【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
常夜灯だけとなった仄暗い廊下をなるべく足音を殺して移動する。別に悪いことをしているわけではないけれど、夜になると息を潜めてしまうのはなんでだろう、とウタゲはぼんやりと思った。悪いモノに見つかりたくないのかな。……その場合、ウタゲはどちらの立場だろう。良いモノか、悪いモノか。
そんなことをつらつらと考えながらたどり着いたのは、スタッフのために開放されているミニキッチンだ。電気をつけて、中にはいって──。
「ぎゃっ!」
キッチンの隅にうずくまる黒い影を見つけて、思わず声が出た。
「もう、ドクター。ちゃんと電気つけてよー。驚いちゃったじゃない」
「いや、それは悪かったが、ナイフを突きつける必要はあったか?」
「だって怖いでしょ」
「……ウタゲは怖かったら攻撃するんだな」
「うん。え、当たり前じゃない?」
「それは……いや、なにも言うまい……」
なぜかがっくりと肩を落としているドクターの肩を慰めるように叩く。
しっかりと電気をつけた明るいキッチンでウタゲと隣り合っているのはドクターだ。キッチン下の収納をごそごそと探っていたのをウタゲに見つかって、討伐されかけたので少々煤けている。まあ、紛らわしいのがいけないとウタゲは思う。
「ドクターはなんでここに? コーヒーでも飲みに来たの?」
「いや、腹が空いて……。夕食を食べるのを忘れたんだ」
「あらら。お仕事お疲れさまー」
「そういうウタゲは? それ、寝間着だろう」
「うん、ドクターと同じ理由。あたしは夕ご飯も食べたけどね。夜更かししてたらお腹すいちゃって……」
新作コスメだったり、スイーツだったりの情報を追っていたらいつの間にか時計が頂点を越えていたのだ。美容のためにはさっさとベッドに横になるべきだが、腹が空腹を訴え、このままでは寝られそうにないとここへやってきたのだ。
「ドクター、なに作るの?」
「袋麺」
「あっ、いいね! あたしの分も作ってくれたり……?」
「別にいいが……。こんな時間に袋麺なんて食べて良いのか?」
「ほんとはダメ。でも口がそれになっちゃったんだもん。ドクターが責任とって!」
ドクターは笑うと「いいよ」と頷いてくれた。このキッチンはどういう理由なのか対面方式なので、料理をしている様子がよく見える。食材を出すところからいって、あまりドクターの手際は良くないようだった。冷蔵庫からキャベツを取り出して閉めて、すぐにニンジンを忘れていることに気づいて、取り出して閉めて、その後にまたもやしを取り出して閉める。
「……ドクターって、あんまり料理しない?」
「まあ、あまり」
「普段はどうしてるの? 食堂?」
「そうだな、あとは店」
へええ、とウタゲは声を漏らした。ドクターは結構グルメだ。オリジムシの干物とか、ゲテモノ系も食べるけれど、美味しいものは好きな方、という印象がある。なんとなく美味しいものが好きな人は料理もそこそこする印象があったが、どうやらドクターは違うらしい。
「自分で作った方が好みの味になるとかあるけど、そういうのはしないんだ」
「まあ。うまい飯は金を出せば食べられる」
「うわー、金持ちのセリフ!」
服にコスメに美容に、と日々金に羽が生えて飛んでいってしまうウタゲはとても口にできない台詞だ。
おしゃべりをしながらゆっくりと手を動かすドクターを方杖をついて見守る。と、包丁を握りしめたところでウタゲは驚愕に立ち上がった。
「うわー! ドクター! 手、手! 開いたままだと切っちゃうよ!」
「うん? 別に切らないが。今まで切ったこともないし」
「ダメダメダメ! こわい、こわいって! 『可能性のある事故』は、回数を重ねると『絶対に起こる事故』に変わるって、この間、自分でも言ってたじゃん!!」
あれえ? ドクターってけっこう細かい作業もできたよね。不器用とかじゃなかったと思うんだけど!
慌てて止めて、正しい包丁の握り方と食材の持ち方を説明してほっと息を吐いた。ウタゲでやってもよかったのだが、ドクターが自分でやりたそうだったので、ウタゲは再び対面に戻った。
「ドクターって意外とこういうの苦手なんだね」
「……ココアなら作れる」
「そうなんだあ」
料理とココアは同列に語っていいものなのか分からないが、ウタゲは頷いた。多少抜けていた方が親しみがあっていいと思う、というのは言わないでおいた。
食材を切ることの他は、まだまともな手さばきで対応して、今、ウタゲとドクターの前にはほかほかと湯気を立てるどんぶりがある。
さっそく箸を伸ばしてはふはふと口に入れる。
「うん、おいしい!」
にっこりと笑ってドクターに頷くと、ドクターは安心したように頷いて自分のものに箸を伸ばした。袋麺なんて誰が作ってもたいして味は変わらないと思うが、ドクターのあの手付きでもっと茹ですぎたり、逆に硬すぎたりするかと思っていたが、そんなこともなかった。
ほどよい塩加減の麺とさっぱりとした野菜を交互に口にする。食べて、噛んで、飲んで、食べて。腹にものが溜まってくると、口を動かす余裕が出てくる。
ドクターはふうふうと麺に息を吹きかけながら、ウタゲを見た。
「その寝間着、暑くないか?」
ドクターの額には汗が浮かんでいる。少し前まで火を扱っていて、今はあっついラーメンを食べているので当たり前といえば当たり前。しかし、対するウタゲはそこまででもない。
涼しい顔をしてウタゲは首を振った。ふふんと胸を張って。
「そんなにー。これどっちかっていうと、暖かさじゃなくて肌触りを楽しむ用だから。触ってみてよ」
「……たしかに、ふわふわして気持ちがいいな」
「ん、お気に入り。…………あ~……、ドクター、ずっと触ってると麺が伸びちゃうよ」
はじめはなんとも思っていなかったのだが、しだいに自分の服を触れる手に気恥ずかしさを覚えて、ウタゲはドクターのどんぶりを指さした。耳が熱くなっているのはバレていないと思いたい。
そのあと他愛のない話をしてどんぶりを空にしたウタゲたちは、食器を洗ってその場で別れた。
くうくうと泣いていた腹はもう満たされている。明日か、数日後か、真夜中のラーメンに後悔するのだろうなあとぼんやりと思うが、今はただ満足だった。
──ああ、しあわせ。
ウタゲはあくびをしながら、きっと今日はよく眠れるだろうと、そんなことを思った。