【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
通い慣れた道を歩いて、これまた見慣れた扉をくぐる。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
今日はよろしく、という言葉に頷く。ここはロドスのドクターの執務室だ。ペンギン急便に関連する仕事がある際、それについて話すついでに護衛の依頼がくる。わざわざ会議の日を設けるのも面倒だから、護衛も一緒にやってもらおうという魂胆らしい。報酬は少し安いが、一日ずっと執務室にこもっていることもあるので、テキサスとしては楽な仕事だった。
今回も外へ出る予定はないらしく、簡単に仕事の打ち合わせをした後は暇になる。いちおう護衛の名目なので、ぐるりと部屋を見回して怪しいものがないか確認する。はじめに入ってきた際にもやったが、気持ちの問題だ。
それも終わると、簡易キッチンに立つ。コーヒーを淹れる。
「ほら、コーヒーだ」
「ああ、ありがとう」
ことんとドクターの机に置く。自分のもののついでだ。テキサスの手にも同じものが入ったカップが握られている。
後は備え付けの雑誌でも読みながら時間をつぶす。そういうものはドクターのために、というよりは、この部屋に訪れるオペレーターのために置かれている部分がある。『美味しいカフェ特集』はともかくとして、『ギークのためのミリタリー特集』というのは流石に読まないだろう。
二回目のコーヒーを淹れて、口寂しさになにかないかと探していると、不意にドクターが机から顔を上げた。
「これ」
「ん、ああ、ありがとう」
ごそごそと引き出しを漁った後に出てきたのは、きれいにラッピングされた菓子の箱だ。前にドクターが食べてみたいと言っていたブランドだった。おすそ分けをくれるらしい。
「いくつ?」
「……ふたつまでだ」
箱を開いて現れたのは宝石のように収まったチョコレートだった。流石に全部食べるわけにはいけないだろうと問いかけると、ドクターは少し悩んだ後に答えた。なるほど。テキサスは箱の上で指を迷わせた。とりあえずひとつ決めて摘み上げる。……ドクターの好きそうな味は避けておいてやる。
じわりと舌の上で溶けたチョコレートを味わう。いつもは廉価なチョコレートを咥えているが、こういうものも嫌いではない。テキサスはしっかりとふたつ分、箱のくぼみに穴を開けて返した。
「美味かった」
「それはよかった」
代わりに、とまた別のものが手に載せられる。どうやらそれだけでは物足りないと読まれていたらしい。今度はファミリー向けの廉価な菓子だ。先程の高価なそれの後で食べるにはなんとも情緒がないような気もする。ドクターならばしないのだろうが、テキサスはそういうことを気にしない。こちらに合わせてくれているらしい。ありがたくいただいた。
それからは互いにぱらぱらと紙をめくる音だけが部屋に響いた。
テキサスとドクターの間にあまり会話はない。ドクターは喋る必要のある時は、あるはその方がいい者が相手の場合は喋るだけで、別に黙っているのが苦痛というわけではないらしい。テキサスもおしゃべりというわけではないから、別にそれは気まずくなかった。ドクターとテキサスの感覚が似ているのか、短い言葉で互いの言いたいことが分かる。最低限の意思疎通で足りた。
頭の中に同じペンギン急便の相棒が浮かぶ。彼女は結構なおしゃべりだ。ペラペラと聞いてもいないことを喋る。そしてテキサスの相槌がないと、むっとして怒る。他のメンバーにしても同じだ。〝静〟よりも〝動〟という言葉が似合う者たちだ。テキサスはそんな者たちに囲まれている。あの騒がしさも嫌いではないのだが、たまにはこうやって静かに過ごすというのも悪くはなかった。
そうしていると、鐘の鳴るような音が聞こえて、テキサスは立ち上がった。終業の鐘だ。手にしていた雑誌やコップやらを片付けて、退室の声を掛ける。
いつもならばすんなりと別れるのだが、今日はなぜか違った。「ああそうだ」ドクターはなにかを思い出したようで、呼び止められた。そうして別室──隣接している仮眠室──に姿を消したかと思えば、なにかを手にしてすぐに戻ってきた。
「はい、これ」
「……なんだ、これは」
渡されたのは、黄色い薔薇だった。簡単にラッピングされた淡い色のそれ。どういう意味合いのものかも分からずに、テキサスは首を傾げた。
「いや、そういうキャンペーンだったらしくて」
聞くところによると、菓子を買うと花も付いてくるというキャンペーンをやっていたらしい。それでせっかく今日、テキサスが来るのだからと、テキサスに似合いそうな花をもらったとか。
「いらなかったら、誰かにあげてくれ」
「……分かった」
流されるままに受け取って、それじゃあ、と今度こそ部屋を出る。
そうして廊下を歩いて、しばらく。テキサスは思わず笑いをこぼした。
「ふっ」
小さく肩を震わせる。
──菓子屋のキャンペーン。テキサスに似合いそうだったから花を貰った。いらなかったら、他の誰かに渡せ。
「ふふふっ」
まったく、色気のない。仮にも花を贈って言う言葉か? いや、別にドクターとテキサスは特別な関係ではない。他にどう渡されたっておかしいだろうが。
「はははっ」
だが、たぶんドクターとの関係は、これくらいが丁度いい。
テキサスは肩を震わせながら、薔薇の匂いを嗅いだ。それなりに丁寧に保管されていたのだろう、みずみずしいそれだった。
帰っても花瓶などないだろう。だが、なんとなく他に渡すのはもったいない気もする。なら、と思う。
──ビール瓶にでも挿してやろう。
この可憐な薔薇には不釣り合いかもしれないが、まあ、テキサスに贈られたのだから、どうするのかもこちらの自由だ。