【完結】信頼度MAXオペレータ短編詰め   作:むとう

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星に手を伸ばす/モーガン

 ──解決できないなら、なんとかなるまで考えるし、解決できるものは、吾輩の剣と火焔瓶にお任せ!

 

 ■ ■ ■

 

 肌がひりつくような殺気が遠く離れたことに気づいて、モーガンはそっと息を吐いた。

 なんてことのない任務のはずだった。

 指定された場所で協力者からデータを受け取るだけ。

 だが、待ち合わせ場所についてみれば、待ち人は来ず。どうしたのかと周辺を走り回って情報を集めているうちにまったく想定していなかった騒動に巻き込まれた。

 ストリートで鍛えた勘と通信で繋げたドクターの采配もあって、どうにか事態は収拾へ向かったが、命まで危うい場面があった。とてつもなく肝が冷えた。

 モーガンは自身のリーダーに「グラスゴーのブレイン」と冗談交じりに呼ばれる。実際、他のメンバーと比べて自分は頭をよく回る方だと自負している。被害はそれなりに出るかもしれないが、最後にはきちんと勝って(・・・)帰る。それができる人間だと。

 もちろん、象に鼠は勝てない。正攻法では。邪道を使っても、どうしたって難しいことはある。それは理解している。しかし、物事には隙間があって、モーダンは小手先でそれを押し広げるのが得意だった。

 だが今回の騒動は地元のそれとは勝手が違って、いろいろと振り回された。

 そもそも土地勘がないので逃げるにも攻めるにもやりにくいし、敷かれている秩序や常識が違って自分の思考と異なる選択を取る敵が多かった。反省点を上げればキリがない。

 ──帰ったら、いろいろと振り返りをしなくちゃ。

 そしてその反省とは別に、モーガンのかわりにこの事態を収束してみせた相手──ドクターへの尊敬の念もあった。

 前評判から〝すごいひと〟というのは聞いていた。

 ロドスの指揮官。戦術の天才。天の指し手。──だがこれほどとは思っていなかった。

 ひとの噂とは尾ひれがつくもの。時には元の形すらわからないほどの贅肉を蓄えることもある。だが、ことドクターに関して言えば嘘でも誇張でもなかったわけだ。

 モーガンはロドスに戻って身を整えてすぐ、ドクターの執務室へ突撃した。

「ドクター! この間の任務の戦況分析、教えてくれないかなっ」

 知らなければ、知ればいい。できなければ、できるまで努力すればいい。

 モーガンはそうやって生きてきた。

 

 ドクターの解説は分かりやすかった。

 現場ではどうしてそうなる!? と理解できなかったそれも、道筋を立てて説明されればなるほどと納得できるものだった。

 はあ、と思わず感服の息が漏れる。

 この頭脳の前では、モーガンがやってきたことは本当に小手先だ。視座が違う。モーガンにはなかった視点で語られるそれらを理解するたびに、世界が広がっていくようだった。

 思わず、声が漏れた。

「ドクターさえいれば、どんな任務も安心だろうね」

 ごく普通の、ただの褒め言葉のつもりだった。だがドクターは苦く笑って首を振った。

「そうだったらいいが、な」

 どういうことだと視線をやると、ドクターはしばし黙り込んだ後、「私でもどうしようもないことはある」とこぼした。

 君はただ単に褒めてくれただけなのに、こういうことを言うのもなんだが。そう前置きをして。

 ドクターは言った。

 どれほど指揮に優れたとしても、どうしようもないものは存在する。救えないものはいるし、勝てないものもある。自分にできるのは、ただ最善を選ぶことだけ。その最善ですら、結果が出てみないと本当に〝最善〟であったかはわからない。

 苦い心の内を晒したのは、きっとモーガンが「グラスゴーのブレイン」を自称するからだろう。

 現実は理想のようにはいかない。そんなことはとうに知っているが、それでも言わずにはいられなかったのか。

 モーガンの脳にそれは奇妙な重さを持って刻み込まれた。

 どうしようもない現実というものがあるということを知っている。しかし同時に、それを少しでも良くしようと考えるのが己の仕事だと思っていた。

 ここにはドクターがいる。それ以外にも自分にはない発想や知識をもつものがいる。それらをできる限り身につけたい。力を伸ばしたい。

 仮にもグラスゴーの頭脳を自称するならば、考えて、考えて、考えて。そうして星に手を伸ばすのが自分の役割だろう。傲慢にもそう思っていた。

 しかしそれはあくまで『知っている』だけ。真に迫って実感しているわけではないことを知るのは少し後のことだった。

 

 ■ ■ ■

 

 故郷の土を踏んでからずっと、モーガンは流され続けている。

 自分たちが、特に自分たちのリーダーが帰れば、なにかが変わるのだと漠然と信じていた。

 しかし実際はどうだ。

 国は戦争状態に突入し、人々は嘆き、呪い、暴力に翻弄されている。仲間や知人は櫛の歯がかけるようにして消えていく。モーガンの手が届くはずのいくつかさえ、手のひらをすり抜けてこぼれていく。

 楽観的すぎた。考えなしだった。こうなるはずではなかった。

 ──けれど、現実はいまここ(・・・・)だ。

 己のリーダーの正体は薄々気づいていた。彼女がそれを隠していたことを咎めるつもりはない。

 だが、だが……。口を開くには時期が悪かった。そもそもこういう事態にならなければ話さえしなかったのかもしれないけれど。

 彼女の告白によって、仲間たちに亀裂が走った。それは平時ならばいつかは時間が埋める隙間だ。しかし今この状況では致命的なものだった。

 モーガンの大切なものがこぼれていく。モーガンには力がない。ただひとより少しばかり優秀な頭を持っていても、事態を好転させる方法は思いつかない。できるのはただ、これ以上事態を悪くしないために笑っていることだけ。

 自分という輪郭が曖昧になって、足元がおぼつかない。少し前まで確かに存在していたはずの形が思い出せない。己の核となるものがひどく揺れているのを感じていた。

 このままでは最悪の事態になるかもしれない。そんなことはいけない。ダメだ。ぜったい、ダメ。

 それなのに、モーガンの思考はから回るばかりだった。

「ドクター……」

 あのひとがいれば。ここにいれば、道を示してくれただろうか。モーガンには思いつかない方法で解決策を提示してくれただろうか。

 ──いいや。

 この事態はモーガンの縄張り内──グラスゴーのものだ。ロドスとは関係ない。つまり──モーガンが解決すべきものだった。

 モーガンは膝を抱えて小さくなった。

 ドクターはこういう時にどうしていただろう。たぶん、今の己のような無様なさまにはなっていないだろう。

 できない、と言ってしまいたい。でも、それこそ、できない。

 きっと自分が、心の底からもう無理だと言ったら、仲間たちは受け入れてくれる。後は任せろと背中を叩いてくれる。けれど、それは嫌だ。そんなんじゃ、ダメだ。

「吾輩は、グラスゴーのブレイン……」

 祈るように、あるいは刻みつけるように呟いた。

 自分は、仲間の背に隠れたいのでも、守られたいのではない。彼らを守りたいのだ。

 はっとした。そうだ、自分はそれを望んでいたはずだ。

 曖昧に揺らいでいる自我がキュルキュルと巻き戻るようにして形を作っていく。

 ならば、どうすればいいのか。

 ──自分にできるのは、ただ最善を選ぶことだけ。

 いつかの言葉が鼓膜を揺らした気がした。

 そうだ。モーガンにはそれなり以上の頭がある。体も、悪くはない。

 ならば。ならば、考えるのだ。〝最善〟を目指して。

 いくら考えたって、きっとすべては解決しない。それでも考えるのだ。まだすべて終わったわけではない。時間はまだある。ならば、それが自分の役目だろう。

 解決できないなら、なんとかなるまで考える。解決できないものでも、最善を目指す。

 星に、手を伸ばすのだ。──たとえそれが傲慢だとしても。

 モーガンは立ち上がった。暗がりで膝を抱えている時間などない。頬に力を入れて、ぐい、と口角を上げた。

 

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