【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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かたたたき/シャマレ

 重く立ち込める鈍色の雲が今にも雫を垂らしそうだ。シャマレは歩き慣れた廊下を進みながら、ちらりと窓の外を見てそんなことを思った。今日の天気予報はなんだったっけ。雨ではなかったような気がするけれど、あまり外へ出たいような天気ではない。ならば裁縫でもやろうか。友人であるぬいぐるみのモルテの綿が少し出ているのだ。直してやりたい。

 そんなことを思いながら歩いていると、廊下の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。ロドスの指揮官、ドクターだ。

 ドクターはどこか疲れたような顔で億劫そうに歩いている。シャマレに気づくと口元に薄く笑みを刷いた。

「やあ、シャマレ」

「こんにちは、ドクター」

 ドクターが立ち止まったので、シャマレもぴたりと足を止めた。なにかようでもあるのだろうか。以前の任務の書類はすでに提出済みであるし、その他にも特に思い当たることはない。

 どこか深刻そうな表情のドクターにシャマレも自然と顔がこわばる。

「その、シャマレ……。……あー、私に悪霊がついてたりしないか? 肩が異様に重いんだ……」

「……しない。それ、たぶんただの肩こりだよ」

「そっか……そっかあ……」

 虚空に向かって乾いた笑みを浮かべるドクターはただただ可哀想だった。だから、シャマレの口は動いてしまった。

「…………肩たたき、しようか?」

 

 生まれ育った場所で、シャマレは遠巻きにされて育った。それに対して思うことはない。シャマレの感情はモルテが持っていってしまうから。ただそういうもの、という事実だけがシャマレの前にある。

 だからドクターが他の小さな子たちにきゃっきゃと囲まれながら肩を叩かれて笑っているのを見ても「へえ」としか思わなかった。ああいう子どもたちの顔をかつていた場所でも見たことがある。無防備なほどに大人に信頼を預けた子どもが「おてつだい」と称して結局大人がひとりでやった方が早いようなことに手を出して、頭を撫でられている様子。不思議なものを見た、と観察していればシャマレに気づいた彼らはさっと顔を強張らせるとそそくさといなくなってしまうのだけれど。

 それがどうというわけでもないけれど、シャマレはマルテを前に針をもつような心地で、真剣にドクターの肩と向き合った。

 結果。

「……硬い」

 岩のように硬い。思わず比較のために自分の肩に触って、ふに、と指が沈むのを確認して戦いた。本当にこれが人間の体なのだろうか。実は皮膚の下に鋼でも入れていたりしないだろうか。

「あー……歳をとるとね……いろいろね……」

 シャマレの言葉にドクターは遠い目をした。

 まだ子どもであるシャマレが揉もうとしてもうまく力が入らずに、結局手をぐっと握って重力にしたがって振り下ろす。力をほとんど入れていないのにドクターは「イタッ、イタタッ、も、もうちょっとやさしく……!」と悲しいことを言うので、シャマレは力に気をつけて拳を落としてやった。

 トン、トン、トン、トン……。

 拳が振り子のように上下する。ドクターは「う~……」とか「あー……」とかゾンビのように呻いている。

 会話はない。けれど特に気にならなかった。

 ドクターは不思議なひとだと思う。……そんなことを言ったらロドスの人たちはみんな不思議だけれど。疎まれて、避けられて、疫病神のように扱われていたシャマレを、ごく普通の子どもと同じように扱う。それに大げさに感謝したり、涙を流して喜ぶことはないけれど、ただ息をするのがずいぶんと楽になったな、と思う。

 いやな気持ちもかなしい気持ちも、ぜんぶモルテが食べてしまうから、シャマレはそういうことをほとんど感じない。けれどそれははじめから存在しなかったということにはならなくて、こびりついた残滓は相応にめんどうな気持ちになる。……それが今はずいぶんと少ない。ロドスの人たちがシャマレを嫌な目で見ることは少ないし、変に哀れんできたりもされない。

 そしてこのひとは特別そうだ。

 シャマレをなにもできない子どものように扱わないけれど、まっとうに〝子ども扱い〟はする。それが案外心地よかった。だからこのひとを見かけるたびに、シャマレはちゃんと確認する。

 ──悪霊はついていないか。ついてないとしてもかつていただろう痕跡が、悪い未来を運んでこないか。

 今のドクターに悪霊はいない。一番初めに出会ったときもそうだった。ただおびただしいほどの痕跡だけがあって。ぞっとしたものだった。

 悪霊はついていないくせに痕跡だけがある理由がこのひとが記憶を失っていためだと知って、納得したと同時に気になった。記憶が戻ったらどうなるのだろう。悪霊もまた戻ってくるのか。記憶が戻らなくたって、安心できない。いつ悪霊につかれるかなんて分からないから。

 だからシャマレは目に力を入れる。悪霊はシャマレにしか見えないのだから。このひとを守れるのは自分だけだ。

「……おわり」

 腕がちょっと疲れてきて、終了を宣言する。ドクターはぐるぐると首を回して「ちょっと軽くなった……」と頬を緩めた。

 「ありがとう」という言葉にこくんと頷いた。胸の奥がほんのりとあたたかい。

「これ、お駄賃ね」

 ころりとシャマレの手のひらの上に可愛らしいパッケージに包まれた飴が置かれる。「モルテの分も」色違いがもうひとつ。

 ドクターと分かれて、飴玉をひとつ取り出して頬を膨らませた。モルテの分はポーチにしまっておく。ころころと舌で飴玉をつついて舐める。気づかぬうちに、シャマレの口端は小さく上がっていた。




あと5話くらいで終わります
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