異邦の眷属   作:テクニクティクス

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第19話

 

千夜は半天狗の分身体たちが散開した瞬間、ぐっと表情を引き締めた。

里の住人たちにも危険が及んでいる可能性もある。零余子に「みんなを頼む」と短く告げて、迷いなく積怒の正面へと踏み込む。

 

積怒は千夜を見て、あからさまに眉をひそめた。

 

(コイツ……強い!)

 

血鬼術による中距離の牽制も、錫杖を使った練度の高い棒術も、ことごとく千夜に掻い潜られる。

踏み込みが速すぎるのだ。まるで空気を縫うように一気に間合いを詰めてくる。

 

「ならばこれならどうだ!」

 

苛立ちを露わにした積怒が錫杖を突き出し、赤と青の雷撃が迸る。

地面を焦がし、空気を裂くその稲妻は、本来なら近づく者を寄せつけないはずだった。

 

だが――

 

「幸魂血闘術・万象の杖」

 

千夜の手が、閃光のように錫杖を逆に掴み返す。直撃した電撃は確かに千夜へ伝わった。けれど、身体が焼け焦げる気配はない。

電流が千夜の中で方向を変え、一本の“流れ”のまま別へと抜けていく。

その異様な制御に、積怒は一瞬だけ目を見開いた。

 

次の瞬間、硬い音が響く。

千夜が鋭く息を吐き、雷撃を纏った上段蹴りを叩き上げたのだ。

 

「――ッ!!?」

 

積怒の鬼の上半身が、轟音とともに吹き飛んだ。

電撃ごと蹴り砕かれた形で、体が宙を舞う。

 

(腹立たしくて堪らぬ……! 可楽も空喜も何をてこずっておる!)

 

司令塔である自分が押されるなど、あってはならない。

だが現実は、千夜の気迫と技術にじわじわと追い詰められていた。

 

 

 

千夜が積怒の上半身を吹き飛ばしたのとほぼ同じ頃――

炭治郎たちもそれぞれの相手の頸を落とすことに成功していた。

禰豆子は息を荒げ、玄弥は肩で呼吸し、炭治郎はまだ刀を構えたまま周囲の気配を警戒している。

 

「……やった、のか?」

 

玄弥が荒い息の合間に低く呟く。

 

だが、返事をするより先に、嫌な感覚が四人の背筋をなぞった。

 

ずるり、と。

千切れた肉が、まるで勝手に意思を持つようにうごめいた。

 

炭治郎が目を見開く。

 

「……再生してる。堕姫や妓夫太郎の時みたいに、頸を落としただけじゃ終わらないんだ……!」

 

禰豆子の耳がわずかに震え、玄弥はすかさず銃を構え直す。だが分かる。撃っても、斬っても、すぐに追いつかれる。

この鬼たちは、頸を飛ばすだけでは止められない。

 

千夜も積怒の再生が始まるのを見て、そっと息を呑んだ。

あの分厚い憎悪が、肉と同じ速度で戻ってきている。床に散った血の匂いさえ、まだ“生きて”いるように感じられた。

 

四つの頸は、確かに同時に落とせた。

それでも終わらない。ゆっくりと、確実に、鬼たちは形を取り戻しつつある。

 

「……違う。こいつらは、堕姫や妓夫太郎とは仕組みが違う」

 

炭治郎の声は震えていない。けれど、強い緊張が滲んでいた。

 

再生の音が、四人の耳に嫌でも染み込む。血肉が編み直される、不快な音だ。

 

千夜の胸にひっかかっていた違和感が、形を持ちはじめていた。

この鬼は分裂する――だが、増える数には上限があるらしい。

それに、どれだけ頸を落とし、肉を砕こうと、遅くとも確実に再生する。

 

(……だったら、“どこかに本体がいる”ってことじゃないのか?)

 

そんな予感が、喉の奥を熱くした。

千夜は戦いの合間に炭治郎へ声を投げる。

 

「炭治郎、臭いでコイツらの本体……核みたいなの、探れないか?」

 

炭治郎は一瞬だけこちらを見て頷き、深く息を吸い込んだ。

全集中のときと同じく、嗅覚を一点へ集中させる。

 

四体の強烈な匂いに紛れて、薄く、けれど確かに――小さな息遣いのような、刻むような“気配”がある。

 

「……いた。わかった!」

 

炭治郎の身体が跳ねるように動き、彼は一気に駆け出した。指差す先は、戦場から少し離れた茂みの奥。

そこに、もう一つの“鬼の匂い”が潜んでいる。

 

「禰豆子! 炭治郎を助けてやってくれ!」

 

千夜の呼びかけに禰豆子は迷いなく頷き、兄を追って駆ける。

 

「行かせるものかッ!!」

 

怒号とともに積怒が錫杖を振り上げたが、その腕が動くよりも早く、千夜の飛火槍――ストレートの一突きがその顔面を貫いた。

炎を纏った拳の衝撃で、積怒の頭部が一瞬で消し炭になる。

 

可楽が羽団扇を広げ、強風を起こして炭治郎たちを吹き飛ばそうとするが、千夜が踏み込む方が早かった。

地をなぎ払うような低い蹴り――その勢いのまま、可楽の身体を木へ叩きつける。

 

「じゃあ、止めてみるがいい」

 

静かに言い放つ声には、一切の揺れがない。

 

(こいつらは行かせない……! 炭治郎たちの邪魔は、絶対にさせるものか)

 

血と焔の熱が拳に宿り、千夜の眼光が鋭く光った。

彼は一歩踏み出すたび、立ちはだかる鬼たちをその場へ縫い留めるように圧していく。

 

 

 

だが千夜の胸の奥に、ずっと小さな棘のように刺さっていた不安が、ここにきて疼きはじめた。

炭治郎も禰豆子も戦いの中で傷を負ってはいる。だが――玄弥の状態だけは、明らかに一線を越えていた。

 

(……こんな傷、普通の人間ならとっくに死んでいる……)

 

それでも立ち上がろうとする玄弥の背中が、余計に痛々しい。

そして、ずっと心のどこかで引っかかっていた懸念が現実味を帯びる。

 

玄弥は一時的に鬼の力を得られるらしい。だが、それは相手を圧倒する“万能”ではない。何より――彼は呼吸が使えていない。

 

(これでは、戦力差がモロに響く……!)

 

4対2になった瞬間、天秤はあっさり傾いた。

哀絶の槍が玄弥の身体を何度も撃ち抜き、その体躯は蜂の巣のように穴だらけになっていく。

 

「玄弥ーーっ!!」

 

叫ぶ千夜の声と同時に、可楽の羽団扇が振り抜かれ、暴風が玄弥を森の奥へ吹き飛ばした。

追い打ちのように、積怒の雷撃と空喜の超音波が千夜へ襲いかかる。

 

千夜は大きく息を呑み、地を踏み鳴らす。

 

――幸魂血闘術・大山津見神 「地穿の磐柱(ちうがちのいわばしら)ッ!!」

 

瞬間、周囲の大地が咆哮するように隆起した。

幾本もの巨大な岩柱が四方へ連続して突き上がり、積怒と空喜、可楽、哀絶をまとめて弾き飛ばし粉砕する。

その一瞬の静寂――鬼たちの動きは完全に止まっていた。

 

「……玄弥!」

 

千夜はその隙を逃さず、森の奥へ駆け出した。

血の匂いが濃くなる。折れた木々が散乱し、吹き飛ばされた跡が痛々しいほど鮮明だ。

 

胸がざわつく。けれど、足は止まらない。

 

無事でいてくれ――そんな願いを噛み締めながら、千夜は玄弥のもとへと飛び込んだ。

 

 

 

茂みをかき分けた先、土を抉ってできた窪みに玄弥が倒れていた。

仰向けのまま、胸がかすかに上下している。鬼化の作用で辛うじて命をつないでいる――そう分かる状態だ。

それでも、負った傷があまりに多すぎるのか、再生は遅く、口角から泡が絶え間なく溢れ落ちている。

 

「玄弥……!」

 

声に反応したのか、彼の指先が震え、折れた木の枝を掴もうとした。

千夜は思わずその肩を押さえたくなる衝動に駆られたが、玄弥の眼差しがそれを許さない。

 

(俺は……まだ……! こんなところで止まってられねぇ……

 柱にならねぇと……柱になって兄貴に……!)

 

荒れた呼吸の中で、玄弥は己を叱咤し続けていた。

焦点の合わない視界に霞がかかる。そんな中、耳の奥――どこか深いところから声が届いた。

 

『玄弥……このままだと本当に命まで落としかねない。……賭けになるかもしれない。それでも、一縷の望みを掴むか?』

 

(選ぶ時間なんざ……いらねぇ……! 俺は――!)

 

玄弥が口を開いた瞬間、千夜は小さく頷き、血を固めた丸薬をそっと押し込んだ。

ガリッと音を立てて噛み砕いた途端――

 

焼鉄のような熱が玄弥の喉を通り、胃の奥で爆ぜた。

次の瞬間、その熱は全身へ、毛細血管の一本一本へ、神経の末端へと突き刺さるように広がっていく。

 

(ああ……なんだ、これ……熱い……! 燃えて……全てが……塗り替えられて……!!)

 

声にならない咆哮が、地面を震わせるほどの勢いで迸った。

 

――その頃。

 

空喜が羽ばたきながら森を横切っていた。積怒たちの元へ戻ろうとした瞬間、前方の木々の間に“気配”が立ち上がる。

俯いた影――玄弥が立っていた。

 

「……ギヒッ、まだ生きて――」

 

空喜が不快な笑いを漏らし、高速で飛翔しつつ足のかぎ爪で裂こうとした瞬間、玄弥が紅く光る散弾銃を構えた。

銃身に絡みつくのは新たに得た力の気配――燃えるような朱。

 

豪、と地を押し返す反動。続けざまに五連射。寸分の狂いもなく、全弾が空喜の身体を撃ち抜いた。

爆炎が咲き、空喜が森へ叩き落される。

 

その破裂音に気づいた積怒たちが遅れて到着する。

三体の姿を前に、玄弥はゆっくりと息を吸い――炎のような熱を吐息ごと解き放った。

 

鬼を喰うことで得られた力の上に、千夜の血が重なり合い、短かった玄弥の日輪刀の刀身が、爆ぜるように膨れ上がる。

 

血が灼け、朱が揺らめき、刃が炎の太刀へと変貌した。

 

玄弥の声が低く震え、静かに告げる。

 

「荒魂血刀術――壱ノ型・焔丸」

 

赤い閃光が走った。玄弥の姿が一瞬で三体の鬼の背後へ抜ける。遅れて、三つの頸が同時に宙へと跳ね上がった。

 

そして――

 

玄弥は柄を深く握り込み、振り抜いた太刀に劫火が纏い、飛ばした頸の切り口から朱い閃光が溢れ、鬼たちを焼き尽くした。

 

 

 

遠くで、空気を裂くような鬼の叫びが響いた。

炭治郎が半天狗の本体へ辿り着き、頸を斬りかけている――その気配が千夜にも伝わる。

ほんの僅かに胸を撫で下ろしかけた、その瞬間だった。

 

「……まだ、終わってない……!」

 

千夜の視界の端で、燃え続けていた四体の分身体が――歪むように、寄り集まった。

焼け焦げた肉片が不気味に蠢き、炎の中から黒い影が膨れ上がっていく。

 

ゾワ……ッ。

 

肌を刺すような悪寒が走った。

 

次の瞬間、空気を震わせる咆哮とともに、森全体が揺れた。

地面が盛り上がり、巨大な樹木の“龍”が幾本も、地を割る勢いで出現した。

 

「くっ……来るぞ、玄弥!」

「上等だ……!」

 

千夜も玄弥も、立ち向かうように前へ踏み込む。

玄弥の炎刀が風を裂き、千夜の拳と血闘術が龍の顎を粉砕していく。

だが次々に襲い来る龍の奔流は、まるで尽きる気配がなかった。

 

その中心――龍たちの根元に、ひとりの影が立っていた。

 

中華風の衣を纏い、金色の肩当てが淡く光る。

十代半ばほどの小柄な身体。

なのに。

 

その足元は、底のない奈落のように“黒い圧”を広げている。

 

喜怒哀楽の四体とは比べ物にならない。

ただ見ているだけで、胸を鷲掴みにされるような悪意。

存在そのものが刃のように鋭く、冷たく、凶悪。

 

樹木がざわざわと揺れ動き、本体らしき何かを包み込むように守り固めた。

 

そして、少年のようなその鬼は、静かに唇を歪めた。

 

「――弱きものをいたぶる、鬼畜ども。……不快。不愉快――極まれり」

 

吐き出された声は、まるで地獄の底から響いてくるようだった。

 

とてつもない殺気が森を裂き、押し寄せる。

思わず呼吸が止まるほどだ。

 

「……っ、何だ、この圧は……!」

「気を抜くなよ……」

 

合流した炭治郎が刀を構え、禰豆子も低く唸って前に出る。

千夜と玄弥も肩を並べ、四人でその鬼を睨み据えた。

 

新たな姿を現した上弦――憎珀天。

 

闘いは、まだ“ここから”だった。

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