異邦の眷属   作:テクニクティクス

25 / 25
第25話

蟲柱・胡蝶しのぶと、上弦の弐・童磨。

その戦いは、すでに幾度となく生死の境を越えていた。

だが――時間が経つほどに、戦況は確実に傾いていく。

しのぶが積み重ねる一手一手に対し、童磨はまるで遊戯でも楽しむように応じていた。

 

「うーん、五回目」

 

童磨が首を傾げる。

 

「これも駄目だね。効かないや」

 

五度。

五度も違う調合を施した毒を打ち込んだ。

それでも、童磨の身体は崩れない。

 

一度目に効いた毒なら、二度目には効きが鈍る。

 

二度目に効いた毒なら、三度目にはほとんど意味を成さない。

 

耐性を獲得するまでの速度が、異常だった。鬼の再生能力だけではない。

毒そのものに対する適応力。

 

これまでしのぶが積み上げてきた知識も、技術も、経験も。

その全てを嘲笑うかのような異常な身体能力。そして童磨は、それだけでは飽き足らなかった。

 

扇がひらりと開く。

 

鬼血術――蓮葉氷

 

ぞっとするほど冷たい風が、無限城の一室を駆け抜けた。

空気そのものが凍りつく。童磨の血から生み出された氷。

それを細かな粉末へと砕き、扇で散らす。

目に見えないほど細かな氷の粒が舞い、呼吸と共に肺へ侵入してくる。

息を吸うことすら、命を削る行為になった。

 

(だったら……!)

 

しのぶは歯を食いしばる。

 

(一度で足りないなら――連撃で大量に打ち込む!)

 

残された力を、全て一点へ集める。

 

「蟲の呼吸――」

 

踏み込む。

 

「蜻蛉ノ舞――複眼六角!」

 

一瞬。しのぶの姿が掻き消えた。

六つの突きが、ほとんど同時に童磨の身体を穿つ。

 

肩。

 

胸。

 

腹。

 

脇。

 

そして――最後の一撃。

 

六度の刺突。

 

六つの傷口。

 

そこから流し込まれる、致死量を遥かに超える毒。

 

これなら。

 

これだけの毒なら。

 

「――――っ!」

 

その直後だった。しのぶの身体が大きく傾ぐ。視界が揺れた。

熱い。身体の中から、何かが溢れ出している。

見れば、上半身から袈裟懸けに血が噴き出していた。

 

「……あ」

 

理解するまでに、一瞬を要した。

 

(斬ら……れた……!)

 

いつの間に。どうやって。童磨の鉄扇が振るわれたことすら、見えていなかった。

膝が崩れそうになる。

それでも童磨は、いつもの笑顔を浮かべていた。

 

「毒じゃなくて、頸を切れたなら俺を倒すことが出来たかもね」

 

くすくすと笑う。

 

「あー、無理かぁ」

 

そして、しのぶの身体を上から下まで眺める。

 

「きみ、小さいから」

 

悪意はない。嘲笑ってすらいない。ただ、事実を述べているだけ。

それが、何より腹立たしかった。

 

血が落ちる。

 

ぽた。

 

ぽた。

 

床の水面へ落ち、睡蓮の花を赤く染めていく。

 

その赤を見つめながら、しのぶは思った。

 

――もっと身体が大きかったなら。

 

もっと力があったなら。

 

自分も、鬼の頸を斬れたのだろうか。

 

姉は華奢な身体をしていた。

 

けれど、自分よりずっと上背があった。

 

自分より力もあった。

 

だから――。

 

(姉さんなら……)

 

ふと、別の考えが浮かぶ。

 

(悲鳴嶼さんが助けに来てくれたなら……皆、安心できるよね)

 

あの圧倒的な強さ。あの人なら、この鬼にも勝てる。そう思った。

そして、あの日のことを思い出す。姉が最期に、自分へ何かを伝えようとしていたこと。

 

『しのぶ……』

 

あの時。

 

姉はきっと――。

 

『……』

 

言葉を飲み込んだ。

 

多分。

 

自分は、あの鬼に負ける。

 

そう言おうとしたのだ。

 

けれど、姉は言わなかった。

 

最後まで、自分を傷つける言葉を選ばなかった。

 

その代わりに。

 

『しっかりしなさい』

 

聞こえた。確かに。あの日と同じ声。

 

『泣くことは許しません』

 

しのぶの目の前に、姉の姿が浮かんでいた。

 

『倒すと決めたら倒しなさい』

 

『勝つと決めたなら勝ちなさい』

 

『どんな犠牲を払っても勝つ』

 

その言葉が、胸の奥へ突き刺さる。

 

『私ともカナヲとも約束したんでしょう』

 

しのぶの指が、日輪刀を握り直す。

 

『しのぶならちゃんとやれる』

 

そして。

 

『頑張って』

 

幻が消える。

 

「――――」

 

しのぶは立っていた。満身創痍の身体で。血に濡れた身体で。

肺を凍らされ、骨を断たれ、それでも。

 

立っていた。

 

童磨が目を丸くする。

 

「えーっ」

 

心底驚いたような声。

 

「立っちゃうんだ、君」

 

そして、しのぶの身体を眺める。

 

「鎖骨も肺も肋骨も切ってるのに、死んでてもおかしくないんだけど……」

 

しのぶは答えない。

 

「……っ」

 

呼吸をする。

 

だが。

 

「ごほっ……!」

 

血が混じった咳が漏れた。肺から、ごろごろと異様な音が鳴る。

呼吸そのものが、もはや正常ではない。

 

「あーっ! 血が肺に入って変な音がしてる!」

 

まるで珍しいものを見つけた子供のように、目を輝かせる。

 

「とても苦しいよね」

 

その言葉に、しのぶは黙って童磨を見据える。

 

「もう君は助からない」

 

童磨が笑う。

 

「俺が頸をストンと落として助けてあげるから、安心して」

 

――助ける。

 

また、その言葉。

 

しのぶの胸の奥で、何かが燃えた。

 

(誰が……)

 

誰が、お前なんかに。

 

助けられるものか。

 

姉を殺した。

 

家族を奪った。

 

自分から大切なものを何度も奪い続けた鬼が。

 

何が救済だ。

 

何が助けるだ。

 

「……ふざけないで」

 

声は掠れていた。

 

それでも、刀を構える。

 

「蟲の呼吸――」

 

童磨が笑う。

 

「まだやるんだ?」

 

しのぶは答えなかった。答える力すら、もう残っていなかった。

 

だから。

 

ただ、前へ。

 

踏み込む。

 

その一歩に、残された全てを込めた。

 

「蜈蚣ノ舞――百足蛇腹!」

 

床板が砕けた。

 

木製の橋ですら割るほどの踏み込み。

 

低く。

 

さらに低く。

 

しのぶの身体が地を這うように走る。

 

右へ。

 

左へ。

 

上へ。

 

そして、再び下へ。

 

四方八方へうねるように高速で移動し、童磨の視界を攪乱する。

 

一瞬。

 

ほんの一瞬だけ。

 

童磨の意識が、しのぶを見失った。

 

「――!」

 

その隙を逃さない。

 

懐へ潜り込む。

 

そして。

 

残された全ての力を、一本の刀へ。

 

「――――っ!」

 

低層から跳ね上がるように放たれた突き。

 

狙うはただ一つ。

 

童磨の頸。

 

力が弱くても。頸を斬れなくても。鬼を倒せばいい。

 

一体倒せば。何十人もの人間が救われる。

上弦ならば。何百人もの命が救われる。

それだけでいい。

 

親を殺された。

 

姉を殺された。

 

カナヲ以外の継子も殺された。

 

もし鬼などという存在がいなければ。

 

鬼に家族を奪われていなければ。

 

今も皆、生きていた。

 

笑っていた。

 

家族と共に、幸せに暮らしていた。

 

なのに。

 

「……本当に」

 

しのぶの瞳から涙が落ちる。

 

それは悲しみなのか。

 

怒りなのか。

 

もう、自分でも分からない。

 

ただ。

 

(腹が立つ)

 

こんなに。

 

こんなにも。

 

「なんで……」

 

(なんで毒が効かないのよ……!)

 

それでも届かない。

 

力が足りない。

 

身体が動かない。

 

視界が暗くなる。

 

(この……馬鹿野郎……)

 

しのぶの身体を、死の予感が包んだ。

このままでは喰われる。それが、分かった。刀を握る指から力が抜けていく。

 

視界が霞む。

 

音が遠ざかる。

 

童磨の笑顔だけが、妙にはっきりと見えた。

 

――これで終わる。

 

そう思った。

 

その瞬間。

 

世界が燃えた。

 

「――――ッ!?」

 

凄まじい豪炎が無限城の一室を駆け抜けた。

童磨の身体が吹き飛ぶ。

 

倒れゆくしのぶの身体を、何者かが抱き止めた。

乱暴ではない。驚くほど優しく。壊れ物を扱うように。

 

「……っ」

 

しのぶの意識が、僅かに戻る。

誰かが自分を抱いている。けれど、その顔を見ることはできなかった。

視界がぼやけている。ただ、分かる。

これは敵ではない。その人物は、しのぶの傷を見て絶句した。

 

あまりにも酷い。

 

鎖骨。

 

肋骨。

 

肺。

 

大量の失血。

 

呼吸すら正常にできていない。

 

どう見ても致命傷だった。

 

今こうして息をしていること自体が、奇跡と呼ぶほかない。

手術を施したとしても、それが万が一成功したとしても。

 

助かる可能性は、決して高くない。

 

だが。

 

それでも。

 

諦めるわけにはいかなかった。

 

「……まだだ」

 

その人物は呟いた。通常の輸血だけでは足りない。

失われた血液を補うだけでは、彼女の命を繋ぎ止めることはできない。

 

ならば。

 

自分にできることを、全てやる。純度を限界まで高めた輸液。そこへ、己の血を混ぜる。

どんな副作用が起こるかなど、分からない。

それでも今は、延命が先だった。

 

「生きろ」

 

静かな声。

 

「頼むから……生きてくれ」

 

やがて、そこへ駆け込んでくる小さな影。

 

「――師範!」

 

髪を揺らし、必死の形相で駆けてきたのは栗花落カナヲだった。

 

「カナヲ」

 

その人物は、しのぶをそっとカナヲへ預ける。

 

「しのぶさんのこと、よろしく頼む」

「はい……!」

 

カナヲは震える腕で、しのぶを抱き締めた。

その向こう。大きく舞った埃の中から、童磨が姿を現した。

 

「いやー」

 

服の一部を焼かれながらも、童磨は笑っていた。

 

「凄い一撃だったねぇ」

 

傷口を撫でながら、いつものように快活に笑う。

 

「俺じゃなかったら、そのまま燃え尽きてしまうところだったよ」

 

返事はない。ただ、立つ者の拳が、ゆっくりと握り締められた。

 

ぎり。

 

骨が軋む。

 

怒りを声にする必要はない。

 

怒鳴る必要もない。

 

ただ、目の前の鬼を見据える。

 

そこにいるのは、今まで童磨が相手にしてきた鬼殺隊士とは違う。

 

しのぶを傷つけた者を許さない。

 

彼女がここまで命を削って戦った意味を、決して無駄にはしない。

 

静かに。

 

しかし、燃え盛る炎よりもなお熱い闘志をその身に宿して。

 

一歩、前へ出る。

 

「廻野上――千夜」

 

その名を、告げる。

 

そして。

 

「推して参る」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

進撃の巨人の世界に15m級の無垢(?)の巨人として転生してしまった……(作者:感謝君)(原作:進撃の巨人)

信じられないと思うが聞いてくれ ▼俺は昨日までしがない大学生としてベッドに転がりながらいつも通り動画を見て惰眠を貪っていたんだ▼別にトラックに轢かれたとか、手違いで殺しちゃったから転生させるね!おじいさんにあった訳でもない▼気付けば俺はだだっ広い平原の真ん中で全裸で突っ立っていて▼鋼のような肉体に転生していたんだ▼……進撃の巨人の世界に……▼


総合評価:5860/評価:7.27/連載:229話/更新日時:2026年08月19日(水) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>