【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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小休憩/モスティマ

 こつこつとブーツの底を鳴らして廊下を進む。窓の外は暗い。まだ朝日も登らないような時間なのだ。それでも夜勤の者は起きているようで、時折すれ違って軽く頭を下げる職員に薄く笑みを浮かべてひらひらと手を振った。

 目的の部屋をノックすると、間を置かずに声が返ってきた。慣れた様子で中に入る。

「こんにちは、ドクター」

 挨拶をしながら気付かれないようにさっとそのひとの全身に目を走らせる。

 怪我はない。痩せてはいるが、それは元々。顔色も心配していたほどではない。どことなくくたびれた様子だが、最近いくつかの案件が立て続けに立ち上がって急いで終わらせたらしいからそのせいだろう。その疲れは残っているだろうが、今はもう落ち着いているはず。

 いちおう今後の予定を聞いてみる。数時間前に仮眠を取って、あといくつか仕事を片付ければ休憩に入るつもりだ、と言われた。それにモスティマはならばと、にっと口の端を上げると、手に持った紙袋を揺らした。

「報告だけど、お土産と一緒にどうだい」

 

 配達中にあった面白いことを話す穏やかな時間に、モスティマは感慨深く目を瞬いた。この時間だけは自分が確かに生きて息をしていることを感じられる。

 モスティマは己にこんなふうに〝友人〟と笑い合う日が来るとは思っていなかった。このひとに出会うまでは〝友人〟とは、ただの記号だった。家族や恋人と同じような。他人と呼ぶにははばかられる関係性にラベルを貼る行為。多くの人間はそのラベルを眺めて安心や幸福、時に絶望を得たりする。

 そういう情緒は理解していた。理解しつつも、それらはモスティマの中には存在しなかったが。

 モスティマはそれらに意味はないとは言わないが、必要だとも思っていなかった。ただべつに頑なになる理由があったわけではなかったので、相手が呼びたいだろう名前(ラベル)で呼ばせていただけ。多くの者にとっての本来の意味を持つものにはならないだろうと考えていた。

 それらがなくても生きていける。そもそもにしてモスティマは他者との間に生じる感情に必要性を感じていなかった。

 喜び、怒り、悲しみ、楽しさ。

 人々は望む望まざるにかかわらず、それらを感じる心を持っている。けれどモスティマは違う。常に心臓は一定のリズムを刻み、たまに跳ねてもすぐに落ち着く。

 感情が嫌いなのではない。ただ必要がないだけ。

 そんなものがなくともモスティマは生きているし、生き続ける。龍門の町中、ウルサスの郊外、ヴィクトリアの遺跡……。それらを見て美しいと感じる心は持っている。ただ、人と関わって感じる気持ちだけが遠くにある。

 モスティマはモスティマだけで完結し、完成されていた。

 しかしどうしたことだろう。モスティマの話に愉快そうに相槌を打つドクターを見ながら、心の中で苦笑した。

 たぶん、ほだされたのだろう、と思う。広義では部下であるモスティマと少しでも親しくなろうと、せっせと話しかけてくるドクターに行った言葉──「友情も、家族愛も、恋も、嫌いじゃないけど不要なもの」とは本心だった。いや、本心のつもりだった。だからモスティマは、ゆるく拒絶したのにかかわらず諦めずに話かけてくるドクターに「試してみるといいよ」と言った。このやりとりが続いたとて、なにかが変わるとは思えなかった。

 別に不快ではなかったから。天までそびえる壁を越えようと奮闘する蟻に「意味がないよ」と教えてやりながら、それでも壁の向こうになにかがあるのだと信じて果敢に挑戦するのを否定するのも悪いかな、という親切心だった。壁の向こうにはなにもないのに。

 けれど蟻は壁を超えてみせた。そしてモスティマすら存在しないと思っていた「壁の向こうの〝なにか〟」を発見した。

「相変わらず、モスティマは話すのが上手だな。情景が目に浮かぶようだ」

「ふふ、君が喜んでくれるなら良かった」

 モスティマの顔に確かに温度のある笑みが浮かぶ。それは常日頃から貼り付けている無表情(笑み)ではなく、〝友人〟に向けるそれだった。

 友人(ドクター)が喜べば、モスティマも嬉しい。ひたひたと胸の奥から湧き上がる暖かな気持ちに、ああ、自分にもこんな感情があったのだ、とどこか泣きたいような気持ちになった。

 

 ドクターの執務室を辞すると、外はちょうど明るくなってきていた。コツコツとブーツの底を鳴らしながら、モスティマは柔らかい笑みを浮かべた。

 モスティマとドクターは〝友人〟だ。時代は今、転換点に立っている。そしてドクターはテラという大海原でロドスアイランドという船に乗って、新たな時代を作ろうと果敢にも挑んでいる。モスティマはその船に時折お邪魔する小舟に乗っている。

 ドクターの乗る船は荒波の中を進むだろう。しかし転覆しないとは限らないし、モスティマの小舟もいつまでも共にいられるとは限らない。もしかしたらいつか袂を分かつ時が来るかもしれない。

 けれど、と思う。

 その先に別れがあるとしても、そうしてたどり着いた先で心臓が握りつぶされるような心地になるかもしれなくとも、モスティマは今を肯定する。ドクターはモスティマが無価値だと断じたものをすくい上げてまた手の上に載せてくれた。あたたかくもくすぐったく、幸せな気持ち。

 闇色の帳の底から光が生まれる。白く輝くそれが大地を照らさんと昇っていく。

 モスティマは昇る朝日に目を細めた。

 

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