【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
「もう無理だ……」
「まあまあ、そう言うな。実はまだいけるだろう?」
「いや、ちょっ、まっ、ああああ」
空にしたばかりのグラスにとくとくと酒が注がれていく。ドクターは悲鳴を上げるが、ホシグマは聞こえんと言わんばかりの平常の顔だ。それを恨みがましく見るが、彼女は「そら、ドクターの番だぞ」と盤面を指し示した。
持ち運びがしやすい薄い板の上に、独特の形をした駒が乗っている。東方の遊戯である将棋だ。ドクターはこれをホシグマから教わった。
パチリ、と駒を進めてグラスの酒を傾ける。強い酒精が喉を伝って落ちていった。言うほど思考は鈍っていないが、それでも常時よりもスピードが遅くなっている。火照る熱を逃がそうとパタパタと来ているシャツの襟元を前後させた。
盤上を睨みながらうんうんと唸るホシグマを見やる。胡座をかいて、顎に手をやって眉間には皺が寄っている。素のままの、あるいはそれに近い姿だった。それに感慨深くなる。
彼女がはじめてロドスを拠点のひとつとした時、とんだ堅物が来たなと思った。龍門の騒動で彼女がそれだけではないことは知っていたが、それにしてもドクターに対する彼女の態度は硬かった。
──職務中ですので。
息抜きに、と軽い気持ちで雑談に誘ってすげなく断られた。歩み寄ったつもりが、明確な線で区切られた心地がした。しかしドクターはめげなかった。めげずに何度か繰り返し、そしてため息交じりに「職務時間外にまた誘ってください」と言われた。言われたとおりにそうすると、彼女はガラリと態度を変えて「それでは、酒を呑もう」とドクターと肩を組んだのだ。あれは流石にぎょっとした。
堅物で忠実な仕事中、そして姐御肌で豪放磊落な仕事外。オンとオフの切り替えが極端だ。もう少し融通を効かせてもいいのに、と思うがそこが彼女のこだわりなのだろう。その点で言えば堅物ではあるが、感じていた隔たりは脆く幻のように消えていた。
パチリ、と音がして過去に漂っていた思考を引き戻す。置かれた駒を見てドクターは小さく笑みを浮かべた。無言で自分の駒を進める。それを二度ほど繰り返すと、ホシグマの顔色が悪くなった。
「ま、待った!」
「待ったはなしだ」
無情にまた駒を進める。もはやホシグマに勝ち筋はなかった。醜く逃げ回ってもいいが、活路はない。ホシグマは今までにないほど低く唸った。ため息を吐いて、一手。ドクターが無言で駒を進めると、ホシグマも分かりきった道筋を進むようにして機械的に駒を動かす。そしてしばらくして。
「参りました」
ホシグマは頭を下げた。頭を掻いて笑う。
「あー……、ドクター随分と強くなったな」
「まあな、こう何度も巻き上げられてればな」
そもそもこの将棋はホシグマが酒の席で賭け事のために始めたものだった(ちなみに今回は『次の飲み会に北方の火酒を買ってくる』というものだった。もちろん、それなりの値段のものだ)。チェスはともかくとして東方の盤上遊戯に疎かったドクターは当然のようにホシグマに負けた。ルールブックを見ながら指しているのだから当たり前である。
が、今日、やっと一矢報いられた。ふふん、と胸を張ったドクターにホシグマは酒で潤んだ目を向けた。「ふむ」と頷く。そうしておもむろに机の上に腕を乗せた。にやり、といいことを思いついたとでもいうように片頬を釣り上げる。
「もうひと勝負いこう」
腕相撲の誘いだった。
「それはずるいだろう!」
「……将棋もズルだろう。そもそもドクターにこういう類のもので挑むのが間違いだった。なら二番勝負でこれをするのが公平だと思うが?」
片眉を上げて、当然のようにのたまわれた。将棋で挑んできたのは彼女の方であるというのに。ホシグマの中ではその理論は間違っていないらしい。
ガキ大将のような超理論にドクターは絶句する。酒が回った脳がふわふわとする。そこで思い出した。彼女はそこそこ酒癖が悪いことを。酒を呑んだ彼女は普段ならばしないような言動をする。
得意の口が動くよりも先に無言で腕を出すことを要求されて、抵抗したものの意味をなさなかった。ぐいぐい、どん、とほとんど無理矢理に腕を机の上にセットさせる。
常日頃から重い盾を扱う鍛え込まれた腕の前に、デスクワークを主とする筋肉の存在を忘れてきたような腕が置かれる。酒のせいか高い温度の手が合わさる。
結果は……、言うまでもないだろう。
次の日、部屋に帰らずに眠りこけている両名が見つかり、ふたりして肩を小さくして叱られる姿があったとか。