【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
はあはあと荒く息をしながら肩を上下させる。玉のように浮き出た汗が皮膚を滑って地面に落ちた。不意に視界にペットボトルが入り込んだ。差し出されたそれを見て、ゆるゆると顔を上げる。数度瞬きをしてその人物の名前を呼んだ。
「ドクター」
ロスモンティスの指揮権を持つひとり。ロドスの頭脳。
頭の中で相手と過ごした場面がスライドのようにパラパラと再生される。場面場面が飛んだり、いくつか抜けがあるが、起きてすぐに確認した端末のメモで親しくしている相手だと知っている。ドクターはロスモンティスの記憶が不規則に消えることを知っているので、新たに説明する必要もない。普通の人間はこんなことはないというけれど、ロスモンティスはもう長いことこれが当たり前だった。慣れていると言えば慣れている。不安が消えることはないが。
受け取ったペットボトルを早々に開けて、中身を煽った。冷たくほんのりと甘い水が喉奥を駆け下りていく。ドクターはロスモンティスの隣に腰掛けた。その自然な仕草に、そしてそんなドクターをごく当然のこととして受け入れる自分に、欠けた記憶は考えていたよりも多いのかもしれないと思った。
ロスモンティスはしばしばこういった場面に遭遇する。体を内側から引っかかれるような不快感、焦燥感。そして少しの悲しみ。
それが分かっているのかいないのか、ドクターはこちらの緊張を和らげるような口調で微笑んだ。
「励んでいるな」
「だって、頑張らないと」
先日の任務から帰ってからずっと、暇さえあればロスモンティスは訓練をしている。より滑らかに、より効果的に、より効率よくアーツを扱えるようにするために。
ロドスに所属する者たちはロスモンティスの友達だ。そしてエリートオペレーターである己の部隊に所属する隊員たちは家族である。
以前、ケルシーにそう伝えたところ、そんなふうに考えては駄目だと言われた。家族と思ってはいけないと。言われてすぐは理解できなかったが、数度共に任務を行えば察することができた。〝家族〟たちはロスモンティスと比べて悲しいほどに儚い。ロスモンティスにはかすり傷のような攻撃でも、彼らにとっては致命傷だ。
いつだったか、ドクターにこぼしたことがある。ケルシーはああ言っていたけれど、本当に駄目なのか、と。ドクターは「私にも分からない」と首を振った。「誰にとっても正しい解答などないんだ。自分で決めるしかない」と。
答えになっていないその言葉に、ロスモンティスは困ってしまった。一見、優柔不断に見えるドクターの言葉だが、しかしロスモンティスはドクターが表面上だけを見てそう答えたのではなく、充分に考えて口にしてくれた言葉なのだと分かっている。きちんと端末にもその記録は残している。
ケルシーの言葉も、ドクターの言葉も考えた。ケルシーは隊員たちを〝家族〟と思ってはいけないと言ったけれど、ロスモンティスは彼らを大切に思う気持ちが消えるわけではなかった。うんうんと悩むロスモンティスに「君のそれは、ケルシーに言われて〝家族〟という名前を付けなくとも、同じ存在になってしまうんじゃないかな」と眉を下げて言ったのはドクターだった。その悲しげな目にもしかしてドクターは本心ではケルシーと同じことを言いたかったのかもしれない、と思った。
そして事実、ドクターの言ったとおりだった。ロスモンティスは彼らを〝家族〟と呼ばなくとも、同じ熱量の気持ちを彼らに抱いている。
ならばロスモンティスがやれることは限られている。彼らのために、彼らを守るために強くならなくてはいけない。頑張らなくてはいけない。
頑張らなくちゃ、とまた自分に言い聞かせるように言うと、隣に座ったドクターが息を吐いた。
「君はこれ以上なく〝頑張って〟いる」
「でも、もっと、もっと、強くならなくちゃ。家族がいなくなっちゃうもん」
ドクターを振り仰ぐ。乱れていた呼吸は少しづつ落ち着き始めていた。ドクターは困ったように口元に微笑を浮かべていた。
「君にこれ以上〝頑張って〟ほしくはない、というのが私の気持ちだが」
「っ!」
思わず眉間に皺が寄る。睨みつけるようにすると、ドクターは苦笑した。
「しかし、君の望みは足掻かねば手に入らないものだ」
足掻いてもなお、手のひらからこぼれ落ちてしまうほど、難しい願いだ。
ドクターは囁くようにそう言って、おもむろにロスモンティスに資料を手渡した。精神論だけで〝頑張って〟も大した意味がない、私の方で君のアーツの運用を分析してみた、と資料を指差して解説してくれる。
それらに目を通して、すっと目の前が開けたような心地がした。ひとりでずっと同じ場所をぐるぐるとしているような停滞から、きっと先に進めるだろうという確信のようなものを感じられる。
「ありがとう、ドクター!」
きらきらとした目を向けるロスモンティスに、ドクターは他の職員の手も借りたから彼らにも伝えてあげて、と言いながらどこか苦く悲しげに笑った。まるで傷を我慢しているかのような表情に、ロスモンティスの手は自然に上がる。今まで他の者達にされてきたように、ドクターの頭に手を載せた。
「どこか痛いの? よしよし」
「……ありがとう」
ロスモンティスは自分が嬉しく思う時のように頭を撫でたのに、どうしてか、ドクターの表情は変わらなかった。