【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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停滞あるいは、進展までのまどろみ/グム

「ドクター……」

 ドアから顔をグムに気づくと、ドクターは小さく笑って手招きをした。グムは誰に見られているわけでもないのに、足音を立てないようにするりと部屋に入ると、両手に持っていたマグカップをコトコトと机に置いた。ひとつはホットミルク、ひとつはホットコーヒーだ。そうしているうちにドクターが執務机の前からソファーへ場所を移したので、グムはその隣にちんまりと座る。そっとホットコーヒーを横に滑らせると小さく礼を言われた。ドクターが口をつけるのを見てから、自分のものを手に取った。ふうふうと息を吹きかけて、熱々のそれを口に含む。シナモンの香りが鼻孔をくすぐり、ほんのりと甘く、温かなものが胃に落ちていく感覚がする。

 深く息を吐くグムの隣で、ドクターは書類を片付けていく。グムはそれをぼんやりと眺めた。

 こんなふうにこのひとの執務室にお邪魔するようになったのは、いつからだったか。いつの間にかグムはひとりでいるのが嫌な時に、こうやってドクターの横に邪魔するようになった。仕事を手伝うでもなく、話をするでもなく、ただ隣に座っているだけ。対価はコーヒーだ。自分用のものも持って訪ねる。この空間ではグムは調子よくおしゃべりをしない自分を許せたし、笑わない自分も許されていると思えた。

 こうなる以前は、苦しい時は自分の部屋で毛布をかぶって丸くなっていた。ぎゅっと体を丸めて、嫌なことを忘れるようにきつく目をつぶって、いっそ眠れればいいのにと思いながらも、頭を真っ白にする努力をした。きっとロドスのみんなが見たら、驚くような姿だろう。グムが彼らに見せるのは、活発で単純で明るい、ただの少女だ。けれどそれも偽りというわけではない。グムの一面だ。そして表情を失くし、真っ青な顔で外界から身を守るように丸くなることも、他には見せないグムの一面だ。

 ロドスに保護されてから、あの学園での日々は幻だったのではと思った。ここには幸福な者が「当たり前」と呼ぶ、飢えも猜疑もない世界があって、あの地獄のような日々はグムが見た悪夢だったのではないか、そう思った。けれどそんなことはなかった。仲間たち──自治団のみんなは過去に苦しみ、グムも思い出しては苦しくなる。

 早く忘れればいいのに、と思う。実際にロドスの「当たり前(幸福)」を本当の意味で「当たり前」にしたくて、グムは笑顔を作る。笑う。それでみんなが笑ってくれるから。あの暗い過去の影を少しでも遠ざけられるならば、グムはいくらだって笑える。

 ロドスに来てすぐは、このまま後方支援の仕事でもいいかもしれないと思った。ロドスは帰る場所のない学生を放り出すほど非情ではない。己にできる仕事──食事の手伝いだとか、その他の雑用だとか──を行えば、船に乗せてくれる。だから、あの過去の匂いがする戦場に、戻らずともいいのではないかと思っていた。

 だが、仲間たちは違った。戦闘オペレーターとして戦場に出るのだという。だからグムもそれに続くことにした。もしも彼らと離れたら、グムは「グム」でいられなくなると思った。己が危うい均衡の上に立っているのだと、グムは本能で感じていた。

 けれど戦闘した日の夜は、いつも過去を思い出す。あの苦しい日々を、今をも苦しめる日々を思い出す。そうしてグムが震えていると、仲間たちが見つけて抱きしめてくれるのだ。それがありがたくて、けれど少し苦しかった。彼らも苦しんでいるのに、彼らと比べて歳が少し少ないという理由だけで彼らに守られていることが。グムだって彼らを守ることができるのに。

「グム」

 ふと名を呼ばれて、思考から目覚めた。中身が半分ほどになったマグカップを抱えたまま、ずいぶんとぼんやりとしていたらしい。ぬるくなっている。ドクターはグムの手のひらに、銀紙に包まれたチョコレートをのっける。ひとつ、ふたつ、みっつ。ありがとう、というグムの言葉に頷きだけ返して、ぽん、と肩を叩くと、また書類に向き直った。

 その甘やかしに浸るようにグムはドクターとの距離を少しだけ詰めると、チョコレートを舌の上に乗せた。じわりと滲む甘さに目を閉じる。

 ドクターはロドスの柱のひとりだ。このひとがいれば、どんな戦場に行っても帰ってこれる。〝正しい道〟を知っている大人。信じすぎるな、と自治団のリーダー──ズィマーは言うけれど、グムは〝この人ならば〟と思っている。

 いつかドクターは、グムたちをあの悪夢の終わりまで連れて行ってくれるのだろうか。

 

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