【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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残業ではありません/アーススピリット

 終業のチャイムが鳴る。しかしドクターはそれにぴくりと反応しただけで、顔を上げることさえなく手元の書類にペンを走らせた。手を動かしながらも、頭の片隅で果たして今日中にこの仕事は終わるのだろうかと計算する。そしてただでさえ死にかけだった目を更に殺した。修羅場はまだ終わりそうにない。

 別に、このような業務が日常というわけではない。ただ色々なものが重なり合って、結果的に信じられないほどの超過勤務を強いられる時期がある。それが今だというだけだ。

 ドクター個人が対応しなくとも問題ないような書類は他に回すのだが、機密の関係だとか、専門的な知識が必要だとかで回ってきたものは如何ともし難い。特に後者は確かに他者がやるよりもドクターがやった方が早いのは確かだ。余裕があるのであれば将来を見込んで他の人間に任せるのだが、期日が迫ってきているとどうしてもドクターがやらざるをえない。

 結果、休憩など挟む暇なく机と向き合わなければならなくなる。

 さて、エナジードリンクはどれくらいの備蓄があっただろう、と考えていると、入室を求める声が聞こえた。それに答えて、紙をめくる。追加の仕事だったら嫌だな、と頭の片隅で思った。

 執務机の前に誰かが立ったのを感じて、そのまま報告してくれと頼む。が、相手はなぜかつかつかと近づいてきて、机の上に厚みのある書類の束を置いた。思わず顔を上げる。そこにいたのは残業嫌いのオペレーター──アーススピリットだった。

 彼女が定時を過ぎているのに此処に来るのは珍しい。そう考えてすぐに、もしかしたらこれが彼女の今日の最後の仕事なのかもしれないと思った。そういえば数時間前に此処に来て、なにか言って書類を回収していた。後で返すわ、と言っていたので多分それだろう。結構な量があったのですぐには無理だ。待ってもらうしかない。

 しかし彼女は定時を過ぎてからは働かないことを信条にしている。一秒でも過ぎれば眉間に皺を作って無言で訴えかけてくるのだ。今回の件で数日、彼女に白い目で見られる覚悟をしなければならないだろう。

 どんな説明をしても、彼女の不興を買うのは必至だろう。ドクターは胃のあたりに手をやった。

 が、そこまで考えて内心首を傾げる。

 残業を強いられているにしては、彼女の表情は柔らかい気がする。彼女のことなので、喜んで残業をやるなんてことはないはずだが。

 どうしてだろう、と疲労で回りの遅い思考を動かしている内に、アーススピリットが口を開いた。

「ここに貴方が処理するはずだった書類があるわ」

「……うん?」

 なんだか良く分からない言葉を聞いたような? ドクターの仕事? 彼女のものではなく?

「どういうことだ?」

「分からないかしら」

「………」

 わからない。正直に言って、まったく分からなかった。

 ペラペラと渡された書類をめくる。確かにドクターが対応するはずの仕事だった。だが彼女の専門も含み、彼女がやっても問題ないもの。ただ、それがドクターに回ってきたのがかなり遅く、今から依頼するにも確実に彼女は残業が必要になるだろうと、回すことはできないと考えていたものだ。

 それが後はドクターの捺印を待つ状態で、机の上にある。

 一向に答えを返さないドクターに、アーススピリットは呆れたような笑いを見せた。

「つまりこれをやるはずだった時間分だけ、休めるってこと」

「……ん?」

「私とお茶してもらうわよ」

 彼女はそう言うと、ドクターの返答を聞かずにテキパキと準備を始める。

「はい、これ、貴方の分」

 ぽかんとそれをしばらく眺めている内に、用意を終えたアーススピリットがカップを差し出してくる。

 ありがたく受け取りながら、どういうことなのかと訊いてみる。いくら考えても、答えは見つからなかった。

「──前に、私に残業を頼んだことがあったでしょう」

「………その節は、ありがとう」

「別に、文句を言いに来たわけじゃないわ。対価も貰ったしね」

 彼女が言っているのは、前回の修羅場の時の話だ。あの時はドクターだけではどうすることもできず、アーススピリットの手を借りた。しかし彼女の信条に離して残業をさせる対価として、鉱石を渡したのだった。地質学者として彼女が求めていたものだ。その御蔭で彼女の機嫌を損ねることなく──円満と言っていいのかどうかはわからないが──、なんとか仕事は間に合わせることができた。

「前回の報酬が仕事量に対して多かったから、今回のこれはそのはみ出た分を補填しただけ」

「なるほど、とても助かる。………だがこの茶会は?」

「ずっと仕事をしていても効率的じゃないでしょう。適度に休息を挟まないと、前のようにポンコツなるわよ」

 以前、彼女に残業を頼んだ時は今以上の修羅場で、特に対人面での知能指数が著しく下がっていたのだ。その時のことを言っているのだろう。

 だが、とドクターは首を傾げた。

「定時を過ぎているのに?」

 そう、今はもう定時を過ぎている。いつもの彼女ならばさっさと帰っているところだ。こんな風にドクターのケアする残業などしなくてもいいはずだ。

 アーススピリットはむっとした顔をする。

「……だって、これは仕事じゃないもの」

 ドクターが目を丸くして彼女を見ると、「なによ」と口元を曲げられた。彼女の頬は淡く色づいている。

「! そ、そうか……。いや、ありがとう」

「……ええ。ふふっ、私はこれを終えたら帰るけれど、適度にやるのよ」

 彼女はぱちりと瞬くと、柔らかく笑った。

 

 アーススピリットがドクターの執務室にいたのは、それほど長くはなかった。カップ一杯の茶を飲み終わる程度の時間。しかし、ドクターが気分を入れ替えるには充分な時間だった。

 訪れた時と同じように、彼女はあっさりと帰っていった。

 残されたドクターは椅子に座り直す。

「……さて」

 切り替えるように真面目な顔になると、机に向き直って書類に手を伸ばす。思考は先程よりもずっと明瞭だった。

 

 




【おまけ:残業依頼時のやり取り】

「あー……、その、うん……」
(定時直前、目の下が隈で真っ黒なドクターが、アーススピリットの前に立つ)
「ドクター、なにかしら?」
「……ここに君が欲しがっていた石がある」
(アーススピリットが取ろうとするが、ひょいっと避けられる)
「頭のいい君なら、私が言いたいことをもう分かっていると思うが……」
「はあっ、残業をしろってことね」
「すまない……、すまない……」
「いいわ、この石に免じてやってあげる」
「アリガトウ……、アリガトウ……」
「…………大丈夫? 今の貴方、壊れたロボットみたいよ」
「アア……」
「……本当に、大丈夫?」
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