ようこそ開拓者がいる教室へ 作:アイボウ
須藤から連絡が来て、今日は勉強しないことが書かれていた。まぁ堀北からあんなこと言われたんだ。気持ちの整理が必要だから、ゆっくり休むようにと返した。私も感情的になった。まさか嫌いとまで口にするとは思ってもみなかった。堀北とは適度に距離を取った方が良いかもしれない。
それはそれとして……眠れない。今日の勉強会で疲れているかと思ったけど、そうでもないらしい。
私は部屋を出て夜風に当たりに行こうとする。エレベーターを使ってロビーに降りる。すると偶然綾小路と再会した。
「綾小路」
「開道か。……話をしたいが隠れろ」
「えっ?」
綾小路に手を引っ張られて自動販売機の陰に隠れる。いったい何がと思って綾小路と同じ視線に立つと、エレベーターから堀北が現れた。彼女は周りを警戒しながら寮の外へと出て行った。
「どうして?」
「追うぞ」
私と綾小路は堀北を追う。寮の裏手の角を曲がろうとした時、綾小路が止まった。私も止まって様子見する。
「鈴音。ここまで追ってくるとはな」
この声は、堀北生徒会長。
「もう、兄さんの知っているダメな私とは違います。追い付く為に来ました」
「追い付く、か。……Dクラスになったと聞いたが、3年前と何も変わらないな。ただ俺の背中を見ているだけで、お前は今も自分の欠点に気付かない。この学校を選んだのは失敗だったな」
「それは――何かの間違いです。すぐにAクラスに上がってみせます」
「無理だな。お前はAクラスには辿り着けない。それどころか、クラスは崩壊するだろう。この学校はお前が考えている程甘い所ではない」
「絶対に、絶対に辿り着きます」
「無理だと言っただろう。本当に聞き分けのない妹だ」
堀北生徒会長の姿が見える。そこには感情の無い表情をしていた。まるで、あの時の綾小路みたいだ。それに……嫌な予感がする。
堀北生徒会長は妹の手首を掴んで、壁に押し付ける。
「お前のことが周囲に知られれば、恥をかくのは俺だ。今すぐこの学校を去れ」
「で、出来ません……。私は、絶対にAクラスに上がって見せます……!」
「愚かだな、本当に。昔のように痛い目を見ておくか?」
「兄さん――私は――」
「お前には上を目指す力も資格も無い。それを知れ」
堀北の身体がぐっと前に引かれて、宙に浮いた。待って、ここはコンクリートだ。綾小路と私が飛び出したのは同時。私は堀北がコンクリートにぶつからないようにクッションになろうとする。綾小路は腕を掴んで動きを制限した。
「――なんだ? お前は」
「あ、綾小路君!?」
「あんた、今堀北を投げ飛ばそうとしただろ。ここはコンクリだぞ。兄妹だからってやって良いことと悪いことがある」
「盗み聞きとは感心しないな」
「良いから手を離せ」
「それはこちらの台詞だ」
お互いに手を離さない綾小路と堀北生徒会長。ここで口を開いたのは――
「やめて、綾小路君……」
堀北だった。まるでお願いをしているような声で、いつもと違った。渋々、綾小路は手を離す。直後に攻撃が飛んできた。その瞬間、堀北から手が離される。私は堀北に近付いて手を掴んだ。
「こっち!」
「開道さん!?」
私は堀北を綾小路側へと無理矢理引っ張る。正直乱暴で力任せだけど許して。
「ほう、開道もいたか。それにしても良い動きだな。立て続けに避けられるとは思わなかった。それに、俺が何をしようとしたのかも、よく理解している。何か習っていたのか?」
「ピアノと書道なら」
「そうか。……ならこれは避けれるか」
綾小路に、と思ったが堀北生徒会長はこちらに向かってくる。私はすぐに動いた。私は堀北と生徒会長の間に割って入り、両腕を広げた。拳がこちらに飛んできた。
「っ、開道!」
綾小路の声が聞こえる。同時に拳が顔面の寸前で止まった。堀北生徒会長が私を睨み付けてくる。圧が物凄く、怖気づきそうになる。
「そこを退け。次は無い」
身体が震えそうになる。頭の警報が鳴り響いている。力を抜いてしまったら崩れ落ちるかもしれない。だけど――
「私を誰だと思っているの」
「なに?」
「銀河打者、開道星奈だよ」
私は、堀北生徒会長に向けて笑ってみせた。堀北生徒会長は何を考えたのか、構えを解いて私から数歩下がった。綾小路が私の前に立ったから、私も腕を降ろした。
「開道といい、お前といい、中々ユニークだな。鈴音」
「オレは堀北とは違う」
「鈴音、お前に友達が居たとはな。正直驚いた」
「彼らは……友達なんかじゃありません。ただのクラスメイトです」
「相変わらず孤高と孤独を履き違えているようだな。それからお前、綾小路、と呼ばれていたな。お前がいれば……いやお前と開道が居れば少しは面白くなりそうだ」
なんか付け加えられた感半端ないんだけど。
「上のクラスに上がりたければ、死に物狂いで足掻け。それしか方法は無い」
そう言い残して堀北生徒会長は去って行く。夜の静寂さが戻ってきた。堀北は俯いたまま動かない。どうしようと考えていると、堀北の口が動いた。
「最初から……聞いていたの?」
「半分は偶然だ。ジュース買おうとしていたら開道と遭遇してな。その後に外に行くお前が見えてさ、気になって追いかけた」
「私は夜風に当たろうとして、偶然綾小路と遭遇して、後は綾小路の言った通りだよ」
素直に話すと堀北は黙り込む。
「お前の兄さん、あれ相当強いだろ。殺気とか半端なかったし」
圧っていうか、殺気だったんだ。
「空手……5段、合気道4段だから」
私じゃ手も足も出なかっただろうなぁ。綾小路が居なかったら危なかった。
綾小路も只者じゃないね。堀北生徒会長と互角に戦っていたんだから。綾小路はピアノと茶道、書道もやっていたと言う。堀北はそんな綾小路が良く分からないみたいだ。
それから私達は寮へと歩き出す。
「あのさ……お前、本当に勉強会は良いのか?」
綾小路の言葉を聞いた堀北は会話を始める。綾小路が言うにはクラスメイトとちょっと険悪になったと言う。それに対して堀北は気にしていないや慣れているなんて返す。いや――
饒舌な綾小路と堀北は止まらない。綾小路は堀北に赤点組を救うことでデメリット、見えないマイナスを防ぐことが出来ると言う。それでも堀北は今の内に赤点組を切り捨てた方が良いと反論して、エレベーターに乗ろうとした。綾小路は堀北の手首を掴んで止めた。
こんなに必死で、高揚としているかもしれない綾小路は初めて見る。堀北は分からないけど、制止は振り切る方だと思ってた。
「オレと堀北が出会った日。バスの中での出来事は、覚えているか?」
「老人に席を譲らなかった時のことよね、それは」
へぇ、綾小路と堀北が乗っていたバスでも老人いたんだ。
「ああ、あの時、オレは老人に席を譲ることの意味を考えていた。席を譲る、譲らない。どちらが正しい答えなのか」
正解、か。あの時の私は元気だった、ただそれだけの理由で席を譲った。深くは考えなかったけど、私は――
「人は多かれ少なかれ、打算的な生き物よ。席を譲ることで社会貢献という愉悦を得る。違う?」
「いいや、間違っちゃいないさ。それが人間だと、オレもそう思う。――だから確認してみないか? ちょうどいるしな」
ん? 話の流れが変わった?
「開道、お前は老人に席を譲ったな」
その言い方からしてバスに乗ってたの!?
「どうしてだ? 堀北が言うみたいに意味は無い。義務や責任だって無い。それなのに、席を譲ったお前の考えが知りたい」
綾小路は期待を込めた目でこちらを見ている。――私は心に従って話す。
「私が、そうしたいと思ったから。そして、席を譲ったことは私にとって正解だった。席を譲って良かったと思う自分がいるんだ」
「ふっ、そうか……まぁ、こんな考えもあるってことだな」
綾小路は口角を緩める。堀北はこちらを見つめている。考えは変わらないんだろうな。考えの変化を強要するつもりもないけど。
また話が始まり、綾小路は堀北の欠点について述べる。
「お前の欠点を教えてやるよ。それはお前が、他人を足手纏いだと決め付け、最初から寄せ付けず突き放していることだ。相手を見下すその考えからこそ、お前がDクラスに落とされた決定打なんじゃないのか?」
堀北は綾小路に反論する。しかし綾小路も一歩引かず食らい付いている。この学校は学力だけを見ている訳では無いことは明らかだと綾小路は言う。茶柱先生の言葉を使ってまで。
堀北は理論を使って逃げようとする、綾小路はその後を追っているみたいだ。
そして堀北と綾小路の目が合った。堀北は綾小路の考えが概ね正しいことを認めた。
「でも腑に落ちないこともある。それは貴方の真意。貴方にとってこの学校はなんなの? なんの為にそんなに必死になって私を説得するの?」
堀北の言葉の後に綾小路は理由を語る。
「知りたいからだ、本当の実力って奴がなんなのか。平等ってのが、なんなのかを」
本当の実力と、平等ね。
「オレはその答えを探す為に、この学校に来た」
綾小路の言葉を聞いた堀北は手を差し伸べてきた。
「私は自身の為に須藤君達の面倒を見る。彼らを残すことでこれから先有利に運ぶことに期待しての打算的な考え。それでも良い?」
「安心しろ、お前がそれ以外で動くとは思ってない。その方が堀北らしいし」
「契約成立ね」
綾小路は堀北の手を取った。綾小路は凄いな、また堀北と協力することにしたなんて。ただ、私は少々気まずいんだけどね。
そんなことを知ってか知らずか、私達は部屋へと戻ろうとするのだった。
「……開道さん」
「ん? どうしたの?」
「なんであの時、前に出てくれたの。私のこと、嫌いじゃないの?」
「嫌いだよ」
これは本当のことだ。私は堀北が嫌い。
「だけど――守りたいって思っちゃったのかな。気付いたら体が動いてた」
「理解、出来ないわね」
「私も、理解出来てない。けど、後悔も無い。無理して理解しなくて良いよ。自分でも理解出来ていないことだから」
「言われなくても分かってるわ」
いつもの堀北が戻ってきたかな。部屋に戻る前にいくつか言っておこう。
「お節介だけど言っておきたいことがあるんだ」
「何かしら」
「綾小路のこと大切にしてあげて欲しい。友達だからね。それに付き合いの長さで言ったら堀北も同じくらいだから、情があると思う。だから饒舌になっていたと考えてる。あと、自分の心には素直になって欲しい。険悪な雰囲気に慣れちゃ駄目だよ」
「どうしてかしら?」
「自分の辛さを知らない人間が、相手の同じ辛さや痛みに気付けると思う? 堀北、辛さや悲しみを受け入れて。もし一人が辛かったら、不本意だけど話は聞くから」
「余計なお節介よ。……もしもその時が来たなら、聞かせて上げるわ」
「ふふっ、楽しみにしてる」
こんな会話をして堀北とは別れるのだった。