【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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二日酔いにはならなかった/サイレンス

「ごめんなさい! 遅くなっ、た……」

 バタバタと部屋に入ってきたサイレンスの声は、ソファに横になるものを見て尻すぼみに小さくなった。珍しく上着を脱いだドクターが、書類をめくりながら「おつかれ」と微笑む。それに頷いて、サイレンスはソファに近づいた。

 そこにはすうすうと気持ちよさそうに寝息を立てるイフリータがいた。彼女の上には見覚えのある上着が掛けられている。ドクターのものだ。

「離してくれなくてね」

 サイレンスの視線を追ったドクターが苦笑する。なるほど、掴まれてしまったために上着を彼女にやったのだろう。

 まじまじとイフリータを眺める。片足を上着から出して、くうくうと息をしている。楽しい夢でも見ているのか、笑っていた。まるで安心しきったような姿。

「仕事はもういいのか?」

「うん、終わったよ」

 イフリータを起こさないように囁き声で会話する。

 どうしても手が離せない仕事があって、こんな時間になってしまった。イフリータの保護者として彼女には待たずに寝るように言っていたのだが、どうやら彼女はそうしなったらしい。ドクターから連絡があって迎えに来たのだ。

 イフリータの寝顔に、サイレンスは目元を和ませた。頬が緩む。こんなふうに眠れるなんて、昔では考えられないことだった。

 サイレンスたちはこのロドスに半ば逃げ出すようにしてやってきた。ほとんど必要なものしか持たず、理解しきれずに困惑のままのイフリータの手を引いて。

 一種の賭けだった。知人の勧めでロドスにきた。逃げた先が第二の地獄にならない保証はなかった。けれどたとえそうなったとしても、試さずにはいられなかった。今ではその選択が正解だったと知っている。所属は変わらずライン生命だが、ここは地獄ではない。

 そっとイフリータの頬を撫でる。柔らかな皮膚が自分のものよりも高い温度を伝えてくる。イフリータはくすぐったそうに身じろぎをした。しばらくするとまた穏やかな寝息を立て始める。

 それに、良かった、と思う。

 ロドスに来た当初、イフリータは全身で毛を逆立てる手負いの獣のようだった。全方位に警戒し、サイレンス以外の人間を信じない。彼女は幼く純粋で傲慢な子どもだった。無鉄砲で反抗的、さらに単純で先のことを考えて行動できない。その性格を支えるのは彼女のアーツ能力の高さであり、強大であり、そして彼女の感情の揺らぎでたやすく制御が緩むそれは脅威として捉えられることが多かった。そのためにロドスがそれほど悪いところではないと理解できてからも、大なり小なりの衝突を繰り返した。

 けれど今は違う。イフリータは己の焔を制御しようと努力するようになり、今まではサイレンスにしか示さなかった誠実さを他の者にも向けるようになった。

 彼女は変わった。兵器、あるいは怪物と呼ばれかねない存在から、ただひとりの人間へと。

 彼女を変えた最たる理由は、ドクターだ。ドクターはイフリータに様々なことを教えた。文字の読み方、あいさつの重要性、勉強の難しさ、──そして期待されることの喜びを。

 今まで彼女の周りには彼女の納得のない押し付けや無責任な称賛を与える者がいても、真正面から向き合ってくれる大人はいなかった。

 己が傷つきたくないがゆえの尊大な態度。子どものような聞き分けのなさ。真実、イフリータは〝子ども〟だった。けれど多くの子どもとは違って脆くか弱い存在ではなかった。彼女が心を乱せば制御の甘いアーツが牙をむく。ただの子どもを叱るようにしようとも、待ち受けるのは子どもの癇癪ではなく、死さえ幻視する灼熱の炎だ。

 怯え遠巻きにする大人たちは責められまい。いくら歯がゆくとも。

 けれどドクターは違った。このひとだけは違ったのだ。正面から向き合って、化け物と呼ばれたイフリータ(少女)をただの子どもにしてみせた。

 妬心がないといえば嘘になるけれど、それはきっとサイレンスでは近すぎてできなかったことだ。

 ぎゅう、とドクターの上着を握りしめて眠る子どもに微笑む。そして膝をついて彼女を抱き上げようとして固まった。ベッドまで運んでやりたいが、自分にできる気がしなかった。なにしろ身長だけを取っても、サイレンスよりもイフリータの方が高いのだ。

「私がやろうか?」

 いつの間にかドクターが隣にいた。サイレンスはすぐに答えられなかった。

 正直な話、身長云々の前にこのひとにこういった肉体労働ができるとは思えない。もしかしたら自分以上に不向きなのでは? と思ってしまう程度にはドクターは運動能力がなかった。

 結局、ドクターが背負ってサイレンスが後ろで支えることになった。ふらふらとどこか危なっかしく歩くドクターの背をサイレンスはひやひやとしながら見守りながらついていく。

 目的地である部屋についた頃には、逆になんだか愉快になっていた。えっちらおっちらと眠る子どもを運ぶロドスのトップ陣のひとりと医療チームのそれなりの地位の者。

 イフリータをベッドに寝かせると、しっかりと肩まで毛布を掛けて寝室を出る。息を上げて膝に手を置くドクターに、サイレンスは愉快さをそのままに笑って言った。

「少し飲まない?」

 随分前にもらったままなんだかんだと機会がなくて出せずに埃を被っていたお高いワインがある。あそこから逃げる前に自暴自棄に飲んで翌日に世を呪いたくなるほどの二日酔いになってから付き合いならばともかく、自分で進んで飲まなくなった。ロドスに来てからの日々が目まぐるしかったのもある。

 けれど。

 きっと、今こそ開けるときだろう。

 

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