【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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願いと祈り/ドーベルマン

 カチン、とガラスの器同士がぶつかる涼やかな音が響く。バーの片隅でドーベルマンとドクターは杯を合わせていた。

 名目は作戦成功の祝賀会。ドーベルマンが育てた新人たちがほとんど完璧な形で勝利したのだ。

 新人たちの動きは悪くなかった。初戦ということで様々なシミュレーションをしていたのだが、変に浮つきすぎることなく、かといって気負いすぎることもなく任務を遂行できていた。めったに笑わない鉄仮面と呼ばれるドーベルマンも思わず頬が緩んだ。

 はじめは苦労させられることも多かった。だがこうして自分の元から巣立つための一歩を立派に踏み出すのを見ると、報われた思いだ。彼らはこれからのロドスを支える柱に成長していくだろう。

「キミの指導の賜物だな」

 おだててやろうという意図もなく、ただ本心を口にしたのだという素直さでドクターはドーベルマンを褒めた。

 ドーベルマンは一瞬虚を突かれ、ついで意味を理解してふっと笑った。

「私は私の仕事をしただけだ。……だがそう言って褒められるのは、存外、いいものだな」

 自分らしくなく浮つくのを誤魔化すように酒に口をつける。酒精が喉を伝って胃に落ちる。ほのかに腹が暖かくなった。

 こういうふうに必要な時に必要な台詞を言えるから多くのオペレーターに慕われるのだろう。ドーベルマンは目の前の人間を見た。

 ドクター。チェルノボーグから救出されたロドスの指揮官。記憶を失ってはいるが、その神がかり的な指揮能力に衰えのない天才。

 そしてこの人間は権謀術数を用いることもあるが、相手が味方であれば案外素直に向き合うところがある。その素直さゆえに出た言葉は本心で、それを理解してオペレーターたちに慕われるのだ。

 事実、ドーベルマンも悪い気はしない。

 大人になると子どもの頃ほどは簡単に褒められなくなる。転んで泣かなかっただけで褒められる子どもと違って、大人になればそんなものは当たり前だ。幼い頃はできなかった多くのものができるようになる代わりに、〝できて当然〟という事実が称賛の機会を消していく。仕事の成果も、給料に反映されても言葉での称賛は見逃されがちだ。

 その上、こういう職業だ。良いものよりも悪いものの方が目に付きやすい。それが他人であっても、自分であっても。

 ドーベルマンは苦く笑ってドクターに流し目を向けた。

「ドクターも見事な采配だった」

 実際、見事なものだった。オペレーターたちの特性を理解し、確実性を意識した指揮をとっていた。

 戦場をよく知る者であれば、勝利がほとんど約束されていても、あるいは敗北の色が目前にあっても焦らず動くことができる。しかし新兵となれば、楽に勝ちすぎれば気が逸り、負けるかもと思えば恐怖が手足を鈍らせる。そうなれば勝てるはずのものも取りこぼす。

 しかしドクターはそれをわかって調整していた。士気を上げすぎず、下げすぎず。ただ堅実に目の前のものを処理するように指揮をとる。

 簡単にできることではない。だがドクターは普通の顔でやってのける。

 ──だが。

「しかし、敵の射線上に姿を現したのは減点どころではない」

 基本中の基本。新兵でも厳しく指導される。

 だがドクターはそれをやった。それがもっとも効率的だからというだけで。

 険しい顔をするドーベルマンにドクターはまいったというように両手を上げた。

「あそこでああしなければ、敵の動きに気づかなかっただろう。そうなれば、前衛が崩れていた」

「だがドクターならば持ち直させることができただろう。それなのにドクターが怪我をしたのでは……」

「かすり傷だ」

「それは運が良かっただけだと分かっているだろう」

 腕に軽く包帯を巻いているドクターを睨む。最悪の場合は腕を失っていた。

 それはドクターも理解しているのだろう。困ったように微笑んでいる。だが、この人間は理解していながら、それ(・・)をするのだ。こちらとしてはたまったものではない。

 となれば、ドーベルマンの取れる手段はそう多くない。

「もっと鍛錬のメニューを増やすか」

「うっ、手心をくれ」

 もっと体力をつけて体が動くようになれば、多少はマシになるだろう。そう思って言ってみれば相手は情けなく眉を下げた。ドクターはドーベルマンが呆れるほど体力がないのだ。

 ドーベルマンはすがるように見てくるドクターを鼻で笑った。どんなに懇願されようともドーベルマンがやることは変わらない。相手のぎりぎりを見極めてしごくのみだ。

 とはいえ、ドクターはその頭脳の優秀さと比べて肉体の方は悲しいほど戦闘の才能がないのだが。

 それでも、この人間には生き延びてもらわねばならぬ。この世界に夜明けが訪れるまで。

 ドクター自身、自分がこのロドスにおいてどれほどの価値があるか理解している。計り知れないほどの知略をもって、ドーベルマンでさえ諦めを覚えるほどの戦場を覆して駆け抜けてきた。オペレーターたちの損耗を最小限に、その時選べる最適解で突き進んでこれたと信じている。

 ドクターはロドスの頭脳で、生命線だった。ドクターが指揮をして失ったのであれば、仕方がなかったと思えるほどに。

 だが時々、この人間はそんな自分の価値を忘れたように行動することがある。今回の怪我もそれだ。

 その度にドーベルマンは思う。斃れていった仲間たちのことを。

 ドーベルマンはドクターを見た。その真面目な顔にドクターも居住まいを正す。

「ドクター、あなたはこれからもずっと〝このひとを助けてよかった〟と思わせ続けてほしい」

 チェルノボーグで失った仲間たち。ロドスはドクターを得たが、その代わりに失ったものも多い。それを、必要な犠牲だったと思わせてほしい。

「重いな」

「当たり前だ」

 重くて当然。人の命が、軽くてたまるか。

「……そうだな、当然だ」

 ドクターは薄く微笑む。覚悟の色が瞳に滲む。この人間はそれを背負って前に進むことができるとドーベルマンはそう信じている。

 どちらともなく杯を打ち合わせる。

「戦友に」

「戦友に」

 たとえこの先で指導した者たちを失ったとしても。自分が倒れたとしても。あなたを希望と呼ばせてほしい。希望を信じて目を閉じたい。

 ドーベルマンは祈るように杯を傾けた。

 

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