【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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代替品のススメ/ワルファリン

 吸血欲は食欲に似ている。その中でも特に嗜好品に対するそれに。

 ドクターの背中を眺めながら、ワルファリンはそんなことを思った。

 ここはドクターの執務室──の隣の簡易キッチンだ。定期検診の報告のために訪れた。ドクターもちょうど休憩を取るというので相伴に預かることにしたのだ。

 ドクターは思ったよりもスムーズに手を動かしていた。ワルファリンが医療器具を扱うそれほどとは言えないが、じゅうぶんに慣れているのだろうと察することができる程度の淀みなさだった。

 腕まくりをした──平均的ではあるものの、ワルファリンがよく見る戦闘オペレーターの丸太のような、あるいはしなやかながらも重量のあるそれと比べると頼りない──細い腕をぼんやりと眺める。

 この薄い皮膚に爪を立ててやれば、あっと思う間もなく赤い血が滲み出るのだろう。牙がうずく。

 何度か採血をしたが、ドクターの血はその他のものよりもずっと強く惹きつけられる。喉が渇き、それ(・・)を飲めと本能が訴えかけるのだ。ワルファリンはその誘惑を今まで退けてきたが、ふとした時に誘惑に負けてみたくなる。

 ワルファリンはブラッドブルードだ。そしてブラッドブルードは吸血を好む。始まりはどこだったか。生まれてすぐにそれに目覚めたわけではなかったはずだ。だが、数百年も繰り返せば、それはもはや本能といってもよい。

 ブラッドブルードは恐れを持って人々にこう噂されている。彼らは闇夜に動き、他人の血液を主食として数えきれないほどの殺人を犯し、悪逆の限りを尽くす、と。

 ワルファリンもこれに異論はない。自分はともかくとして、他の同族はそのようなものだ。ただワルファリンが異端というだけで。

 ワルファリンもまた、吸血を好む。血に酔いしれた夜もあった。だが今は。

 理性で欲というものに首輪を付ける方法を知っている。吸血は本能とも呼べるものではあるが、睡眠欲などと違って満たされないために死ぬ、ということもない。だからまあ、吸血欲は嗜好品に対する食欲と似ていると思う。

 見ただけでつばが溢れ出るような嗜好品があったとして、人々はその味を一度知れば手を伸ばすだろう。そしてそれを手に入れるのが容易であれば、それこそ手軽に。

 強靭で狡猾なブラッドブルードにとって他の人間というのは、家畜とほとんど変わらない。多少の抵抗はあれども、己の食料であることに違いはないということだ。

 ワルファリンは悩まし気なため息を吐いた。

 その頭脳に宿る叡智を覗けば凡百極まりないドクターは、その気になればたやすく血が吸えるだろう。そうしないのは自ら望んで課している不自由と、同僚による釘刺しがあるからだ。そしてまた、彼の者の血を味わったとして己がどう変わるのか分からないためでもあった。

 そんなワルファリンの熱い視線に気づいたのか、ドクターは振り返るとびくりと震えた。さっと顔色を変えて、おそるおそる訊く。

「なんだ? 実は悪い場所があったのか?」

 定期検診の話だ。すでに特に問題はないむねを伝えた。

「……いや。まあたしかに、もっと体力をつけたほうがいいが。肩こりが酷いだろう。そなたは筋肉が足りていない。たしかに動いていないのも問題だが、それ以上に重い頭を支えるそなたが脆弱だから肩なんて凝るんだ」

「うっ、それは……」

「まあそれ以外は問題ない。報告したとおりだ」

 ドクターはほっと息を吐く。その後に、小さく首を傾げた。

「ならどうしてそんなに見てくるんだ」

「なに、そなたの血がな……」

「今は特に欲しいものはないぞ」

「分かっている。……無理矢理に取ってまた接近禁止命令を出されてもかなわないしな」

 その芳しい血の匂いにつられて、人よりも強靭だと自負している理性をぶん投げかけて、接近禁止を言い渡されたのは記憶に新しい。今はもう解除されたのでこうして実際に顔を合わせて話ができるが、それまでは他の者が診たデータを参照するしかなかった。

 まあ今でも検査以外の血の採取は禁止されているのだが。

 歯噛みしているワルファリンに悪魔のささやきを行ったのはドクター自身だ。欲しい情報やら知識やらを対価に自分の血を提供している。まあ、それも頻度はごくごく低いのだが。お陰で彼の者の血だけ特別に芳しい謎はまだ闇に包まれたままだが。

 牙と知的好奇心が同時に疼くが、まあどうしようもない。

「かわりにこれを」

 ふてくされるワルファリンの前にことん、と置かれたのは湯気の立つマグカップだ。立ち昇る湯気と共にふくよかな香りが鼻をくすぐる。ホットココアだ。上にマシュマロまで載っている。

 ワルファリンは甘いものが特段好きというわけではない。それにドクターも糖分の取りすぎを注意していたはずだが。……この程度ならば、まあいいか。

 まずは一口。こくり、喉を鳴らして、思わず声が漏れる。

「……うまいな」

 舌触りが抜群にいい。甘すぎず、ほんの少しだけ垂らされている蒸留酒がいいアクセントになっている。ワルファリンは無言で半分ほど飲み、はっと我に返った。

「……そなたは料理が得意だったか?」

 血の探求のために好奇心のままに集めた情報にはそんなものはなかった気がするのだが。ドクターは首を振った。

「別に得意じゃない。うまいのは、これだけだ」

「なにかいわれでもあるのか?」

「いいや。ひとに教えてもらってね」

 穏やかな顔で言われて、へえ、と頷く。

 せっかくなので作り方を聞いてみるが、とても自分でやるとは思えない。工程が複雑というより、そもそも自分でココアを入れようという気になれないだろうというのを思い出したのだ。

 そのまま素直にそう言うと、ドクターは小さく笑った。また機会があればいれる、と言う。ワルファリンは頭の中のメモにまたしばらくしたら用事を作ってここに来るように書き込んだ。

 そのまましばし談笑をして。残ったココアの最後の一滴を口に含む頃には、ずいぶんと満たされていた。

 ──ああ、飲みたいな。

 そう思う気持ちは嘘ではない。だがそれ(・・)をしなくとも自身を満たす方法を知っている。もちろんそれは代替で、真にそれ(・・)の穴を埋めたことにはならないけれど。

 それでも不自由なことで得られる自由というものがあるのだ。慰めるための代替品を探すのだって悪くはない。代替品はいずれもそれ(・・)で得られる充足とは、ほんの少しだけ違うものを与えてくる。それらが世界を広げるのだ。

 そのひとつに今日のココアを追加して、今日もワルファリンは異端のブラッドブルードの顔で笑った。

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