刀鍛冶の里に来てから、いくつかの日が過ぎた。
湯気の立つ街並みにも慣れ、昼下がりの散策が習慣になっていた。
ふと、山の方から何やら賑やかな音が響く。
木が軋むような、金属がぶつかるような――訓練の音だ。
千夜が音の方へ歩を進めると、小さな広場に出た。
そこでは炭治郎と、刀鍛冶の里の少年が何やら必死に構えており、その前で腕がいくつも伸びる奇妙なからくり人形が暴れていた。
「……なるほど、これが噂の縁壱零式か」
甘露寺から小耳に挟んだのが、この里に強くなれる道具があるというらしい話。
人間離れした動きで木刀を振るうからくりを相手に、炭治郎は息を切らしながらも懸命に立ち向かっていた。
千夜は少し離れた場所からその様子を眺める。
刀の振り方が、以前より柔らかくなっている。
ヒノカミ神楽をもとにした“変則の型”――二人で試行錯誤した動きを、炭治郎が自分のものにしつつあった。
回避の身のこなしに無駄がなく、反撃の刃には確かな意志が宿る。
その姿を見ながら、千夜は胸の奥で思う。
――強くなったな。
誰かを救うための力が、確かに育っている。甘い考えかもしれないが、知る者の死を、もう見たくはなかった。
炭治郎たち兄妹には、これからこそ幸を掴んでほしい。
そんな想いが胸をよぎった瞬間、鋭い一閃が空気を裂いた。
炭治郎の刀が、からくり人形の頭部に命中。
木と金属の接合が砕け、乾いた破裂音が広場に響く。
次の瞬間――
「うわっ!?」「えっ!?」「な、何だこれ!?」
三人の声が重なった。縁壱零式が崩れた広場には、まだ木屑と砂埃が漂っていた。
その中心で、長い時を閉ざされていた“何か”が、静かに姿を現した。
古びた刀――。
錆に覆われているのに、どこか凛とした気配がある。
刀身の奥に眠る気迫が、千夜の胸にひやりと刺さるようだった。
小鉄少年が震え声で呟く。
「こ、これが……からくりの中に……?」
炭治郎も目を丸くし、千夜はわずかに息を呑む。
ただならぬ逸品なのは、素人目にも明らかだった。
と、その時――
「お前ぇぇらァァァァァ!!!」
煙のように登場した鋼鐵塚が、目をぎょろりと剥いて刀へ突進した。
「か、鋼鐵塚さん!?」
「こんな宝を放っとくなど鍛冶職人の恥だあああ!!! 研ぎ直す!! 文句は聞かん!!」
返事を待つ気など最初からなく、鋼鐵塚は刀をひったくるや否や、
嵐のような勢いで去っていった。
「……相変わらずだなぁ」
炭治郎が苦笑し、千夜も肩をすくめた。
その日の夜。
修練の成果と新しい“ヒノカミ神楽・改”の調子を語り合っていると――
「……おい」
不機嫌の権化みたいな声が飛んだ。
「お前ら……何で人の部屋に居座ってるんだよ!?」
炭治郎は「え?」と固まり、千夜はきょとんとしたまま。
「いや、炭治郎が自然にこの部屋に入っていくものだから……親しいのかと」
「どこをどう見たらそうなるんだよ!? 親友でも何でもねえよ!」
禰豆子まで連れて部屋に入ってくる炭治郎に対し、この状況で“友人ではない”と理解しろという方が無理だ、と千夜は思った。
千夜は禰豆子の髪を櫛で優しく梳きながら、ふと玄弥に目を向けた。
「にしても、君も……鬼の力を使うのかい?」
何気なく漏れた問いだったが、玄弥の気配が一瞬で冷たく沈んだ。
「……そんなわけねぇだろ。鬼殺隊なんだぞ」
短く、硬く。拒絶の色があまりにも分かりやすい。
千夜もそれを感じ取り、静かに頷くと、それ以上は何も触れなかった。
――“まだ、触れてはいけない領域だ”
ただそれだけを胸に、部屋に流れる空気をそっと受け止めた。
炭治郎と玄弥が、また言い合いなのか喧嘩なのか分からないやいのやいのを始めた頃だった。
千夜はふと、襖の方へ視線を向けた。……何か、空気が変わった。
音もなく近づき、手をかけ、そっと引く。その瞬間――
「……え」
畳に這うように、老人の形をした鬼がぬらりと姿を現した。
瘴気のような怨嗟と不穏をまとい、乾いた舌打ちを漏らすように一歩、部屋へ踏み入る。
炭治郎と玄弥が目を見開き、反射的に構えを取ろうとした時、千夜は一度だけ深く息を吸い込み低く呟いた。
「荒魂血闘術――」
言葉の終わりと同時、彼の拳の一閃が畳を割いた。
しかし鬼はその一撃を天井へ跳躍して躱し、四肢を張り付かせる。炭治郎の背を、冷たい汗が伝った。
(は、速い……! それに、この匂い……上弦!!)
炭治郎の足が地を蹴る。血が燃えるように沸き立ち、火花の残滓を引き連れ――
「陽華突ッ!」
上へ突き上げた一撃が、老人鬼の頸を弾き飛ばした。あまりに一瞬。喉が乾くほどの静寂が落ちる。
だが炭治郎は知っている。首を落としても終わりとは限らない。
妓夫太郎と堕姫が、焼き付くように脳裏に浮かんだ。
床に転がった首からは、乾いた笑い声。胴体は土蜘蛛のように痙攣しながら、肉を割いて何かを作り始める。
そして――別々に、再生が始まった。
「ッ! なんだアイツら……!」
先に形を成したのは“怒り”を象るような鬼。積怒が錫杖を床に突き立てた瞬間、雷の奔流が炸裂した。
ビリビリと脳を揺さぶる衝撃が、四人の身体を貫く。一瞬、視界が白く塗りつぶされ、意識がかき消えかけた。
追撃に回るように、もう一体――可楽が羽団扇を振り抜こうとする。
「させない」
千夜の声が低く地を這い、足元の畳にひびが走る。
「幸魂血闘術・大山津見神――山霊の顕現!」
震脚が落ちると同時、床下から石の柱が隆起し、二体の胴を貫いた。
石柱が霧のように消えるより早く、肉の音がまたしても響く。
――生まれてくる。まただ。次の二体が、裂けた肉から姿を形作り始める。
炭治郎が息を呑む。玄弥の喉が震える。
そしてついに、四体――怒・楽・哀・喜。全てが揃う。
この部屋に、もう逃げ場はなかった。
静まり返った空間に、鬼たちの笑い声が満ちる。千夜は血を震わせ、炭治郎は刀を握り直し、玄弥は牙を食いしばる。
――これからが本当の戦いだ。