【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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物語の「先」/ダグザ

 青を背景に白の雲が細長く引き伸ばされて浮かんでいる。空はこんなにも穏やかなのに、地上には悲しみがあふれている。食料を求めてかつての無辜の民──今は暴徒となった者──がうろつき、道の端にはだれかにとって大切だっただろうかつての人だったものが無造作に転がされている。

 ──戦争が終結したら自分の望む生活をしろ。

 ダグザが忠誠を誓う(シージ)の言葉だ。

 戦争。そう、戦争だ。

 このヴィクトリアへの帰還はダグザがずっと望んでいたことだった。ここに足を踏み入れて──苦労はあれど、きっと──きっとうまくいくはずだと漠然と信じていた。

 だが現実は残酷だ。想像していたよりも、ずっと。

 国は完全な戦争状態に突入し、手を伸ばしても取りこぼすことの方が多く、人々の嘆きに歯がゆく肩を下ろすことが続く。己の望む場所へたどり着くまでの道筋さえ、おぼろげになってしまった。

 そんな時、彼の王がひたりとダグザを見つめて言ったのだ。それからずっと、考えている。

 ダグザは騎士だ。そしてシージが率いるストリートギャングの仲間でもある。

 どちらも同じ(シージ)を立てるものではあるが、性質は大きく異なる。戦争がどのように終わるにしても、仲良く肩を並べて、とはならないだろう。

 しかしそんな現実的な考えの前に、ダグザは「その後」を明確に思い浮かべることができないでいた。

 ──そもそも私はなにをしたかったのだっけ。

 ダグザはロンディニウムの塔楼騎士だ。かの国を占拠したサルカズと対峙して、ただひとり生き残った。そうして王位継承者を探し出し、今は彼の方のそばにいる。いつか共にロンディニウムを奴らから取り返すために。

 あの日、ただひとり生き残ってから、ダグザは常に責任に追われていた。他の斃れていった塔楼騎士を背負って、彼らに報いねばとがむしゃらに生きてきた。

 ダグザの目指すべきただひとつの目的地は「ロンディニウムの奪還」であり、あの日の塔楼騎士が願っていたことだった。

 生き残ったならば。ただひとり、生き残ったのならば。彼らを背負って立たねばならない。

 それは責務であり、人生をかけるべき使命だ。もはや願望などという弱く儚いものではなく、なにを置いても果たすべき命題だった。

 ロンディニウムの奪還こそがダグザの目標で、それは物語の終わりにも似ていた。奪還と共にダグザの物語には「fin.」と文字を打たれる。本という体裁として奪還後の民たちの祝いの描写が多少はあれども、それは一頁にも満たないだろう。物語が望むように閉じられるのでられば、究極的には終局の時点でダグザが生きている必要すらない。

 ダグザは途方に暮れた。そんな彼女の元に影が差す。

「ダグザ? ひとりか?」

「……ドクター」

 ひょい、と覗き込んできたのはこのロドスで「ドクター」と呼ばれる指揮官だ。「ドクター」という呼び名の通り、本来は鉱石病を研究する博士なのだというが、戦闘オペレーターとして関わりをもつダグザからすればこの人間は「指揮官」としての印象が強い。

「ドクターこそなんでここに?」

「……ちょっとした息抜きだ」

 この国に入ってからずっとドクターの隣にいたコータスの少女がいない。彼女は、と訊くと苦笑いをして「寝ている」と囁いた。

「護衛は?」

 ダグザの心配は当然だ。この人間は頭脳こそ天才的だが、肉体的には脆弱だ。こと戦闘オペレーターと比べると特に。この戦時下でこの人間が無防備に歩くのは、見る人が見れば分かる金銀財宝を詰めた財布を道の真ん中に放っておくのに等しい。

 目つきを鋭くするダグザに、ドクターは小さく息を吐いて目線をよそにやった。その視線の先──会話が聞こえない程度に離れた場所に見覚えのあるオペレーターがいた。ぎりぎり会話が聞こえないだろう場所だ。近づいてこないのは、ダグザを味方だと信頼してくれているからだろう。

 ダグザはドクターと他愛のない会話をした。そこには戦時中にするには、いささか場違いなものもあった。以前停泊地で買ったなんとかという菓子が美味しかっただとか、オペレーターの誰それの笑い話だとか。

 だがいつものような空気にはならなかった。どこか上滑りをして空々しい。

 ふっと言葉が途切れた。ダグザは衝動のままにずっと頭に回っていたことを問うた。それは水面に石を投げ込むのにも似ていた。

「……ドクターは、全部終わったらなにをするつもりなんだ?」

 シージに「戦争の後」の話をされたこと。しかし先のこと、と言われても漠然としてよく分からないこと。

 ドクターの目指すべき所は、ダグザのものよりもずっと遠いところにある。ダグザのそれはこのひとにとっては通過点であり、至る場所は遠く──鉱石病の克服……だろうか。この血に濡れた大地に光をもたらし、感染者たちの苦しみを、そして非感染者たちの嘆きをも掬い上げようとしている。

 それは輪郭さえ掴めないほど遥か遠く──そして、ただ聞くだけで平易な道などではなく、つらく苦しい道になるだろうと思われるものだ。しかし荒唐無稽と笑うにはドクターを含め、ロドスはその道へ進むための現実的な一歩をとっくのとうに踏み出しており──そしてダグザもまたその一員なのであった。

 はたして長い沈黙の後でドクターが口にしたのは、

「……わからない」

 という一言だった。

 きょとんとして見上げるダグザにドクターは苦笑する。

「そうだな、業務に今ほどは押しつぶされなくなるだろうから、本を読みたいと思う。あとは旨いものを食べて、見たことのないものを見て──いつかの約束をしたものも果たしていきたい」

 思ったよりもずっと些細なことで──この血を血で洗う戦争という現実の前では尊ぶべきありふれた日常のように思えた。きっとこの地で眠りに落ちる誰もが願うもので、しかし多くの者がそれを得られずに死んでいく。

 なにも言えないままのダグザに、ドクターは小さく首を傾げた。

「だが、それらはあくまでも願望で──必ず来ると信じているわけではない。『その時』、私は今のままドクターと呼ばれているかもしれないし旅人と呼ばれているかもしれない。不確定で、不明瞭な夢のようなものだ。ただ……ただ、そうだな……」

 ドクターはどこか遠くを見つめた。おそらくドクターにしか、見えないものを。

「こうあればいいと思う未来はある。鉱石病は過去のものとなり、人々は笑い、大地へ喜びが満ちていればいい。……夢のようだと思うか? そうだ、夢だ。ここは現実だ、物語のようにうまくは進まないだろう。──だが、そうなるようにと励むことはできる。……べつに夢は悪くない。その夢に耽溺して戻れなくなりさえしなければ」

「そういうものなのか?」

「そういうものさ」

 少なくとも、私には。

 ドクターの言葉のすべてを理解したわけではない。ただこのひとは「物語」のその後のことも考えているのだろうことは、なんとなく察せられた。

「ダグザにそういう夢はないのか?」

「夢……」

 そんな砂糖菓子のように甘いものは現実の前に砕けて散っていった。

 残ったのは塔楼騎士としての矜持と、散っていった仲間たちの想いだけだ。ときおり背負った責務に押しつぶされそうになる。しかし、その重りがあるからこそ、歩くことができるというのも事実だった。

 夢──そんな現実の前で吹けば飛んでしまうような儚いものを抱いていていいのだろうか。がむしゃらに、仲間たちの──そしてダグザ自身の望みのために脇見をせずにただひたすらに進まなければならないのではないのだろうか。

 しかし──心とは不自由なもので。ただまっすぐに、と思うのに、そうではなかったグラスゴーでの日々を思い出す。あそこにはおそらく、ダグザの悲願のためには不要なものもあった。だがそれらが今のダグザの胸を温めるのだ。そうであるのならば──砕けたかけらをかき集めてみても良いのかもしれないと、そんなことを思った。

 ダグザは暗闇の中で光に手を伸ばすように──あるいは、幼子が大人の手を求めるようにして言葉の輪郭を探った。

「そう、だな……。どのようになったとしても──仲間(彼女)たちの傍にいられたら、と思う……」

 声を出した途端、さっと視界が開けた。そうして自分はなぜそんなことを言われたのか、なんとなくわかった気がした。

 彼女は、ダグザの王は、ダグザに「その後」を考えろと言っているのだ。

 望む物語の終わりの為ならば、その半ばで果てたとて構わないダグザに、あるいは果てずとも「終わり」だけを見つめ続けるダグザに、「その先」を見ろと言っている。

 ダグザはなんだか泣きたくなった。けれど〝今〟にふさわしい表情はそんなものではないと──ニッと笑顔を浮かべた。その笑顔は騎士のそれではなく、ストリートで学んだそれだった。

「ドクター、ありがとう」

 この戦争は濃霧の中を手探りで進むようで、どこに崖があり、どこから刃が出てくるか分からない。人々はすでにどうしようもないほど傷つき、英雄譚のようにめでたしめでたしと清々しく終わることはないだろう。

 だが。

 夢を見よう。その夢に一歩だって近づけるように努力しよう。どうしようもない現実の前にここに「終わり」を定めるのではなく。

 夢の先を見てみたい。ダグザははじめて、そう強く思った。

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