【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
インドラにとって〝腕っぷしが強いだけでは群れを率いることができない〟ことを教えたのが
ロドスに居を移した直後はいろいろと不便だった。以前はストリートでのびのびとやっていたのに、ロドスではルールがいくつもあった。多くの立場の人間や複数の種族が共に生活するのであれば必要なルールであると理解していた。狭い場所に押し込められるような感覚があった。だがそれも月日が経つにつれて慣れていった。
戦闘においても、ロドスにはいくつもの決まりがあった。はじめは無意味に感じたそれも、慣れてくればなるほど、このためなのかと得心がいくような事が多くあった。幾多の戦闘記録を分析して抽出した理論。集団における行動の最適化。インドラの拳はさらに磨かれ、ただ純粋な力とは違う部分でも──群れとしても強くなった。
そんなロドスの生活の中でひときわ目を引く存在があった。フードを被ったドクターと呼ばれる存在だ。
ドクターは貧弱だ。武力はほとんどないに等しい。そこらの子供にも負ける可能性さえある。
だがドクターは、ドクターの手足となって戦える存在さえ傍にいればがらりと姿を変える。それこそこちらが唖然とするほどに。
ある日、訓練室でのことだ。インドラがオペレーターの相手をしてやっている時だ。
ふらりとドクターが部屋に入ってきて、インドラたちの訓練をしばらく眺めた後、オペレーターに近づいて何事かを囁いた。その時のインドラはなにかやってらあ、と大して気にも止めなかった。
だが、再び向き合って訓練を再開して。なにをどうしたのか相手の動きが変わった。動体視力や筋力が急に上がったわけではない。ただ先程までの愚直に突き進むものではなく、なにかを意図したものに変わっている。警戒しなくてはならないせいで、こちらの動きが縮む。
先程よりもずっと長い攻防を経て、インドラが一瞬気を取られた隙に握っていた獲物をひとつ蹴り飛ばされた。インドラが体勢を崩した隙に、拳が迫り──。
「あっ」
しかし、当たるより前にインドラは驚異の体幹で跳ね上がり、相手の拳を避けて逆に自分のものを当てた。
気絶した相手が目を覚ます間に、自分をあわやということろまで追い詰めた原因──ドクターと言葉を交わした。
なにを言ったんだ、と訊いたインドラに、ドクターは軽く笑って答えた。スタミナと反射神経がいいみたいだから、それを活かしたらどうだと助言しただけだ、と。
ドクターは本人以上に人を使うのがうまかった。
特出して使いづらい人材も適切な場所に配置し、百二〇%の実力を出させる。凡庸な人間でさえ、使うべきところを見つけて〝その者でなければならない〟ような使い方をする。ナイフを研ぎ、その者に合わせた戦術を取る。
しかしドクターは決して大剣にリンゴを剥かせないし、ナイフに殲滅を命じない。
適材適所。ふさわしい者を、ふさわしい場所に。
しかしドクターは戦闘のプロフェッショナルというわけではない。
殴る時の拳の適切な握り方を知らないし、体をどう動かせば衝撃を散らせるかも知らない。だが奴は言った。それなのにどうしてそんなふうにできるのかと訊いたインドラに。
どう戦うかはオペレーター自身が知っている。私の役目はどう使うかを考えることだ。
なんでもないふうに、そう言った。
インドラは小細工が嫌いだ。戦闘は正々堂々と。心理戦、謀略は臆病者がすること。そういう心情を持っている。
だが、ドクターを見ていると、どうも以前ほど素直に頷けない。
もやもやとしたものを抱えたある日、そういう話の流れになった。俺はやるなら正々堂々とがいい、変な小細工は嫌いだ、と。ドクターは肯定も否定もしなかった。インドラはすこし興味があって、「お前は」と訊いてみた。インドラの考えをどう思うか、と。
肯定はされないだろうと分かっていた。だがどういうふうに反論してくるかと興味があった。
しかしドクターはインドラが考えていたのとは別の場所から殴ってきた。
「それは、強者の理論だろう」
一瞬、なにを言われたのか分からなかった。理解した途端、ざっと全身の血が泡立った。怒鳴りつけてやろうとして、しかしドクターはさっと手を挙げるとインドラの行動を制した。
「──と、ただ単に言葉を聞いただけなら思うが。まあ、そういうつもりではないだろう。むしろ……」
ちらりと向けられた視線に、インドラはぐっと奥歯を噛んだ。
そうだ、そのとおりだ。むしろインドラたちは奪われる側だった。強者などではない。奪われて、奪われて。しかし奪われてばかりではいないために、武器を手に取った。だが奴らはそれでも奪ってくる。まともにやりあえば、奴らが悪辣なことさえしなければ、奪われたりしないのに。そういう怒りを常に腹に飼っていた。
「その上で、」とドクターは続けた。
「謀略は臆病者がする──というのは、まあ、否定はしない。だが肯定するかといえばどうだろうな」
「どういうことだ?」
「力を持つものが必ずしも正しいとは限らない。そして抗おうと立ち上がる者が強いとは限らない」
「それは……」
インドラはしばし沈黙した。虚を突かれたと言ってもいい。
なるほど、たしかに。ライオン同士の戦いならばいい。だがネズミとゾウの戦いならば、いくら正々堂々と、を考えたとしても無理がある。
「……というのが、弱者である私の考えだ」
難しい顔で考え込むインドラに、ドクターはひょいと肩をすくめてみせた。「まあ、あくまでも一意見だ」そう続いた言葉に、インドラは待ったをかけた。
「それは……、ちょっと違うんじゃねぇか」
「違う?」
もやもやとしたものがインドラの胸うちに広がる。それをどうにか形にしようとして、インドラは輪郭を探るようにして口を開いた。
「……お前は本当に〝弱者〟なのか?」
口にした途端、強烈に違和感を覚えた。
──いや、こいつはそんなものではない。〝弱者〟、なんて。そんなものでは。
弾のない銃のようなものだ。傍に
その気になりさえすれば一撃で殴り殺すことができるような貧弱な体。その頭蓋の中にインドラには計り知れない頭脳が詰まっている。
なるほど、こういう生き物もいるのか、と妙な納得が腹に落ちた。
インドラは武力を、ドクターは知力を。違う種類の、しかし同じ〝力〟だ。
なるほど、だからか。とも思った。
──だから、俺はこいつの指揮に従ってやろうと思うのか。
謀略は嫌いだ。大切なものを掠め取っていくから。
だが、大切なものを守るために巡らせる策もあるのだ。そしてそれを編むのがこのフードの人間。
インドラはドクターの指揮する戦いは嫌いではない。時々、妙に面倒で回りくどいと思う時もあるが、最終的にたどり着く結果は「それが最善だった」ということになる。不可能だと思われた任務も、この人間が指揮を執れば実現可能なものへと変わる。この頭脳が腕力であったら、拳で大地が割れるだろう。それなのに、この人間は。
ちらり、と「どこからどう見ても弱者だろう。万が一にも君に勝てないと思うが」とトンチンカンなことを言っている。
本気で言っているのだろうか。……おそらく本気なのだろう。
そりゃあ一対一ならばドクターはインドラに逆立ちしたって勝てないだろうが。しかしその手元に剣を振る存在でもいれば……。
途端、なんだか愉快な気分になった。ゲラゲラと笑ってドクターの肩を抱く。
〝戦闘というものは正々堂々と戦うもの〟。その信条を変えるつもりはない。ないが……。
結局のところ、どう使うかだ。たぶん、そういうことなのだろう、とそう思った。