異邦の眷属   作:テクニクティクス

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第11話

 

次に千夜が目を覚ましたのは、蝶屋敷の白い天井の下だった。

ぼんやりとした視界を瞬きで整えながら、上半身をゆっくりと起こす。途端に体中に残る鈍痛が、まだ戦いの余韻が抜けていないことを思い出させた。

 

そのとき、障子戸が開き、見慣れた快活な声音が響く。

 

「おお、目を覚ましたか! 千夜殿!」

 

顔を向けると、炎柱・煉獄杏寿郎が笑顔で立っていた。

どうやら、あの激戦の後、千夜は一週間もの間眠り続けていたらしい。

 

「無限列車の件は大事になったが、奇跡的に死者は出なかった。君のおかげでもあるだろう」

「……それは、良かった……」

 

千夜は胸を撫で下ろすように小さく呟いた。

杏寿郎はそれ以上に明るい調子で続ける。

 

「炭治郎は今、俺の下で稽古を積んでいる。炎の呼吸の継子にでもなってもらえたらありがたい。あの少年なら、きっとやり遂げるはずだ」

「……そうですか」

 

千夜は素直に微笑む。炭治郎の真っ直ぐさを知るだけに、その未来が容易に思い描けた。

 

「それと、ヒノカミ神楽・日の呼吸についても調べているのだが……煉獄家に残る書物や記録には、どうにも手がかりが少なくてな!」

 

豪快に笑いながら、しかし諦めた様子は微塵もなく、むしろ新しい発見を楽しみにしているかのような声音だった。

その揺るぎない姿勢に、千夜の胸も不思議と軽くなる。

やがて杏寿郎は改まった表情を見せ、真っ直ぐに千夜を見据えた。

 

「そして千夜殿。君の身を挺してまで人々を護ろうとする姿勢――俺は君を高く評価する。鬼殺隊の一員として、心から認めよう!」

 

その言葉に、千夜は目を瞬かせた。

自分が選んだ道を、炎柱に認められる――それは胸の奥に熱いものを灯す瞬間だった。

 

「……ありがとうございます。煉獄さんにそう言ってもらえるなら、俺も胸を張れそうです」

 

二人は笑みを交わし、力強く握手を交わす。

その掌から伝わる熱は、ただの体温ではなかった。命を懸けて同じ戦場に立った者同士だけが分かち合える、確かな信頼の証だった。

 

 

 

普通、一週間も寝たきりになっていれば、筋肉は硬直し、関節はぎしぎしと悲鳴を上げるものだ。

伊之助や善逸などは、回復訓練の最中に「ぎゃあああ!」「いてぇぇぇ!」と、屋敷中に響き渡るほどの悲鳴を上げていた。

 

――なのに、千夜は。

 

「千夜さん、寝たきりだったのに……すごく柔らかいですね」

 

寺内きよが、限界に近い程彼の背を引いてみる。エビ反りの姿勢になった千夜の身体は、ぐにゃりとタコのようにしなり、苦悶の声どころか、余裕すら漂っていた。

「この姿勢、わりと呼吸がしやすい」などと平然と言う姿に、周囲の少女たちは一瞬固まる。

むしろヨガの達人のように、難解なポーズを次々と軽々しくこなしていく様は、もはや回復訓練ではなく大道芸だった。

 

他の訓練でも異様さは顕著だった。

アオイやカナヲが一歩踏み出す前に、背後に気配を感じて振り向けば、もう千夜が背中を軽く叩いている。

 

「はい、タッチ」

 

笑顔で言われた瞬間、アオイは(いや、いま絶対まだ動き出してすらなかったでしょ!?)と頭を抱えた。

 

薬湯を何度も浴びせれられ、全身訓練で虚を突こうとしようが、千夜の体は完全に手のひらからこぼれ落ちていく。

それどころか、彼の方が訓練を「遊び」として楽しんでいるようにすら見える始末。

 

「……回復訓練完了ですね。というか、最初から要らなかった気もします」

 

最終的にアオイはそう結論づけた。

 

(炭治郎くんは努力の塊、善逸は騒がしいけど根は頑張る子、伊之助は野生の怪力……。だけど千夜さんは……なんなの? どの枠にも収まらない……! ほんと、頭痛い……!)

 

少女たちは一様に、妙な敗北感を覚えてしまうのだった。

 

そこから4カ月、炭治郎たちかまぼこ隊はそれぞれ訓練をしたり、数人で組む時もあり、また一人で任務に行ったりと日々を過ごしていた。

千夜も任務を受け、鬼を狩ることもあれば炭治郎たちの訓練を手伝ったり、蝶屋敷を訪れた杏寿郎と手合わせをすることもあった。

 

「炎の呼吸・弐ノ型――昇り炎天!」

 

下から上へと炎が弧を描く。燃え盛る炎刃が空気を裂き、稽古場の床を焦がすほどの勢いで迫った。

 

千夜は一瞬で重心を抜き、風に舞う木の葉のようにふわりと身を翻す。

 

―奇魂血闘術「風葉(ふうよう)

 

その身は炎の軌道を掠めながら上昇し、まるで流麗な舞踏のように刀閃を受け流した。

だが、避けた先に迷いはなく、千夜の拳が唸る。

 

―荒魂血闘術「――熔鉄の連槌!」

 

振り下ろされるのではなく、鍛冶場の槌が火花を散らすかのような連撃が、数十の拳となって杏寿郎を圧する。

しかし炎柱は退かない。

 

「伍ノ型――炎虎!」

 

咆哮のごとき炎刃が放たれ、虎の顎のように連撃を裂き、迫りくる拳を受け止める。火と鉄が衝突し、轟音と熱風が稽古場に奔った。

衝撃の余波に床板が軋み、壁が震える。千夜は着地の瞬間、膝を沈め迎撃の構えをとる。

同時に、杏寿郎は全身を力強く踏み込み、地を割らんばかりの勢いで斬撃を振り下ろす。

 

「壱ノ型――不知火!」

「―荒魂血闘術・飛火槍(ひかそう)!」

 

炎と拳が交錯する――刹那、動きが止まった。

千夜の頸に冷たく木刀が添えられ、杏寿郎の胸元にはあと数センチの距離で拳が迫っていた。

 

張り詰めた空気が解け、二人は同時に大きく息を吐いた。

稽古場には熱気と衝撃の余韻だけが残り、まるで死闘を終えた戦場のように静まり返っていた。

 

木刀と拳がほとんど同時に互いの急所を捉えたまま、二人は場を整えるように一歩引いた。

汗が流れる感覚よりも、むしろ胸の内側から沸き立つ昂揚が勝っていた。

 

「いやはや! 千夜殿と手合わせすると、どんどん高みへ行ける気がしていくぞ!」

 

朗らかに、けれど眼光はぎらぎらと研ぎ澄まされている。炎柱・煉獄杏寿郎の言葉は、決して社交辞令ではない。木刀を振るうその一太刀ごとに、自分が前へ押し出される感覚を確かに覚えていた。

千夜もまた拳を下ろし、軽く肩で息をしながら頷く。

 

「俺も杏寿郎さんと試合するのは、新たな発見もあって楽しいです」

 

強者同士のやり取りにありがちな、相手を蹴落とすための敵意はそこになかった。

あるのはただ、「互いに全力を尽くすことでしか触れられない境地」が存在する、という静かな確信。

千夜にとって杏寿郎は、己を映す鏡のような存在だった。ひたすらに真っ直ぐで、他者のためにその身を燃やすことを厭わない。だからこそ、拳を交えるたびに胸の奥底から「まだ先へ行ける」という声が響いてくる。

一方の杏寿郎もまた、千夜の異質な技や柔軟な発想を受けるたびに、自分の中に眠っていた炎がさらに勢いを増すのを感じていた。

 

稽古場に残るのは、ぶつかり合った熱気と、互いの笑み。

真剣勝負の直後であるにもかかわらず、二人の表情は不思議と和やかで、まるで旧知の友が再会して語り合うような空気すら漂っていた。

 

――刀と拳が交差する度、二人は確かに「前に進んでいる」。

その実感こそが、何よりの報酬だった。

 

 

 

鬼との戦いや訓練だけが日々ではない。蝶屋敷の午後、ふと食堂前を通りかかったしのぶは、明るい笑い声に足を止めた。

覗いてみれば、きよ・すみ・なほの三人娘に、アオイとカナヲ、そして千夜がテーブルを囲んで盛り上がっている。

 

「何をしているんです?」

 

 問いかけると、きよがぱっと顔を上げる。

 

「あっ、しのぶさん! 今、千夜さんとトランプで遊んでて!」

 

まだ珍しい西洋の遊具、トランプ。千夜がどこからか持ち込み、休憩のひとときに皆でゲームを楽しむのが、最近のささやかな流行らしい。

時にはカタンやルドー、チャイニーズチェッカーまで取り出してきて、皆を驚かせる。どうやら千夜の「謎の引き出し」はまだまだ底が見えないようだ。

女の子たちだけじゃなく、たまに炭治郎たちも混じってゲームに興じることもあり、ドツボに嵌り高音の叫びをあげる善逸や野生の勘で逆転勝ちをもぎ取る伊之助、堅実なプレイをする炭治郎とそれぞれ束の間の休みを楽しんでいる。

 

「しのぶさんも少しやってみませんか?」

「……それじゃあ、ちょっとだけ」

 

遠慮がちに腰を下ろすしのぶを迎え、今回のゲームはブラックジャック。ディーラー役の千夜が慣れた手つきでカードを配る。

 

三人娘はまだ手探りながらも、勝率はほぼ互角。アオイは思慮深く堅実な打ち回しだが、慎重すぎて勝機を逃しやすい。

カナヲは逆に、時に大胆な一手を打ち、勝つ時は大勝ちするものの、負ける時は派手に散る。その振れ幅に周りはいつもハラハラだ。

 

「よし、21」

「ええっ、またカナヲの勝ち!?」

「……っ」

 

小さく頷きをするカナヲに、アオイは額を押さえて深いため息をつく。

 

そして真剣味をさらに増す理由は――勝ち星一番多い子には、千夜お手製の洋菓子がプレゼントされるからだ。

ふわふわのプリン、しっとりロールケーキ……見たこともない甘味が並ぶたび、少女たちは瞳を輝かせる。

今回はシベリアというカステラで羊羹を挟んだ一風変わったものだが、和洋が違和感なく合わさった一品。

 

「……これは絶対に欲しい」

 

アオイまで真顔で呟き、場の空気がぴりりと引き締まる。

彼女の普段見せない表情に、しのぶはくすりと笑みを漏らした。

 

カードを配る千夜の手つきは驚くほど自然で、指先から滑るように紙札が一人ひとりへ渡っていく。

無駄な動作もなく、まるで長くその役を担ってきたかのような手慣れた所作。しのぶはその動きを目で追いながら、ふと胸中で問いかけた。

 

――この人が、あの無限列車で上弦を撃退し、柱までも護り切った者なのだろうか。

 

凄絶な戦いを潜り抜けたはずなのに、今目の前にいるのは、子供たちに囲まれ、カードを配りながら時折柔らかく笑みを浮かべる姿。

その親しみやすさは、緊張感を持って彼に接していたはずの自分さえも、気づけば肩の力を抜かせてしまう。

 

きよ、すみ、なほの三人は、重い荷物を運ぶときにも千夜が率先して手伝ってくれるのがとても助かると言っていた。

お菓子作りも上手で、たまに洋菓子を振る舞ってくれるので「優しいお兄さんみたい」と頬をほころばせる。

 

アオイも「たまに突拍子もないことをするから困る」と口では言うが、厳しい顔をした隊士や粗野な者が多い中、こうして自然に接することができる相手は貴重なのだろう。

カナヲに至っては、あまり言葉を交わさない分「よく分からない人」という認識のようだが、それでも彼を嫌う素振りは一切見せていない。

むしろ時折、さまざまな鍛錬の型をとっている姿に、静かに目を向けているのをしのぶは見逃していなかった。

 

――もし、姉だったら。

鬼にすら哀れみを抱き、仲良くなれる道を探そうとしたあの人なら。

きっと積極的に彼と話し、笑い合い、真っ直ぐに交流を深めていただろう。自分とは違って。そんな考えがふと心をよぎり、胸の奥に淡い痛みが広がる。

 

「――……」

 

思わず息を呑んだその瞬間、「あっ……バースト」と声が上がった。

見れば千夜の手札が21を超えている。つまり親である千夜の負けだ。思わず周囲から笑いがこぼれ、その場の空気が柔らかく揺れた。

気づけば、総合順位は自分が一位。まさか、と思いつつも、千夜が笑顔で差し出してきたのは、見慣れない菓子――シベリアだった。

ふわりと甘い香りに誘われるようにそれを受け取ると、彼は「薬草園の手入れに行ってきます」と言い残して、背を向けていく。

 

その姿を自然と目で追いながら、しのぶは小さく一口かじる。

 

「……あ」

 

ふわふわとしたカステラ生地の中に、しっとりとした羊羹の甘み。和でもなく、洋でもなく、不思議と懐かしさを感じさせる優しい味わいだった。

 

「……結構、美味しいですね」

 

小さく呟いた声は、誰にも聞かれず、甘さとともに自分の内に溶けていった。

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