【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
ぐっと伸びをして大きくため息をつく。脳の回転がずいぶんと鈍くなっている。朝からずっと考えることばかりだったからだろう。
こういう時、単純に糖分を取って休憩を入れるのもいいが、休憩の後にまた業務に戻ることを考えると億劫だった。
最低限、やらねばならない仕事の処理が終わっているのを確認して、ふらりと執務室を出た。
こちらの姿を認めると小さく目礼する職員たちに同じものを返して廊下を進んでいく。たどり着いたのは食堂のキッチンだ。
「あれ、ドクター。また来たの?」
「ああ」
「いつもの?」
「ああ、頼む」
脳をずっと動かし続けると、ふと単純作業がしたくなる。ドクターはそういう時はキッチンへ行くことにしていた。書類をひたすら折りたたむような単純作業も悪くはないが、書類仕事という枠組みの中から抜け出せず、リフレッシュには些か問題がある。
その点、キッチンの仕事は〝仕事〟であることは変わりないが、無機質な部屋でのそれよりは物珍しさがあった。
ある時は芋の皮むき、ある時はさやえんどうの筋取り。キッチンには猫の手でも無害な単純作業がいくつもある。
「はい。今日はこれをお願い」
そう言って案内された場所にあったのは、青々とした梅の入ったドでかいボウルだった。
「……梅干しでも作るのか?」
極東のものだというあのすっぱい味を思い出して、無意識にきゅっと口をすぼめた。嫌いではないが、そう大量に食べるものでもない。食堂に出るにしても好みが分かれるのではないか。
スタッフはそんなドクターの思考を吹き飛ばすようにして笑った。
「あはは、違う違う! これは梅酒用!」
「キッチンスタッフで飲むんだってっ。砂糖漬け用の作ってくれるって言ってたよ!」
スタッフに続いて声を上げたのはカーディだった。すでに席に座ってちまちまと作業している。
どうしてここに? と聞くと、アルバイトらしい。彼女は悪気なくそこそこの頻度で備品を破損させていて、その度に給料から差っ引かれるのだが、金が足りなくなってアルバイトを始めたらしい。「おいしいごはんもお金ももらえていいバイトだよ!」とキラキラとした顔で言われた。
明るく、前向きなのは彼女の長所だ。
「ドクター、こっちこっち」
「隣に失礼」
カーディは隣に空いていた椅子をぺちぺちと叩いたので、そこに座ることにする。
すでに梅のボウルはひとつ処理されていて、残りは四つ。
「さすがに多くないか?」
「あははっ、楽しみだねっ!」
どれだけ飲むつもりなんだと呆れるドクターに、カーディは笑った。
梅のヘタ取りは一見すぐ終わりそうに見えて、意外と手間がかかる。洗ってアクを取って乾かした梅の軸についたままのヘタを竹串で取る。この時、梅を傷つけないように気をつけなければならない。
いくら望んでいるといっても、なにもなくひとりで続けるには飽きる作業だ。だが、カーディと共に手を動かす分には、そういったものはなかった。
「あのね、アドキナエルくんがね──」
彼女は明るく、おしゃべりも好きだ。自分の隊のことや、その他、おもしろいと思ったことを話す。うんうんと相槌を打つだけでも、延々と話し続けてくれる。
「それでね──、あのね──」
彼女はひどくまっすぐに物事を見る。裏表がほとんどないのだ。
日々、相手の行動の意味や言動の裏を読み続けているドクターにとって、それらを考えずともよいというのはとても楽なことだった。
別に婉曲なやり取りが嫌い、というわけではない。楽しいと思うこともある。しかし時折、そんなものを考えずに単純に話したいと思うことがあるだけだ。楽しくとも、疲れることはある。
カーディの話をキッチンスタッフも楽しんでいるようだった。時折、くすくすと忍び笑いが起こる。
しかし話に夢中でカーディの手がぴたりと止まってしまった。ドクターや周りのスタッフたちの手の動きも鈍くなる。
そこに、近づいてきたスタッフが気づいて呆れた顔をする。
「おしゃべりもいいですけど、手も動かしてくださいね」
ごめんなさーい、と皆で謝って手の動きが再開された。
カーディも黙った。が、数分もすると喋りたそうに口をムズムズさせる。「うー」と苦しそうに唸って、すぐに「あ、そうだ!」といそいそとポケットからなにかを取り出した。
ドクターの視線に気づくと、カーディはぱっと笑う。
「ドクター。口、あーんって、して」
そうして口の中に放り込まれたのはチョコレート味の飴だった。ただ、普通の飴よりもずいぶんと大きかった。
ありがとう、と例を言おうとしたが飴が邪魔で喋れない。ドクターが困惑する様子を見て、カーディはあははと笑った。
以前、任務が一緒になったオペレーターがカーディに、とくれたらしい。最近の任務で誰がカーディたちと一緒だったか、と思い出そうとして、次のカーディの言葉で思わず咳き込んでしまった。
「しゃべらなくても幸せでいられるよ、ってもらった」
それは……、言外に「うるさい」と言われてないか? 彼女はまったくは気づいていないようだが。
「この飴、ずうっとなくならないからお気に入りなんだ。なくなると隊のみんなが買ってきてくれたりするんだよっ」
隊のメンバーにも「だまってほしい」と思われることがある、ということだろうか。いや、はじめにカーディに飴を渡した人間がどうかは知らないが、少なくとも隊の彼らは嫌味でもなんでもなく、ただ単に彼女の気に入りの飴を補充してやっているだけかもしれないが。
そんなドクターの困惑に気づかず、カーディも飴を自分の口に放り込んだ。ぴたり、と口が閉じて、場に沈黙が落ちる。
しかし静寂はそう長く続かなかった。
カーディがふんふんと鼻歌を歌いだしたのだ。
別に私語が禁じられている仕事というわけでもなし、手を動かしてさえいればまったく問題ない。だが数分しか静かでなかったのがすこし笑える。
時々調子の外れるカーディの鼻歌をBGMにドクターたちはもくもくと手を動かした。
キッチンをカーディとふたりして出る。
梅のヘタ取り作業が終わったのだ。ぐっぐっと肩を押すドクターの横で、カーディはなんてことのない顔で立っている。ただ一点、彼女の頬には絆創膏が貼られていて、それが作業の前と後との違いだった。
ごく安全なはずの作業でどうしてそんな傷ができたいのか。
飴は驚くことに三十分以上も口の中から消えなかったが、カーディは鼻歌を歌っていただけではなくちょっとした騒動も起こしていた。喋らないからといって、なにも起こらないわけではないのだ。備品破壊の女王はここでもやってくれた。
まず、梅のヘタを勢い余ってドクターに当てた。ここまではいい。ちょっとした事故だ。
だが、謝ろうとして立ち上がった際に椅子に蹴躓き、ぶつかった棚に収められていた調理器具が雪崩を起こした。頬の傷はそのときのものだ。正直、それだけですんで良かった。
カーディは飴を噛み潰して「うわぁー、ごめんなさーいっ!」と泣き声を上げ、スタッフたちは苦笑いでそれを受け入れた。カーディが騒動を起こすのははじめてではなく、スタッフは「またかぁ」というような顔をしていた。
調理器具は洗い直すだけでよかったのは幸いだ。バイトをして赤字になることはなかった。
そうしてカーディは再び口に飴玉を詰め込まれ、梅のヘタ取りまで今度こそ淡々とこなし。そして今だ。
ちなみに飴はまだ口の中に残っているらしく、彼女は口をもごもごさせている。ドクターのそれはとっくに溶けている。
「それじゃあ、また」
カーディは口を開け、飴のことを思い出して閉じて、かわりにブンブンと手を振った。ドクターはそれに手を振り返して、執務室への道を歩き出した。
カーディはまあまあ騒動を起こす子ではあるが、良い子のであることは変わりなく。なのでキッチンスタッフも受け入れている。
──まあまあ、リフレッシュできたのではないか。
ふっと、小さく息を吐いて、薄く笑う。
いつものようにすべらかに動く脳を携えて、ドクターは仕事に戻った。