスの格式張った口調は、こうして二人きりのときには柔らかくなる。ドクターもまた、ロドスの代表のひとりとして対応していた頃は遠く、今では肩の力を抜いて素の様子を見せるようになっていた。互いにずいぶんと打ち解けた。

「今回は仕方がないですが、もう少し足腰を鍛えたほうがよろしいのではないですか?」

「う……、分かってはいるんだが……」

 プラマニクスの苦言にドクターは身を縮めた。その言葉は彼女の他にも複数のオペレーターから言われていたことだった。基本的に頭脳労働が多いため、運動が不足しがちになるのだ。それにそもそもにしてそこまで身体能力が高くないというのもある。訓練場では、教師に新人オペレーターと共に同じ時間をかけてレクチャーされて、数時間後には床に沈むドクターと、多少汗を流しながらもそれを不思議そうに見る新人オペレーターの姿がしばし見られる。ドクターの頭脳は一級品だ。理論は分かる。だが、身体が追いついていないのだった。

 プラマニクスも特別身体を動かすのが得意というわけではないはずなのだが、ドクターよりはずっと体力がある。流石、重い鈴──彼女の信仰の聖具である──を振り回しているだけある。懸命にもドクターはそれを口にしないが。

 ぽつぽつと言葉を交わしながら、バッグの中身を検めていく。水、乾パン、レーション、乾燥スープ、チョコレート……。ひとまずカップに乾燥スープを入れて、湯を注ぐ。それを口に含んで身体を温めた後は、吹雪が止むまで籠城できるように準備をした。

 運がいいことに洞窟の入口近くに倒木あり、それの枝をいくつか拝借できた。さすがにバーナーだけの火では心もとない。ドクターはプラマニクスが慣れた手付きで薪を組むのを感心した目で眺めた。

 

 ゆらゆらと揺れる焚き火を眺める。橙色のそれは時折ぱちりと火花を散らす。少し離れると凍えるようだが、焚き火の近くだけは乾いた熱があった。

 だがそうは言っても小さなものだ。ぬくぬくと、とはいかない。這い寄る冷気に身を震わせる。

 と、熱を逃さないように近くに座っていたプラマニクスの視線を感じた。彼女の装備はドクターとほとんど同じだが、その上にさらに暖かそうな大判の厚いストールを巻いていた。

「ん」

 おもむろに彼女はその前を開いてみせた。そして内側に入れというような目を向けてくる。さすがにそれはどうなのだろう。ドクターと彼女はそれなりに親しい間柄ではあるが、それは節度に欠けるのではないか。

 だが、彼女はにこりと微笑んだ。

「明日の朝起きて、あなたが隣で冷たくなっていました、なんてことになってほしくないですから」

 そしてまた「ん」と開いたストールを揺らす。それで観念してそこに邪魔することにした。

 ストールは大きく、ドクターとプラマニクスを包んでも体がはみ出すことはなかった。互いに外気にさらしてひやりとしていた服は、それに包まれているうちにじんわりと互いの熱を分けて暖かくなる。体の震えもしばらくすると止まった。

 そうもするうちに湯が沸いた。空になったカップに注ぐと、中に入れていた粉が溶けて茶色く色づいた。ココアを入れたのだ。ひとつをプラマニクスに渡し、もうひとつは自分で持つ。

「あちっ」

 すぐさま口に迎えようとしたのだが、その熱さに肩を揺らした。隣のプラマニクスはその様子に目を丸くして、反面教師のように自分のものにはふうふうと息を吹きかけて冷ましてから口に含む。

 じわりと舌の上に甘いものが乗る。それは喉を通って胃の腑に落ちた。どちらともなくふう、と大きな息を吐いて、互いに顔を見合わせると愉快げに肩をすくめた。

「あ、そうだ。いいものを見つけたんですよ」

 ココアを四分の一ほど飲んだ時、プラマニクスが思い出したというように声を上げた。そして「すごいでしょう」というようにあるものを掲げてみせた。

「それは……!」

「バッグの中にありました」

 瓶の中の琥珀色の液体が揺れる。パーケージに見覚えがある。ラム酒だ。

 なんだってそんなものがバッグに。結構重いものだろうに。だが今回の任務の同行者にこういったものを持ち込む者は数名思い当たる。おおかた彼らが秘密裏に紛れ込ましたのだろう。

 プラマニクスは驚くドクターのカップに注ぎ、自分のものにも同じようにした。そうしてぱちりと片目をつぶってみせる。とても聖職者とは思えないお茶目さだ。だがそうした小さな〝不良さ〟に、彼女は偶像ではなくただの人間であることを感じて、ほっとするのも確かだった。

「まったく……」

「まあまあまあ」

 そうも言いつつドクターはこくりとラム酒入りのココアを嚥下した。酒精が喉を通り過ぎ、胃落ちてしばらくするとじわじわと熱を伝えてくる。隣を見ると、彼女も白い肌をほんのりと薔薇色にしていた。

 ぽつぽつと洞窟の中で会話が続く。酒がほんの少し互いの口を滑らかにした。外では白魔が暴れまわっていたが、洞窟の中では穏やかな時間が流れていた。

 

 翌日、捜索にきたオペレーターに、ふたりでくうくうと眠っている所を発見された。焦る彼らとは対照にふたりは随分と呑気な寝顔だったとか。自分たちが馬鹿のようだった、だが無事でほっとした、ちくしょうめ、とは発見した彼らの言である。

 

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