【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
「私、これ好きだなあ」
手土産として渡したチョコレート菓子を食べて、そのひと──シルバーアッシュの盟友にして、ロドスのドクターは言った。幸せそうに目を細めて、いつもよりことさら丁寧に口を動かす。こくりと喉仏が上下して、こちらに目を合わせて嬉しそうに一言。
それに対してうまく笑えていたか、シルバーアッシュは自信がない。ぐっと息が詰まって、次に吐いた言葉はかすれていた。
「……私の好物だ」
「へえ。……ん? だが、君の好物にしては庶民的だな」
「ああ……、昔、それを好物だと言って食べる者が近くにいてな」
そいつは趣味が良いね、と頷くそのひとに、胃の腑がねじれるような心地になった。
そうとも、お前はその菓子が好きだろう。なぜならそれをシルバーアッシュに「私の好物だから」と教えたのは、そのひとだったからだ。そしてそれでシルバーアッシュもそれを口にするようになった。
その菓子は、目の前の存在がかつて友として共にいた際に好んで食べていたものだ。仮にも貴族であるシルバーアッシュが手を伸ばそうとは思えないようなパッケージだった。ジャンクではないが、高級というわけでもない。言うなれば庶民が少し背伸びをして買うような偽物の菓子。「君もどうだ」と差し出されたものを手に取ったのは気まぐれで、ただ単に断るのも面倒だと思ったからだ。口に含んですぐは特別思うことはなかった。普段食べる菓子の方がずっと美味しいと思った。だがシルバーアッシュが食べるのを見てそのひとは満足そうに笑い、もうひとつ口に放り込んで心底美味しそうに、あまりにも美味しそうに食べるものだから、それらの感想は口の中に消えた。その頃はまだそこまで親しくなかったものもあった。
その後、ずっと親しくなり〝盟友〟と呼ぶまでになって、事あるごとに勧められるそれは悪くはなかったが特別好きになることもなかった。
ある時、少しだけ疑問をこぼしたことがあった。自身はもっとずっと美味い菓子を知っているし、実際相手に食べさせたこともあった。それなのにそのひとはそれを「好物」と言った。半端な菓子なのに、というシルバーアッシュの言葉に「それがいいんじゃないか」と笑った。
──高価なひとつを買う金で、これはその倍以上を買える。それに手軽に食べられる。総合的な幸福度はこちらの勝ちだ。
その理論は分かるようで分からなかったが、そのひとが楽しげなので、まあいいかと思った。
理知的な瞳がそれを口にするその時ばかりは嬉しげに細められる。本当に〝好物〟だったのだろう。その顔を眺めるのが好きだった。
やがて友とは別れ、それぞれの道を歩くようになった。共に過ごした日々は胸の片隅にはあれど、振り返ることはあまりなかった。だが激務の末に、たまたま訪れた街の店先で見覚えのあるそれを見つけた。舌の上に載せたそれは、たやすくシルバーアッシュの意識を過去に返した。かつての青臭く輝かしい日々を思い出し、胸に去来したのはなんであったか。それは己しか知らない。
それから時折、シルバーアッシュは友人の〝好物〟を食すようになった。そしていつの間にか己の〝好物〟になっていた。
目の前で顔をほころばせる相手を見る。今の自分達にはかつてと同じものではない。それは立場が異なるということもあるし、歩んできた道がそうしたものもある。だがそれ以上に目の前の人間には過去がなかった。カカオの甘さと共にシルバーアッシュが瞼の裏に思い出す過去が、この人物にはない。
シルバーアッシュはここロドスで再びこの人間に出会った。記憶を失ったと聞いたが、『盟友』と呼んだ。はじめはぎこちない空気だったが、今は違う。まったくかつてと同じとは言えないけれど。
しかし『盟友』はかつてとそっくりの表情で頬を緩めて菓子を頬張る。それに目を細めた。
「私にも、ひとつくれ」
差し出された袋からひとつ摘んで口に入れる。
相変わらず、口溶けはそこまで良くないし、わずかに喉に絡みつくような甘さがある。お世辞にも一番美味しいもの、とは言えない。──だが、悪くはなかった。
かつて相手に教わった〝好物〟を、今は逆に教えている。それのなんとも奇妙なことよ。
シルバーアッシュはあまく溶けた菓子と共に苦いような甘いような気持ちを飲み込んで、ひそやかに目尻を柔らかくした。