機動戦士ガンダム水星の魔女R シャディク・ゼネリの福音   作:いえるおるがP

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最終話 ルイエ・ルクゾは生きていく

………… 

 

「いやはや、化け物のような機体でしたなぁ。全員生存しているのが奇跡的だ」

「ですね。ホントに死ぬかと思いましたよ」

 ユリシーズのブリッジにて、ケナンジもグエルも上機嫌だった。あの戦いにて、ドミニコス隊の死者はいなかったのだ。ベギルペンデも五機とも損傷はしているが、大破したものは一つもなかった。

「いやいや、ご謙遜を! あの機体を攻略したのはあなたじゃないですか、ジェタークCEO!」

 ケナンジに肩を叩かれるグエル。

「しかし、勝ったのはいいが、この後どうするんだ?」

 エランがケナンジに聞く。

「どうするかはCEO次第ですが、まずは近場のフロントに立ち寄る。そこでマスメディアを通して議会連合のガンダム関係者の名簿を発表。シャディク・ゼネリを匿っている件についてもそこで言及。といったところですかね?」

「はい。ケナンジさんの言う通りにやろうと思っています」

「でしょうね。本社まで戻るとなればユリシーズでも三日はかかりますからね。議会の奴らに先を越されちゃあマズいですから」

 

「ところでCEO、シャディク・ゼネリはどちらへ?」

「あれ? さっきまでドックにいたはずだが、まだ来てないのか?」

「様子、見てきましょうか?」

「いえ、俺が行きます」

 グエルはブリッジを出た。

 

「まだここにいたのか」

 MSドックにシャディクは一人、アロンザを整備をしていた。

「ああ。こいつには世話になったからな」

「本社に戻れば予備パーツもある。今は休め」

「そうか」

 シャディクは作業を中断する。

「ブリッジで皆が待ってるぞ、英雄」

「英雄はお前だろ、ジェタークCEO」

 それを聞いたグエルは、ふっ、と笑う。

「なんかお前、人間っぽくなったな」

「そうか?」

 シャディクは、胸の内にざわめきを覚えた。

…………

 

「CEO、お時間です」

 ケナンジに促され、グエルは演台に上がる。

『今、見えました。ジェターク・ヘビー・マシーナリーの代表取締役、グエル・ジェターク氏です』

 フロントに着くとすぐに、グエルは会見を開くと通達していた。予定の時間には、山ほどマスコミが集まっていた。

 

「ジェタークCEOの、グエル・ジェタークです。お集まりいただきありがとうございます。本日の会見では、二つほど、皆さんに公表したいことがあります」

  カメラのフラッシュがあちこちで焚かれる。深く深呼吸し、グエルは口を開いていく。

「まずは、議会連合の議員から出た情報、『シャディク・ゼネリ』が当社にいるということについてですが」

 

「これは全くの嘘でございます」

 パシャパシャと、フラッシュの勢いが増す。

「議員の方が提示されていた写真の人物は、シャディク・ゼネリではありません。こちらへ」

 グエルが小さく手招きすると、脇からシャディクが現れた。

「彼が、写真に写っていた人物、ルイエ・ルクゾです」

 

「彼の容姿がシャディク・ゼネリに酷似していることは認めます。しかし、その見た目からも察せられる通り、彼の年齢は二十一。シャディク・ゼネリが生きていた場合の年齢とは異なります。彼は、私が地球へ訪問した際に出会いました。訪問地域で戦闘が始まり、お互いにそこから避難した身でした。彼は職も身寄りもないと言い、私に悩みを打ち明けてくれたのです。それを聞いた私が、その場でスカウトしたという経緯があります」

 会場はさらにざわついた。恐らく、この発言を疑っているのだろう。

「これが一つ目の公表です。二つ目の公表ですが、宇宙議会連合のスキャンダルを入手しました。こちらをご覧ください」

 

 グエルは、背面のスクリーンにいくつかの写真を映し出す。そこには、量産タイプのルブリスや、リプリチャイルドの培養室、パイロットとして実験に使われたアーシアンの写真、そのリストが表示されていた。

「これらは、昨日ドミニコス隊が入手した写真です。フロント・アウセンの小惑星基部に、禁止兵器GUND-ARMの研究施設がありました。ジェターク社はその確たる証拠品として、製造されたガンダムの一機を保管しています。その座標データを追っていただければ、施設にたどり着けるかと思います」

 ユリシーズ内のルブリスの写真を表示した。

 

「そして、こちらも研究施設内のデータから出てきたものです」

 ガンダム研究に関わった宇宙議会連合議員の名簿を表示する。会場は一気にどよめく。

「ここに記されている者は、今回の施設と関係している議会連合の議員です。ここには、前議長ノイエス・ゲイターをはじめとする、何十人もの議員の名が連なっております」

 今日一番の勢いで、フラッシュが焚かれる。議会連合とジェターク社、どちらに信用があるのか、決定づけるように。

 

「企業連合を代表して……いえ、一人の人間として言わせていただきたい。このような非人道的な活動を裏で行っていた議会が、どうして政治組織として信用できるのかと? 少なくとも、この名簿上の人物に関しては、実権を持たせるべきではないと! 思う所存であります」

 感情を抑えるため、今一度、グエルは深呼吸をする。

 

「今この場で! 宣言する! 我々ジェターク・ヘビー・マシーナリーは、この名簿に記された宇宙議会連合議員、全員の辞任、議席の剥奪を要求する!」

…………

 

「素晴らしい演説だったな、グエル」

 会見後、会場の廊下を歩きながら、シャディクは話しかける。

「後は、世の中がどちらに味方するか、だな」

 グエルは険しい顔をしている。

「俺達は地球の支援を優先している。宇宙の人間には反感を持たれているだろう」

「そうでもないさ。お前は、万人に好かれているよ」

 シャディクは目を細めて微笑む。

「議会連合解散までは時間の問題だ。俺の役目もここまでだろう」

「……? シャディク?」

「もとよりそういう約束だろ? 議会連合を潰せれば、俺の目的は達成される」

「いや、まだだ。まだ議会連合は解散するとは決まっていない」

 シャディクは目を見開き、グエルを見る。

「…………そうか。じゃあ、もう少しだけここに居よう」

 

…………

 

 一カ月後。ジェターク社の会見後、初めての宇宙議会が開かれた。

『グエル・ジェターク氏の会見以降、ガンダム研究に関与していた者の議席を剥奪せよという声が、あちこちで散見されています。これについて、議会における議席の剥奪を実行する流れとなったことを報告いたします』

 グエルの訴えは世の人の意識を動かし、議会連合への不信感を煽った。無論、全人類がそうであったわけではない。シャディク・ゼネリを匿うジェターク社の陰謀だとする者もいた。しかし、宇宙、地球の双方において、ジェターク社の味方をする勢力が多かった。

 

『しかし、議会連合における彼らの割合は、全議員の三割に満たないものであり、法に則り議会連合は解散の義務は無し。討議の結果、引き続き政府機関として存続することとなります。これにて本日の議題を終了いたします』

 

 ガンダム研究と関わった議員の人数は、それほど多くなかった。タカ派の人間全てが関わっていたわけではなかったのだ。ただ、倫理的に問題のある世間からの反感を得られれば、解散も余儀なくされるだろう、というのが前向きな見立てだった。

 しかし、結果的には、後ろ向きな見立てが的中した。議会連合は解散しない。

「解散、とまではいかなかったか」

 グエルは顔をしかめる。

「残念だ。スキャンダルだけでは、議会の信用は落ちないか」

 シャディクはうつむき、部屋を出ていった。

「おい、ルイエ!」

 グエルもすぐにその後を追う。

 

 

 

「ルイエ! 待て!」

 走っていくシャディクを追っていると、MSドックにたどり着いた。シャディクは、アロンザのコックピットへ乗り込んでいる。

「ルイエ! 何をするつもりだ!?」

「議会連合が解散しないのなら、この手で壊す!」

「そんなことをしてどうする!? お前はまた犯罪者になるぞ!!」

「やはり体制を変えるのは力だ! アロンザで議会連合を襲撃し、解散せざるを得ない状況を作る!」

「おい、ルイエ!!」

 しかし、生身のグエルがMSにできることはなく、アロンザは出ていってしまった。

 

「グエル先輩、今のシャディク先輩っすか!?」

 偶然、同じドックにいたフェルシー。

「そうだ! 議会連合を直接攻撃する! 帰らない気だ!」

 グエルも端的に伝える。

「わかりました! 私が行きます!」

 フェルシーはトリニダンテのコックピットに乗る。

「待てフェルシー! トリニダンテは今、ビットが無い!」

「待てないっすよ! フェルシー・ロロ出ます!」

 グエルの言うことを無視し、トリニダンテも発進した。

 

「このまま月面周辺に同胞を集めれば……」

 月へ向けて進んでいくシャディク。しかし、フロントからまださほど離れていない宙域にて、すぐにレーダーが反応する。

「白い機体……トリニダンテ、グエルか」

 アロンザは向きを変え、臨戦態勢を取った。通信が入る。

 

「シャディク先輩!! 帰ってきてください!」

「なにっ!? グエルじゃない!?」

 声の主は、グエルではなくフェルシーだった。

 

「先輩、議会連合を攻撃するんすか! ダメっすよ、そんなことしちゃ!」

「止めるな、フェルシー! いずれ誰かがやらねばならないこと! いや、誰かがやることだ!」

 そう言いながら、ライフルの銃口をトリニダンテへと向けるシャディク。

「これ以上近づくなら撃つ!」

 シャディクはフェルシーに言い放つ。

「撃つなら撃ってもいい! でも、私は止まらないっすよ!」

 左手をこちらへと差し伸ばしながら、近づいてくるトリニダンテ。その白い姿を見た時、シャディクはあの機体を連想していた。

 

「ミカエリス……?」

 

 意図せず呟いてしまった。なぜそう思ったのかはわからなかった。だが、ふと学園の頃の記憶が蘇る。ホルダー制度がまだあり、決闘でミオリネを賭けてガンダムと戦った時のこと。勝たなくて良かった、勝たない方が良かった一戦だったはずが、思わず勝ちたいと望んでしまったこと。ミカエリスのコックピットに乗り込んだ時の、表には出さなかった高揚感。一人怒りで戦ってきた中に、違う感情が混在していた。しかし、なぜ今になってこんなことを思い出すのだろうか。あの頃の日々など、ただの遊びではないか。シャディクは、己の心を押し留めた。

 

「くっ……警告はしたぞ!」

 シャディクは力みながら引き金を引く。アロンザはビームライフルを撃ち始める。

「うわあああああ!!」

 トリニダンテは回避するも、避けきれず被弾した。足、肩、胴体、次々と当たっていく。しかし、スラスターを畳む気はないらしく、そのままのスピードでアロンザへと向かっていく。

 

「な、なぜだ!? なぜお前がそこまでする!?」

 アロンザの手が止まる。迫りくるフェルシーに対し、シャディクは敵意ではなく疑問や恐怖を抱いていた。

 

「決まってるっす! シャディク先輩に生きていて欲しいからです!!」

「なっ、なんだと……!?」

 予想外の答えに驚き、硬直しているシャディク。

 

『生きていて欲しい』。なんて言葉を、今までかけられたことがあっただろうか。

 

 シャディクはこの言葉に光を感じた。

 

 しかし、同時に沸き起こる闇。今までの人生、地球での日々、人々の期待。一人の人間が背覆うには、積み上げた物が重過ぎた。それが一気に噴出する。

 

「お前に……お前に何がわかる!? ただジェタークの人間として生きてるだけのお前に、俺のなにが!!?」

 怒りとして表出したシャディク。その言葉に対し、フェルシーは叫んだ。

 

「わかんないっすよ!! グエル先輩も、シャディク先輩も! みんな話してくれないんですから!! なんでみんなして一人で抱えてるんすかぁ!?」

 

 『話してくれない』……またしても驚かされ、シャディクは怯んでしまう。

 

「シャディク先輩は! シャディク先輩はなんでこんなことするんすか……?」

 フェルシーはしおらしく聞いてくる。勢いに押され、シャディクも答える。

「誰かがやらねばならないことだ。俺は地球の民を解放したい」

 不思議と、そう答えた時に彼は冷静だった。

「でも、そうだとしても、シャディク先輩が議会を攻撃すれば! また捕まっちゃうじゃないっすか!」

「ああ。だが、それが一番だ。一度は犯罪者となった身。今さら何をしようと死で償うだけだ!」

「そんなのダメです!!」

 フェルシーは、泣き出しそうにも聞こえる声で叫ぶ。

「シャディク先輩は、これから長生きするんすよ!! ジェターク社の一員として、長く働いて、幸せな時間を過ごすんですよ!!」

 

「な、なんでそんなことをお前が……?」

 あまりに叫ぶ彼女に、シャディクは困惑していた。

 

「シャディク先輩は、つらい思いをし過ぎっす! もっと、普通の生き方をして欲しいんですよ……!」

「普通の、生き方だと……?」

「そうっす! 普通に働いて、普通に遊んで! それから、おいしいもの食べて、みんなで苦労して! そうやって生きるべきです!」

 

 普通に働いて、普通に遊んで。

 昔はそんな言葉すら知らなかった。

 

 しかし、今は知っている。

 学園生活を生きて。生き返ってジェタークに雇われて。

 

 だが、その幸せを、かつては拒絶した。使命と理想のために。

 

「そんなことは、俺の……俺の望んだことじゃない!」

 

「シャディク先輩が望んでなくても、私が望んでるんです! グエル先輩も、他のジェタークのみんなも、同じ気持ちですよ!!」

 

 トリニダンテの手が、アロンザに届いた。

 

 どんな言葉を投げても、こちらに投げ返してくる彼女。次第に、どう言えば諦めてもらえるかわからなくなり、どうしようもなくなり、けれど、それ自体を望んでいたような感覚もあり。シャディクは抵抗をやめた。

 

「帰りましょう? シャディク先輩!」

 トリニダンテがアロンザの手を引き、フロントの方角へと戻っていく。

 

「やけに熱弁するじゃないか、フェルシー」

 ふと、他から通信が入る。グエルの声だ。

「えっ!? グエル先輩!? いつから聞いてたんすかぁ!?」

「最初からだ。お前が解放回線で通信してたんだろうが」

「あっ! そ、それは……ぬあーっ!! なんでいっつも締まらないんすか私はぁ!?」

 頭を抱え悶えるフェルシー。

 

「とにかく、ルイエも戻ってこい。お前に伝えたいことがある」

 グエルの言葉を聞き、うっすらと笑みを浮かべるシャディク。その顔は、幸せを味わっているようにも、何かを諦めたようにも見えた。

 

「……わかった。帰るよ」 

 

……

 

「ルイエ・ルクゾ。お前に一つ命令する」

 グエルに連れられ、シャディクは社長室に戻されていた。そのグエルに人差し指を向けられた。

 

「お前はもう充分頑張った! だから、何もするな!」

「な、何もするな……?」

 突然の命令の困惑するシャディク。

「そうだ! 後は、お前以外の人を信じろ!」

「何かしなければ世の中は変わらんと、思い知らされたばかりだろう!?」

 議会連合が解散にならなかったことを思い出し、反論するシャディク。

「大丈夫だ、手は打ってある」

 安心させるように、グエルは笑顔になる。

「議会連合の解散はできないが、この状況を解決し得る一手だ」

…………

 

 翌日の終業後。シャディクは再び社長室に呼び出された。

「急で悪いが、これを見ろ」

「なんだ? ……会見の動画? 企業連合の?」

 グエルが見せてくる端末の画面を覗く。映像内の会見会場には、ジェターク社の時より多くの記者が集まっている。やがて、演台に上る人物が現れた。

 

「あ……あぁ……」

 その姿を見て、シャディクは震えていた。

 

『お集まりいただきありがとうございます。株式会社ガンダム代表取締役、企業連合理事のミオリネ・レンブランです』

 

 演台に上がった人物は、ミオリネだった。

 

『本日ご報告させていただくことは二つあります。先のジェターク社の公表を受け、議会連合の対処がありました。三割に満たない数の議員が席を外されたことになりますが、このまま存続することが決定しました。しかし、世論では、宇宙議会連合への不信感が募っていることもあり、新たな暴動の火種となることを、宇宙の方々も不安視している状況にあります』

 

『そこで、私達の方から提案させていただきたいことがあります。地球にも、独立した政府機関を設立したいのです。既に、政府機関設立を訴える署名活動は済ませてあり、議会連合はこの議題を討議する義務があります』

 ミオリネは、何万人の名前が載っていた紙を記者たちへ提示した。

「独立した政府機関だと……? そんなもの、急に認められるはずが……」

 シャディクは、動揺していた。諦観と期待が、彼の心に渦巻いていた。

 

『もう一つのご報告としまして、企業連合理事で話し合い、私達の総利益の半分を予算として地球に譲渡したいと考えています』

「総資産の半分を、譲渡!? なにを考えてる、ミオリネ……?」

十年前も、ベネリットグループは全資産を地球へ売り渡したが、それは議会連合からの攻撃を止めるためでもあった。しかし、今度は違う。危機的状況にないのにも関わらず、資産を渡すと彼女は言っている。

 

『それをどのように使うかは、地球の方々で話し合って決めていただきたいのです。政府設立のための費用としてもお使いいただきたいと思っていますが、地球に住む方々へ委ねたいと思います』

『改めて、議会連合には地球の政府機関設立を訴えかけることを宣言します。これにて会見を終了とさせていただきます』

 ミオリネが退場し、動画が終わった。

 

「無茶苦茶なことをするね、彼女は」

 会見を見終えたシャディクは、笑みを浮かべていた。

「既にいくつかのスポンサーには打ち切られてしまった。が、株主にも概ね賛同が得られたのは本当によかった」

「下地は着々と作っていたわけか」

「地球への理解を深めるのに、これだけかかったがな」

 シャディクは目を瞑り、頭を下げる。

「すまなかった、グエル。お前達を信じることにするよ」

 そう言った彼は、どこか悲しげに見えた。

 

「これで俺の計画は終了。用済みだ。お別れだな、グエル」

 

 部屋を出ようとする彼に、グエルは言う。

「ルイエ、お前はうちの社員だ」

 それを聞いたシャディクは足を止めた。

「ん? ああ、そうだったな。だが、それももう終わりだ」

「いや、終わらない。お前はまだ、ルイエ・ルクゾだ」

 グエルの発言に、シャディクも顔をしかめる。

「どういう意味だ?」

「お前はもう、シャディク・ゼネリじゃない」

 

「誰かのため、何かのために、その名前を背負う生き方はもうするな」

「なんだと?」

「お前はもう、一人の人間だ。ルイエ・ルクゾ、ただの青年として生きろ」

 ルイエは、目を丸くしていた。

 

「お前は、いや俺もか。お互い、一人の人間としては背負い過ぎたんだ。せっかく生き返っても、また背負おうとしている」

 

「そんな生き方は、もう必要ない。お前はお前として、幸せになればいい」

 グエルは優しく笑みを向けるが、ルイエはまだ困惑していた。

「しかし、俺は……」

 戸惑う彼に、グエルは提案する。

「お前に会わせたい人がいる。来週、地球に降りるぞ」

…………

 

「ここだ」

 グエルとシャディクは、地球のクイン・ハーバー近くにある、小さな建物に来ていた。

「グエル、会わせたい人って、誰なんだ?」

「すぐにわかるさ」

 そう言ったのと同時に、小屋の扉が開く。

「シャディク、ずっとあなたを待っていたよ」

「えっ……君は」

 出てきたのは、よく知る紫色の髪と、鋭い目付きの女性だった。

 

「おかえり、シャディク」

「サビーナ……!」

 

 思わず、彼女の腕を掴むルイエ。彼女も、彼に掴み返した。

「生きて、いるんだな、サビーナ」

「ああ。シャディクの方こそ、よく生き返ったな」

 穏やかな笑みを浮かべる彼女。

「イリーシャやレネ達は?」

「今は休暇を楽しんでいる。夜までには戻ってくるが、その前に」

 サビーナは扉の奥をへとルイエを連れていく。小屋の中にいたのは、またしてもよく知る人物だった。

 

「えっ……シャディ、ク……」

 

 綺麗な白い髪を揺らし、目を見開く彼女に、ルイエも思わず震えていた。平静を装って話を始める。

「やあ、久しぶりだね。ミオリネ」

「あぁ…………!!」

 その言葉を聞き、ミオリネは涙を流した。

「ごめんなさい……! 私、あなたのために、何も、できなくて…………!」

「わかってるよ、ミオリネ。君が色々と話を付けてくれたのは。おかげで少し、人生が伸びた。それに、君の会社の技術が、俺を生き返らせてくれた」

 泣いている彼女を見て、胸をくすぐられたような感覚が走り、笑みがこぼれる。

「ありがとう、ミオリネ。俺を助けてくれて」

「うん……! ごめん、ごめんなさい……!」

 

「あっ! グエルさ~ん!」

「えっ!? ホントだ、おーい、グエル!」

 小屋の外にいたグエルへ駆け寄ってきたのは、赤髪の女性と金髪の青年だった。

「久しぶりだな、スレッタ、セド」

 

「議会連合のこと、聞きましたよ。大変なことになりましたね」

「そうだよ! 議会連合に喧嘩売ってさ!」

「ああ、色々あったよ。ガンダムとの戦闘で死にかけた」

「えぇっ!? 戦ったんですか!?」

「まあな。色々あってさ」

 ジェターク社の近況は、地球の人間にも知れ渡っていたようだ。

「セドも学校の先生になるんだってな?」

「そう! 今はスレッタさんの手伝いしてるんだ! 最近のガキどもはエネルギッシュで疲れるんだよな~」

「あはは! 頼りになる先生ですよ!」

「そうか」

 グエルも、彼らの現状を聞いて嬉しくなった。

「じゃあ俺、そろそろ帰ります! 俺がいない方が仲良くやれていいだろうし! ニッシシ!」

「あっこら! もう、からかって~」

 そう言いながら、笑みを浮かべるスレッタ。セドは走って帰っていった。グエルとスレッタは、二人きりになった。

 

「…………なあ、スレッタ」

「なんでしょう?」

 

「俺達のやったことは正しかったのかな……」

「どうしてですか?」

「議会連合は解散されず、地球での政府組織も設立できるかわからない。その上、今回の出来事でガンダムのパイロットは何人か殺してしまった」

「それは仕方ないですよ。一人でどうこうできる問題じゃありません」

「それに、自分の社員の幸せより、政治を優先したんだ。社長としては失格だよな……って」

 彼らしくない卑屈な態度に、スレッタも考え込む。

「うーん……正しいって言えるのかは、わかりません。でも」

「でも?」

「間違ってもいいんじゃないでしょうか? 生きてれば間違うこともあるって、ミオリネさんも言ってました」

 

「…………ああ、そうだな。間違ってもいい、か」

「それに、間違いかどうか決めるのは、今じゃないんです」

「今じゃない?」

「時間が経って、未来になって、ようやく見えてきます。あの時のことが、正しかったかどうか」

 

「それに、逃げれば一つ、進めば二つ。シャディクさんも、二つ、手に入ったんじゃないでしょうか」

「ああ、それは間違いないな」

 

 

「……そう。ホント、色々あったのね」

「ああ。短い間だが、色んな事が変わったよ。俺も、ジェタークの社員だしね」

「想像つかないわね。アンタがグエルの言うこと聞いてるとこ」

「だろ?」

 談笑するルイエとミオリネ。夕焼けに照らされた二人の表情は、とても穏やかだった。

 

「だが、何より変わったのは、俺の心かもしれない」

「心?」

「生まれてきてよかったと、初めて思えたんだ。ジェタークの人間も、好きになった。地球の命運を背負わなくていいって思った時、変わらざるを得なかったんだろう。……話がまとまらないな」

 上手く言えず、ルイエは頭に手をやる。

 

「それだけ、あんたにとって衝撃だったのね」

「すまない、ミオリネ。本物のシャディク・ゼネリなら、こんなことも無かっただろう。君に会う時は、彼として会うつもりだったのに。もう、俺はシャディクから逸脱してしまったのか……」

 自分で言いながら、ショックを受けるルイエ。

「シャディクであろうルイエだろうと、アンタはアンタよ。会えただけで嬉しい」

「そうか? そういうもんかな?」

「そういうもんよ」

「……学生だった頃も、感じていたけれどわからなかったことが多かったんだな、俺は」

「私も、あの頃は言えなかった。素直に感謝を伝えることすら、できなかった」

 ミオリネの言葉を聞き、ルイエは彼女の父親を連想した。

 

「そういえば、お父さんはどうなったんだ?」

 

「……亡くなったわ」

「え?」

 驚いて、ルイエは固まった。

 

「四年前、病気でね。結局、ベネリット元総裁として責任を追及されてたけど、晩年は入院しながら落ち着いて過ごしてた」

「そ、そうか。すまない、嫌なことを聞いて」

「いいわ。父さんのことは、もう自分の中で済んだから」

 つらい話題でも笑顔を向けるミオリネ。彼女のことを他所に、ルイエは一つのことを考えていた。

「なあ、ミオリネ。聞きたいことがあるんだ」

「何?」

 

「サリウス・ゼネリは、今どうしている?」

 

「グラスレーのCEOは降りてる。最近入院したって聞いたわ」

「そうか……」

「生きてるうちに会いなさい。死んでからじゃ、言いたいことも言えない」

「君がそんなことを言うなんてね」

「人は変わってくってことね。アンタも、私も」

「ああ、そうだね。君と話せて良かったよ」

 

…………

 

 とあるフロントの病院。

 

 その一室に入院している一人は、かつては栄えていた会社のトップであったが、今は他の者にその座を譲っていた。血のつながった家族はいなかったが、唯一いた本来の後継ぎは、もうこの世にいない。

 

 そんな彼も、年に寄る波には勝てず、病気を患い入院生活を送っていた。

 

 一人余生を過ごす彼に、今日、面会人が来た。

 

「失礼します。お久しぶりです、父さん」

 そこに立っていたのは、亡くなったはずの息子だった。

 

「ずいぶんと、遅いお見舞いだな」

「ええ。色々とありまして」

「まあいい。後で聞かせてもらおう。 ……よく来たな、シャディク」

 もう会えないと思っていたため、この再会に笑顔が出てしまう。

 

「いいえ。今の私はルイエ・ルクゾ。シャディク・ゼネリとは無関係です」

「そうか……そうなのだな」

 名付けた名前を否定され、寂しい顔になる。

 

「あの名は捨てたけど、今だけは、あなたの息子でいたい」

 その言葉に、目を見開いた。

 

「サリウス・ゼネリ。十年前は申し訳ありません。あなたの期待を裏切り、恩を仇で返した。それと……」

 

「ありがとう、父さん。俺を、シャディクを、育ててくれて」

 

 ここ何十年、流すことのなかったものが溢れた。

 

「泣いてるのか? らしくないな、父さん」

「馬鹿息子が……それを言われて泣かぬ親などおらんよ」

「…………そうか。今はジェタークで働いてるのか」

「はい。まだ一年も経ってないけどね」

「最初は誰でもそうだ。案外、CEOになっていたりするかもしれんな」

「ははっ、まさか。その座はずっとグエルに預けておくさ」

 

「父さん、俺、今が一番楽しいよ」

「うむ……失った時間が、帰ってきたのだな」

「そうだね。学生に戻ったみたいだ

 

「また、会いに来るね」

「ああ。待っているぞ」

 

 

 

…………

 

 

 A.S. 132――

 数多の企業が宇宙へ進出し、巨大な経済圏を構築する時代。

 

 モビルスーツ産業の大手企業「ジェターク・ヘビー・マシーナリー」。

 ここに、地球の廃墟の多い地域から、一人の若者が編入してきた。

 

「ルイエ、我が社の新たな商品はどうだ?」

「……ディランザ以外の量産機の整備は久しぶりでしたが、上手く仕上がってます」

「うちの次の目玉商品だ。大切に乗ってくれ」

「わかりました」

 

「ルイエ」

「はい?」

 

「終わったら社長室に来い。久しぶりに飲もう」

「ああ。たのしみにしているよ」

 

 名は、ルイエ・ルクゾ。

 光に洗われ無垢に染まった青年は、一歩ずつ、新たな世界を歩んでいく。

 

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