【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
ぬるま湯に浸かっているような感覚。四肢の力が抜け、ただ漂う。自分が居眠りをしているという事実を認識しているが、重くまぶたが落ちて目を開けることはできなかった。夢と現の間を彷徨うような浮遊感に身を任せる。
不意に、頭を触られている感覚がした。敵意は感じない。そもそもそんなものを感じたら、近づける前に然るべきことをする。拒絶せずに許したのは、それが慣れ親しんだ気配だったからだ。
すぐに居なくなるかと思えば、そのまま髪をいじられる。もっと若い子たちの頭を撫でる光景は何度か見たが、フランカはそういった対象ではないと思っていた。別段それに不満を持ったことはない。認められることは嬉しいが、まるで親のように褒めてほしいとは思っていなかった。
頭を撫でられるという珍しい体験にしばらくされるがままになっていたが、一向に終わらないので不思議に思う。深くに沈んでいた意識が浅いところまで浮き上がった。もごもごと舌を動かすと、口を開ける。
「…………なに?」
とろりと眠気が溢れる声が出た。目の前にいる相手──フランカの髪をいじっていたドクターは驚いたように肩を揺らした。
「いや、ゴミが付いていたんだ。起こしてしまったみたいだな、すまない」
それにしては長く触っていたような気がする……と思いながらも、ドクターの手には確かに紙の切れ端のようなものがあった。
ゆっくりと瞬きをする。口元へ手を当てて、大きな欠伸をした。まだ体の芯に眠気は残るが、もう一度ここで眠る気にはならなかった。ここは訓練室の外の長椅子だ。どうせ寝るのならば、部屋に戻って広いベッドでしたい。
「……それで、あたしになにか用?」
わざわざこの場所に寄るような理由があったのだろうと当たりを付けて聞いてみると、これを、と書類を手渡された。
「リスカムに渡してくれないか?」
「べつに、いいけど」
どうやらフランカの相棒に用事があったらしい。彼女を探していて、フランカを見つけたということだろうか。わざわざ断る理由もなく快諾すると、代わりにとでもいうように菓子の袋を差し出される。ふわりと甘い香りが鼻を擽った。
「それ……」
「知っているのか?」
袋は原色を多く使ったポップなもので、小さな子どもが喜びそうな可愛らしさだ。ドクターに似合わないとは言わないが、正直あまり選びそうにないもの。つい数日前、リスカムが同じものを持っていたので印象に残っている。なんだろう、ロドス内で流行っているのだろうか。あいにくフランカは知らないので、局地的に誰かが配り歩いているのかもしれない。
あれには袋と同じく可愛らしい大きなリボンが付いていたはずだが、ドクターの差し出すそれにはない。外したのだろう。
「誰かから貰ったの?」
「ああ、そうだ。よければどうだ?」
「ん、ありがと」
開けられた袋から覗くクッキーをひとつ摘む。袋と同じく可愛らしいトッピングで飾り付けられたそれを、なんとも言えない顔をしながら口に放り込む。味は美味しかった。
簡単な世間話をした後、ばいばい、と手を振ってドクターと別れた。
リスカムを探して歩く。今の時間ならばフランカたちに与えられた執務室だろうか。
「リスカム~」
フランカの推察通り、目的の人物は執務室にいた。ドクターから託された書類を差し出すと、生真面目に「ありがとう」と受け取る。そしてフランカの顔をまじまじと見ると、口を開いた。
「あなた、この後はどうするの?」
「え? 部屋に帰って寝るつもりだけど……」
「そう……」
今日中に片付けねばならない仕事なら終わっている。この目の前の相手や、後輩ならば鍛錬に時間を使うかもしれないが、フランカはそこまで根を詰める気はない。適度な休息が必要だ。
フランカの回答に対して、優等生様から嫌味一つでも返ってくる思っていたのだが、なにもなく頷かれて肩透かしを食らう。だがわざわざ混ぜっ返して面倒になるのはゴメンなので、懸命にも突くことはしなかった。
それじゃあね、とひらひらと手を振って出ていこうとする。それを呼び止めるようにして名を呼ばれた。振り替えると、意味深な顔で微笑まれる。
「どうせならゆっくりと戻るといいと思う。……似合ってるよ」
「?」
なにが? 意味が分からず首を傾げるが、「それじゃあ、また明日」とぴしゃりと会話を終了されて、腑に落ちない顔でフランカは部屋を後にした。
自分の部屋まで帰る道すがら、歩きながら先程のリスカムの顔を思い出す。笑いを堪えるような顔だった。まるで悪戯を仕掛けた自分のような──。
そこまで考えて、ふと視線を感じた。顔を上げると、フランカの方に歩いてくる職員だ。微笑ましいとでもいうような、妙に生ぬるい笑みを浮かべている。なんなのだろう、と思っているうちにすれ違った。しかし一人では終わらなかった。すれ違う人間、人間がみな同じような顔でフランカを見るのだ。
なんとなく嫌な予感がした。それは悪戯者の勘のようなものだった。早足で部屋へ戻り、鏡を探す。彼らの視線を見るに、なにかされているとすれば首より上。そして鏡を見て、フランカは「はははっ」と笑ってしまった。
──髪に、大きなリボン。
リスカムが持っていた──そして、ドクターが持っていた、菓子の袋に付いていたそれだ。フランカには少しばかり可愛すぎる。頬に薄く赤が昇った。
頭の中で、パチパチとパズルのピースが嵌っていくように一連の出来事が意味を持って纏まっていく。
──リスカムが似合わない菓子袋を持っていたこと。
──ドクターが寝ているフランカの頭に触り、そしてその手にはリスカムと同じ菓子袋があったこと。
──別れ際のリスカムの意味深な言葉と笑み。
つまり、リスカムとドクターは共犯だ。良く良く考えてみると、たしかドクターは健康診断で引っかかったとかで菓子を制限されていたはずだ。自分が食べる菓子をいちいち申請しないと怒られる、とかなんとか愚痴っているのを聞いた気がする。ドクターはもしかしたらリスカムに買収されたのかもしれない。いや、十中八九、
「ふふふっ」
口端が釣り上がる。
つまりは
彼女はとんでもない堅物だから。ぐちぐちと文句だけ言って、上司に苦情を呈することはあれど、こういうやり返しはしないと思っていたのだが。ロドスに来てから変わったのだろうか。
フランカは丁寧に髪に結ばれていた大きなリボンを解いた。手のひらに乗せる。相棒の予想外の行動に、してやられた、と笑みを作った。
──だが。
ぎらり、と目が光る。
それはそれとして、やられたらやり返す。フランカはふんふんと鼻歌を歌いながら、次の悪戯について思考を巡らせた。