【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
外に出た途端、冷えた空気が頬を撫でた。陽はもうすでに沈み夜の帳が落ちている。それでも建物には明かりが灯り、まだまだ寝静まる時間ではないことを伝えている。十分ほど歩くと、目的地についた。その頃には体は十分に温かくなっていた。
「ドクター! ごめん、遅れた!」
駆け寄った先に見慣れた人物が立っていた。日頃の慰労のために食事に行く約束をしていたのだ。声に反応して顔をあげたドクターの鼻頭は赤かった。寒そうに肩をすぼめてぎこちなく手を上げて答える。
「ずっと外にいたの?」
「ああ」
ふう、と吐いた息が白い。ドクターはコートの襟を立てながら、ぶつぶつと言い訳をした。
「朝の時点の予報では、夜は温かいはずだったんだ」
今日はずっと外にいたから、と続く。朝から一度も戻らなかったために防寒具を調達できなかったのだとか。ブレイズは呆れまじりに笑って、自分のコートを脱ごうとした。今、自分は暑いほどなのだ。これを渡しても十分に耐えられる。
が、ドクターはさすがに悪いと固辞した。それにブレイズは眉を上げる。
ドクターはロドスの優秀な頭脳だ。そんな相手に風邪を引かせるわけにはいかない。だがこのひとのことだから、ブレイズからコートを奪うことは頑として許さないだろう。コートの持ち主が許していたとしても。
「仕方ないなぁ」
マフラーを外し、ドクターの首にくるくると巻き付ける。ブレイズの手を止めようとしてくるドクターの手は当然のごとく無視した。肉体労働の頂点とも言える前衛エリートオペレータのブレイズの行動を、運動能力の代わりに思考能力に全振りしたドクターには止めるすべはない。
不本意そうに顔をしかめるくせに、まだ寒そうに震えるドクターにブレイズは小さく苦笑した。やっぱりコート着る? と脱ごうとすると、慌てて手を伸ばしてくる。ブレイズが大丈夫だと言っているのに、まったく困ったひとだ。
「わがままー」
そう言いつつ、ブレイズはドクターの手を取った。ぎゅっと握って自身のコートのポケットに収める。手袋があれば良かったのだが、運が悪いことに今日は持っていなかった。
ドクターの手は冷たかった。暖かなブレイズのそれと比べると、まるで氷のようだ。
文句を言われる前に歩き出す。少し気恥ずかしくて頬が熱を持つが、相手は慌てるばかりでそれに気づく余裕はないようだった。
互いの熱が同じくらいになると、ドクターもため息を吐いて観念した。とりとめもない雑談を始める。時折笑い声を上げながら進む途中で、息継ぎのように会話が途切れた。さて次はなにを話そう、と考える途中でドクターが口を開く。どこか口調が硬かった。自然にブレイズの眉も寄る。
「前回の任務での話だが」
「え、今ここでその話をするの?」
これからやるのは慰労会だと分かっているだろうに。ブレイズの非難を、しかしドクターは無視した。
前回の──とは、ブレイズも参加した大規模な任務のことだ。ロドスの今後の趨勢に関係のある、重要な任務だった。結果としては成功したが、無傷で、というわけではなかった。それはブレイズも関係することで、そしてドクターも含めてすでに数人に絞られたことでもあった。
ブレイズは感染者のために戦っている。そしてエリートオペレーターである。自分以外のエリートオペレータがどうかは知らないが、ブレイズは『エリートオペレーター』とは『最も率先して動く人間』だと思っている。仲間のために戦い、仲間を守る存在だ。それは時に自身を損なうことになったとしても、『エリートオペレーター』という信頼の証を与えられているのだから、それは必要な代償だった。
そして前回の任務で、ブレイズは大きな損傷を受けた。その中のいくつかは敵によるものだったけれど、それ以上に自身のアーツ攻撃のために自分自身で与えたものがその大半だった。
ブレイズは自身の血を使うことでアーツの性能を高める。戦況が苛烈を極めれば、流す血の量も多くなる。時に失血死寸前となり、人工的に心臓を動かさねばならないほどに。
そして前回の任務で、ブレイズは作戦終了と共に倒れ、緊急搬送された。
「君に無茶をするな、と言うのが意味がないのは分かっている」
そうだ、自分は必要な無茶しかしない。顔を合わせた当初は何度か意見がぶつかったが、今のドクターはブレイズのその性質を理解している。
「だが、心配した」
「っ!」
そのシンプルな言葉は、ブレイズの胸を震わせる。
ああ、失敗したな、と思った。手なんて繋がなければ良かった。こちらの気持ちが筒抜けになる。
ドクターの強い視線はあの日からずっとこれが言うタイミングを探していたのだと察せられた。どうして今このタイミングなのだと思うけれど、きっとこの人のことだからわざとだろう。ブレイズが気を緩めたタイミング。そして手が触れ合って、相手の感情が分かりやすいときた。まったく、人の親切をこんなふうに利用するなんてひどい人だ。
あの日、ブレイズが倒れたとき、真っ先に駆けつけたのはドクターだった。そしてブレイズの手を握って、叫んでいたのを覚えている。
あの時の手は、先程のそれと真逆だった。ブレイズの手は蒼白で冷たく、そしてドクターの手は燃えるように熱かった。薄れゆく意識の中で、繋がれた手だけが熱くて随分と安堵した。
ブレイズは信念のために戦っている。戦いの先に得たいものがある。そのために、自身の命を薪としてくべている。痛みがないわけではない、苦しくないわけでもない。けれどそれが必要だと分かっている。己のすべてを賭けても、その果てに掴もうとしているものに後悔はないと信じている。
しかし、もしかしたら。何も知らない他者から見ればその行いは愚かに見えるのかもしれない。しかし誰にどう見られていようとも、ブレイズは折れないだろう。
ドクターもその考えを理解していた。決して否定することなく、けれどこのひとにしては珍しいくらい飾らない言葉で思いやってくる。
ブレイズたちは手を繋いでいる。なにかを思えば僅かな筋肉の動きとして、感じることができる。ブレイズの考えはドクターに読まれている。けれどそれはドクターもまた同じく。
握った手は熱かった。それはブレイズひとりのものではなかった。
戦うことに痛みがないわけではない、苦しくないわけでもない。折れないだけで、傷つかないわけではない。信念の前には塵に等しいが、摩耗するものはあるのだ。
「これからも君に頼ることはあるだろうが、最善の道を探る」
君がこれほど追い詰められないように精進する。二度目はない。次回、指揮する時は覚えておけ。
ブレイズが目が覚めてすぐに言われた言葉だ。謝意と恨み言が混じったような言葉。真摯な目がブレイズを見る。一見静謐さを感じる目の奥に熱い焔がある。それは、ブレイズも同じく持つものだった。喉を鳴らす。吐いた息が熱かった。
「期待してる。上手く、使ってね」
目尻を下げて、自分らしく茶化すように笑う。心臓が血液を送る。全身に熱い血潮が巡るのを感じた。今なら本当にコートがなくても問題ないと思った。ドクターに渡そうとしても断られるだろうけれど。
なんだか体がむずむずとした。頬が熱い。繋いだままの手を引いて、衝動に任せて走り出す。慌てたように、そして不器用に走るドクターを振り返って、ブレイズはこみ上げてきた笑いに喉を震わせた。
ブレイズはこれからも感染者のために戦う。戦わなければならない。戦いたい。その道の先で自分がどうなるとしても。ドクターはきっと、ブレイズを遠くまで連れて行ってくれるだろう。