【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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無価値と特別/リード

 ──〝私たちの命はみんな同じ、価値のないものだから〟。

 

 ひりひりと焼け付くような殺気が戦場を満たす。リードは目を鋭くして槍を構えた。戦況は徐々にこちらに傾いてきているとはいえ、いまだ予断は許されない。

 目を眇める。先程、風景が歪んだ気がした。自身を周囲に擬態させて認識させずに本陣まで進む能力を持つ者がいることにすぐに思い至り、薄くだが気配を感じたところに槍を突き刺す。──硬い感触。次いで、薄皮が剥かれるように敵が姿を表した。

 ぐるる、と警戒に喉奥を鳴らす。一合、二合、三合、と相手の武器と槍を合わせる。瞬間、ぱっと敵が燃え上がった。リードのアーツだ。驚愕の後に苦悶のうめき声を上げるの聞きながら、隙きとなった胴体に刃を叩き込む。が、意地なのかギリギリのところで逸らされた。もう一度、と腕を引いた。と、敵の援護なのか死角から矢が飛んできた。考えるよりも先に身体が動く。避ける。頬の薄皮が一枚、えぐられた。それの痛みを感じるより前に、リードはさっと顔色を白くさせた。

 ──後ろには、ドクターがいる。

 燃えながらもこちらに武器を振り上げる敵の首を、動作のついでに刎ねる。ぼう、と火柱が上がった。振り返る。そしてリードは悲鳴を上げた。

「ドクター!」

 彼の人は、その腕を真っ赤に染めていた。

 

 ■ ■ ■

 

 リードは白い扉の前をカツカツと忙しなく歩き回っていた。同じく心配で覗き込むようにしていた者も、リードのその様子を見て遠巻きにしている。

 そうしているうちに(にわか)に扉の前が騒がしくなった。がらりと扉が開いて、目的のひとが出てくる。扉の前に集まる者たちに驚いたようにたたらを踏む。片腕を吊っていたが、それ以外には支障がないようだった。顔色も悪くない。

「ドクター!」

 わっと周囲に集まった人々に苦笑いをした。ドクターの奥から次いで現れた医師オペレーターがその様子を見て声を張り上げた。ドクターを囲んでわあわあと声を上げる者たちに簡単に彼の人の状態を伝える。

 矢は腕を貫いていたが、毒などは塗られておらず、幸いなことに神経も損傷していなかった。見た目ほどには重症ではない。傷こそ残るかもしれないが、数週間もすれば以前の通りに問題なく動かせるだろう。

 そう説明すると、ぱっと手を上げる。

「さあ、散った散った!」

 いつまでもここで騒ぐな、ドクターも疲れているだろうからそれぞれの業務に戻れ! そう言われて、ドクターを心配して集まった者たちは、ドクターに一言声を掛けると波が引くように散っていった。医者もそれを見て医務室に引っ込んだ。

 残されたのはリードひとり。所在なくぽつりと佇む彼女の影は縫い付けられたように動かない。

「あ……」

 ドクターに声を掛けようとして、しかし自分にそんな資格があるのか分からずに、口端を噛んで黙り込んだ。

「──リード」

 しかしドクターはそんなリードの名を呼んで、少し話そう、と廊下に設置されている長椅子に促した。リードはこくりと頷いて、先に座ったドクターの隣に腰掛ける。ドクターがなにか言おうとするのを遮って、リードは深く頭を下げた。

「…………ごめんなさい」

「……それは、なにに対しての謝罪だろうか」

「君を、守れなかった」

 ぎゅっと拳を握りしめる。それにドクターは小さく息をこぼすと、首を振った。

「いや、私こそ、避けられなかった。……運動神経がよろしくなくて申し訳ない」

 肩をすくめて、おどけるように言われて、リードは思わず顔を上げた。そういうことを言おうとしたわけではない。そもそもドクターの反射神経が平均か、それ以下なのはもう知っている。こちらの罪悪感を軽くしようとそう言ってくれたのだろうが。リードは眉根を寄せた。ドクターの謝罪は受け取れなかった。今回のことは、リードの過失だった。

「でも……」

 続く言葉が出ずに口をつぐむ。悪いのはリードだ。沈痛な表情で包帯の巻かれた腕を見る。その様子にドクターはひとつ瞬きをして、リードの目を覗き込んだ。「前に命について話したことを覚えているか?」ドクターの瞳は複雑な色で、真意を上手く汲み取れない。切り込むようにして口を開いた。

「──命がみな価値のないものならば、私がこうして傷つくのも、そしてその果てで死ぬのも大したことではないのでは?」

「それは違う!」

 ──〝私たちの命はみんな同じ、価値のないものだから〟。

 それは以前、リードが言った言葉だった。どんな会話の流れだったかはもう思い出せないけれど、鉱石病の話と一緒に語ったのを覚えている。

 リードは今まで数え切れないほどの命を奪ってきた。罪悪感があるのか、と聞かれて首を振った。そんなものはない、命にその価値はない、と。もちろんそこには自分自身も入っている、と。

 鉱石病についても同様で、それによってもたらされる偏見という欠点を除けば、大したことではないと考えていた。だって、この大地にはもっと簡単に命を奪うものが幾多ある。その数千、数万もの中のたったひとつに、なぜそれほど意味をもたせるのかが分からない。それに、欠点だって、鉱石病であるためにリードがこのロドスで暮らす理由となったことを考えれば、差し引いても余りあるほどだった。

 命が散る。それは大地に雫が一つ染み込むようなものだ。それによって何かが変わることはなく、瞬きの間に乾いて忘れ去られる。それは誰の命でも、リードの命でも。あの日、その答えをドクターは否定することはなかったけれど、どこか悲しげだったのを覚えている。

 けれど今、ドクターもまた無価値な命ではないかと聞かれて、リードはとっさに首を振っていた。それにドクターは目を細める。

「なにが違う?」

「あ、あなたは……」

 ──〝特別〟。

 その一言がすとんと心に落ちた。そうだ、特別だ。いつの間にかそうなっていた。

 はじめは信じていいのか分からなかった。警戒もした。リードはその身に大きな秘密を抱えている。今もなお口にはできていないけれど、それを言わずともドクターはリードを気にかけてくれた。無理を強いることはなかった。いつの間にか、このひとならばと思っていた。アーツのそれに反して硬く凍っていた心が、ドクターに触れて熱を持った。

 このひとには傷ついてほしくない。悲しんでほしくない。──死んでほしくない。

 なるほど、確かに己は彼の人の命を〝無価値〟とは思っていなかった。けれどそれはこのひとが〝特別〟なだけで、その他の大勢、そして自分自身については考えは変わらなかった。命は無価値だ。それに意味などない。……そのはずだ。

「他の者も、そして君の命も〝特別〟にならないのか?」

 だからその問いに、リードは答えることはできなかった。頷くことも、否定することもできなかった。

「……分からない」

 ぽつりと落ちた言葉は、頼りなくかすれていた。迷子の子供のように瞳を彷徨わせるリードの手を、ドクターは無事な方の手で握った。どこか悲しげな瞳がリードを映す。それになんだか申し訳なくなった。なにかを言おうと口を開けたり、閉じたりして、ドクターを上目遣いで見上げる。

「少なくとは私は、君が死んでしまったら悲しい」

「悲しい……?」

 リードはわずかに首を傾げた。そしてその意図を考えるよりも先に、〝うれしい〟と思う。自分で無価値と断ずる命だ。しかしドクターはそれを失くすと〝かなしい〟という。自分はドクターに惜しまれている。胸に小さな火が灯ったような気持ちがした。

「君が惜しむならば、私も……」

 惜しむようにする。そう続けて、しかしドクターの目を見て言葉がしりすぼみになった。自分を覗き込む瞳は、先程よりも色を濃くしていた。どこか淋しげなそれに、黙り込んでしまう。どうやら自分は正解を言うことができなかったらしい。ドクターにこのような表情をさせたかったわけではない。このひとが悲しむと、リードも悲しいような気持ちになる。けれどどうすることも出来ずに黙り込んで身を縮めていると、しばらくして、ドクターが複雑そうに眉尻を下げた。そして小さく首を振る。困惑に揺れるリードを覗き込んで、そうして困ったように笑った。

「無理に私に同調しなくていい。ただ……そうだな、ただ、心に留めておいてほしい」

「…………分かった」

 君がそう言うのならば、きっと()()なのに。……リードには分からないけれど。

 けれどそれを口にしたならば、きっとこのひとの瞳はもっと悲しい色になる。

 ふっと(ほど)けた空気に、息を吸い込む。繋いでる手とは別の腕の包帯が目に入り、また謝りたい気持ちになった。それでも困らせることは本意ではない。リードは口をつぐんだ。

 繋いだままの手が温かい。この手が冷たくなることを考えると、凍えるような気持ちになる。命の価値など、リードにはやはり分からないけれど。

 ただ、失くしたくないな、と思う。

 きゅ、と〝特別〟な手を握りしめた。

 

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