【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め 作:むとう
まっすぐ的を見る。神経を研ぎ澄ませる。相手がこれからどのような動きをするかを予測し、どこを撃てば効果的かを刹那の思考で判断する。相手の動き、自分の動作が薄く引き伸ばされた感覚がする。時間の動きがゆっくりだ。瞬きの間もなく狙う先を調整し、ジェシカは引き金を引いた。
撃つ、撃つ、撃つ。
弾倉が空になる。素早く入れ替える。構える。
撃つ、撃つ、撃つ。
ブザーが鳴って、ジェシカは詰めていた息を吐き出した。凝らしすぎて乾いた目を、意識してまばたきをして潤す。的中率を見るために、的を引き寄せるボタンを押す。発射音から耳を守るためのイヤーマフを外すと、パチパチと手を叩く音が聞こえた。振り向いてそこにいる人物を認めて、思わず声を上げた。
「ドクター!」
やあ、と気軽に手を挙げた相手は、ジェシカもよく知る任務での指揮者、ロドスのトップ陣のひとりだ。BSWから研修者としてロドスに配属されているジェシカの、実質ではないが上司に当たる。
ドクターが演習室へやってくることはそう珍しくはない。彼の人はジェシカを含めてオペレーターの様子をよく見ていた。
と、丁度的が戻ってきた。
それを見て、ジェシカはほっと息を吐いた。ほとんど狙い通りに穴が空いている。打った弾数に対して、穴の数が少ないのは同じ場所を撃てたからだろう。いくつかは中心からぶれているが、見当違いの場所に当たっているものはないし、まずまずの及第点。だがもっと精度を上げることができるはずだ。他の先輩方に恥じない力を身に着けなければ。
「……へえ」
自己分析を行っていたジェシカは、近くで聞こえたドクターの声にびくりと肩を震わせた。
息を詰める。膨らみかけていた自尊心は、穴の開けられた風船のようにみるみる内に縮んでいった。ドクターの目から見れば、きっとジェシカなんてまだまだだ。それなのに『まずまずの及第点』などと烏滸がましいことを思ってしまった。ジェシカはぎゅうぎゅうとこれ以上縮められないほどに肩を小さくした。
──しかし。
「よくやっているな」
「えっ!?」
「……なにを驚いているんだ?」
「えっ、その、わたしの聞き間違いじゃなければ、ほ、褒めてくださったんでしょうか……?」
「ああ、そのつもりだが……?」
「あっ、ありがとうございます……!!」
涙目になってペコペコと頭を下げるジェシカに、ドクターは苦笑した。彼女は過度に自分に自信がない。彼女がいたBSWに強者が溢れていたためか──実際、彼女の先輩としてBSWから派遣されているオペレーターは強者である──、気が弱い性格のせいか……。いや、そのどちらもかもしれない。そしてロドスはロドスで、実力者が揃っているので、ますます彼女の認知が歪んでしまう一因となっているやもしれない。
目を潤ませながら頬を染めて喜ぶ姿に、そういえばロドスにやって来た当初はだいぶ拙かったな、と思い出した。武器を抜くのもどこかオドオドした様子で、実際の戦闘の実績は悪くはないのだが、その態度で見くびられることもあった。
しかし二度の昇進で彼女は大きく変わった。態度や性格こそ変化はないが、射撃は正確に、そして素早くなった。特に二度目の昇進では、ドクターが眼を見張るほどに。そうまでして彼女を変えたのはなにか。
もちろん、努力もあるだろう。ジェシカはロドスの中でも上位に入るほど演習室の使用頻度が高い。しかしそれだけでは、きっとない。それをドクターが問うと、ジェシカはしばらく考え込んでから口を開いた。
「たぶん、〝覚悟〟ができたんだと思います」
「覚悟?」
「はい。わたし、ずっと自分に自信がなかったんですけど……、いえ、今だって自信があるかと言われると、そんなことはないんですが……」
ジェシカはまるで自分の中の答えを手繰り寄せるようにして、うろうろと視線をさまよわせた。自分の気持を表す適切な言葉を選び取りながら、拙いながらも口に出す。
「ドクターに認められて、それで、……いえ、すこし違いますね。……『認められた』のに、いつまで経ってもこのままじゃいけないと思ったんです……」
ジェシカはとつとつと自分の心情を語った。
ずっと自分に自信がなかった。周りは皆、すごい人ばかりで、自分が場違いのように思えた。それでも皆と同じ舞台に立ちたくて、練習をいっぱいした。皆に追いつくためには、優秀にならねばならなくて。すべてを──敵の把握、照準を合わせること、撃った後に次を行える体制になっていること、を──同時にやろうとして、先輩に動きがちぐはぐだと怒られもした。
ジェシカは自分を器用ではない、どちらかというと不器用の類だと思っている。輝ける才能を持った人のように、一足飛びに成長はできない。昨日できなかったことが、今日、急にできるようになることはない。こつこつと、時には後退したりもしながら、進んでいくしかない。
努力して、努力して、努力して。けれど、それでも自信は持てなかった。
「でも、先輩も……なによりドクターが認めてくれました。わたしが立派なオペレーターになれたって」
『立派なオペレーター』。それはジェシカが二度目の昇進を告げられたときに、口にした言葉だった。
──わたしも立派なオペレーターになれたということでしょうか?
それに、先輩もドクターも笑って頷いた。
「わたしはわたしをあんまり信じられません。けど、でも……、先輩も、なによりドクターがわたしを認めてくれているのであれば、自信がないなんて言うのは失礼だなと思ったんです」
なぜならそれはジェシカを認めてくれている人の判断を否定することになるからだ。先輩たちはジェシカよりも長い間任務を熟してきた先達で、そしてドクターは、現場の指揮を担当するリーダーだ。ジェシカたちはドクターの指揮に従って戦い、勝利を得てきた。その人の信頼を自分で否定するのは、とても失礼なことだと思った。
「だから……えっと、だから……ドクターに認められたわたしを認めよう、と思ったんです。そうしたら、なんだか肩肘をはっていた力が抜けたというか……射撃の精度が上がりました」
今でも自分に自信はない。けれどジェシカが尊敬する人が認めた自分ならば、自分を信じてやらねばと思った。
以前は、こんな自分が現場に出てもいいのかと心の奥で怯えていた。出撃を命じられれば、もちろんそのときジェシカができるできる限りを行っていたが、いつも思っていた「もっと優秀な人間に成れたらいいのに」、と。
けれどジェシカはジェシカでしかなく、今の自分との乖離で無意識の内に動作がちぐはぐになった。けれどその差を埋めるようにして努力を続け、ある時、ドクターに実力を認められた。それでやっと、前のめりの自分を自覚した。ジェシカは今のジェシカとして、任務に出る覚悟ができた。それで不要な力が抜けたのか、前よりもずっと明確に己の動作を自覚できるようになったし、敵の動作も見れるようになった。どこか常に浮足立っていたのが、やっと地に足を付けることができた。
「その、すみません。うまく説明できませんでしたが……」
「いや、聞けてよかったよ」
おどおどと視線を投げてくるジェシカに、ドクターは首を振った。銃を持ち任務に出れば、覇気ともいうべき凄みを出すようになったというのに、それ以外では相変わらず腰が低い。それが彼女の良いところでもあるのだが。
しかしせっかく興味深い話を聞けたのだ。以前にも言ったことだが、彼女には重ねて言っても言い過ぎということはないだろう。真面目な表情に切り替えて、彼女の上官として口を開いた。その空気の変化に気づいたのか、彼女も背を伸ばした。
「ジェシカ」
「は、はい!」
「君は、良くやっている。君を昇進させたことに後悔はない。立派なオペレーターだ」
「~~はいっ! 精一杯努めますので、これからもよろしくお願いいたします!」
ジェシカは目元を赤くして言った。ドクターが「うん、よろしく」と表情を柔らかくして笑いかけると、彼女は感極まったようにぽろりと涙を零した。しかしそれでも笑顔で、「がんばります!」と拳を握りしめる。
きっと彼女は、これからもっと頼もしくなる。そう信じられる力強い輝きが、その瞳にはあった。