忘れ雪は春を待つ   作:ふみどり

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 誇張でもなければ贔屓目でもない、純然たる事実がある。この本丸の主は顔が良い。

 豊前江が戦場にて自身を振るうようになってひと月ほど。出陣・遠征・内番のサイクルも問題なくまわり、新刃を含めた本丸での生活が「日常」になり始めた。「柊」の紋を掲げる当本丸では、このタイミングでひとつのノルマをこなすことをルールとしている。演練である。

 本来ならば演練は日常的に審神者に課されるノルマのひとつであり、必須とは言わずとも出来る限りの参加が義務づけられているが、「柊」の審神者が参加をすることはかなり少ない。彼が演練に参加をするのは自身の本丸に新しい刀剣男士が顕現し、ある程度ひとの身に慣れた段階、「演練」という言葉が何を指すのかを教えるときのみ。

 職務に対して非常に真面目な審神者が何故演練にだけは消極的なのか。そこで話は冒頭に戻る。

 この本丸の主は顔が良い。月のような繊細さや宝石のような華やかさはないが、完璧に整えられた数学的な顔の良さとでも言うのだろうか。この完全に調和のとれた外見は、周囲へ「彼は新しい刀剣男士に違いない」という誤解を振りまき、「あの刀剣男士は何者だ」「いつ実装されるのか」という問い合わせで時の政府の審神者専用窓口をパンクさせたという笑えない実績を誇っている。

 そうでなくともこの外見のために苦労を重ねてきた審神者は、ノルマっつっても必須じゃねーんだろ、とキレた。「ほかのノルマは完遂してやる」「けど俺が顔をさらしまくることによって発生するあらゆる騒動について俺は一切の責任をとらない」「出ろっつったそっちの責任だろ、何が起こったとしてもだ」「それでも俺に演練に出ろってんならてめえの首を賭ける覚悟をしろよ」という内容を丁寧にオブラートで梱包して伝えたところ、時の政府は即座に「出たいときだけでいいよ!」と白旗をあげた。

 お偉いさんが諦めるってどんだけ、と話を聞いたときは思ったものだが、演練場に足を踏み入れた豊前は即座にその甘すぎる考えを斬り捨てた。

 亜空間を繋ぐ門を跨ぎ、見知らぬ気配がわんさと溢れる空間を物珍しく見回したのもつかの間、豊前の後ろで同じように彼の主が演練場に姿を現した途端に感じたのはーー好奇という言葉では生温いほどの視線、視線、視線。

 それはまるで蚊柱に顔を突っ込んだときのような。

 審神者の職務を果たしに現れた主を、ただの見世物として扱う無遠慮さ。

 言い様のない不快感。つい、腰に帯びた自身に手が伸びる。それを押しとどめたのは、小さいながらも逆らうことを許さぬ手。

「ダメだよ豊前さん」

「……乱、」

「うん、気持ちはすっごくわかる。……けど、主さんが困っちゃうから」

 柊の審神者が初めて鍛えた刀は、本丸でも随一の練度を誇る。ぴくりとも動かせない腕に、豊前も冷静さを取り戻さざるを得ない。

 豊前が小さく息をつくと、乱はにこりと笑って手を放した。

「……毎回これか?」

「そうだね、いつもこんな感じ」

 ちらりと豊前は背後に視線をやる。いつもの穏やかな空気はどこへやら、能面のような顔を貼り付けた審神者は、正面を見ているようでどこにも焦点をあわせまいとしているようだった。そんな彼を護るように傍らにはじまりの刀が控え、何気なく傍に立つ薬研藤四郎やにっかり青江、日本号もまた、微かな微笑みを讃えているようで眼は少しも笑っていない。

 出陣のときより殺気立ってんな、と豊前は視線を前に戻す。相変わらず好奇の視線があまりにもうるさい。

 うつくしいものに見惚れる視線ならば豊前とて覚えはある。だが、この視線はどこか違った。

 無遠慮ながら、好意的な視線ではある。柊の審神者をちらちら見てはきゃっきゃとはしゃぐような声も聞こえる。幼いとは思うが、その反応を不快とまでは言うまい。少なくともこの不快感の源はそれではなかった。

 うつくしいと眺めつつ、彼という人間を尊ぶことはしない。

 目の保養だと言いながら、疑いをもって一挙一動を見張っている。

 まるで身分の高い者が低い者を値踏みするような。同じ人間だと認めていないような。芸をする猿にすごいすごいと手を叩くように、柊の審神者の美しさに目を細める。

 そんな視線を寄越すのは、他の審神者か、あるいは政府の役人か。豊前からすればどちらでも良い。己が主と掲げた者を嘲る敵。斬ることはできないとわかりつつも、どいつだ、と五感を研ぎ澄ませた。

 鋼の身ながら人の子より遙かに優れた聴覚が「敵」の囁きを捉える。

「……ああ、あいつだろ?」

「よく政府も信用するよな、いくら霊力があるからって」

「刀剣男士と並ぶくらい格好いいけど……」

「ーーエダ、なんだよね」

 柊の紋をもつ審神者を指し、「エダ」と。

 豊前にその意味はわからなかったが、良い意味でないことだけは明らかだった。

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