※前話と同様、香澄視点です。
夕焼けが眩しい学校からの帰り道を、あたしは1人で歩いていました。
校長先生のお話を聞いたり、先輩のお話を聞いたり、担任の先生のお話を聞いたり、クラスのみんなで順番に自己紹介したり……。
そんなこんなで目を回していたら、気がついたら、こんな時間になっていました。
当然、一緒に帰る人もいないので、あたしは今、1人です。
なぜか湖織雪菜さんが──毎回これだと長いので、これからは湖織さんと呼びますが……湖織さんが、「あんた、どうせ一緒に帰る人とかいないんでしょ?」と突然事実という言葉のナイフで切りつけてきたので、どうしていいか分からず、硬直した後、我に返って逃亡してしまったり……といったアクシデントこそありましたが、おおよそ中学時代と何ら変わらない日常と言える光景です。
高校自体はお家の割と近くにありまして、充分歩いて帰宅できる範囲です。
あたしなんかでも推薦で行けると聞いた時は、どんな無法地帯に放り込まれるものかと戦々恐々としたものですが、今のところは至って平和で。もはやこれは、順風満帆なスタートダッシュとさえ言えるはずです。
隣の人は怖いですが、それ以外は視界良好なあたしの高校生活という未来絵図を頭の中で広げ、それと同時に少しだけ、アスファルトから目線を上げます。
──その先には、ちょうど車のヘッドライトがあって、その、容赦なくあたしの目を焼きました。眩しいです……。
しかしあたしは目を細めながらも歩きます。
そして、歩いて。
あたしは自宅を素通りしました。
……そうして、さらに進んだ先に、その『お店』はありました。
『カードショップ・ミラージュ』
今日から週に何日かお世話になる、バイト先です。
まあ、バイト先とは言っても店長さんはあたしの親と昔からの知り合いだそうなので、そう畏まることはない、と言われていますが。
しかし、緊張する気持ちは拭いきれません。
少しばかり過保護な気質のある母は、「……どうしても無理そうなら、行かずに帰ってきてもいいのよ」と言ってくれていますが、今日のあたしは一味違うのです。
高校が怖いところだったらそれも視野でしたが、今のあたしに怖いことは、思っていたほどは、ありませんでしたから。
……。
……さて、あたしがこの『カードショップ・ミラージュ』へと足を踏み入れる前に。
少しばかり説明が必要だったりするのではないでしょうか。
すなわち、『カードショップ』とは。
カードとは『魔法のような何かによって生み出される』ものであるはずなのに、なぜそれを売り買いすると思われるような場所があるのか……それは、『世界中の人間が誰しもカードを生み出せるわけではないから』です。
例えばのお話です。
──湖織さんの試合を見て、『ファントムビルド』に憧れを持った人がいたとします。
しかし、その人は『ソーサラー』としての素質が無かったとします。
……そうしたら、どうでしょう。
その人は、どうすることもできないわけです。
そんな悲しい出来事を減らすべく生まれたのが、この世界の『カードショップ』であり、『イミテーション・ファントムビルド』と呼ばれる文化です。
『イミテーション・ファントムビルド』とは、有名なソーサラーのデッキを、何と紙へと印刷し、ランダムに何枚かのセットに分けて、そのセット……『カードパック』を、販売しているのです。
パックを剥いたり、『カードショップ』で足りないカードを購入したりすることで、ソーサラーでなくても、『デッキ』が完成します。
まあ、そうやって完成する『デッキ』は、あくまで紙に印刷されたものでしかないので、本物のように宙に浮かんだり、エンティティなどが立体的な幻影として浮かび上がったりということがなく、大分物足りない部分はあるのですが……。
しかし、実際、『ファントムビルド』ができない人にとっては、充分にありがたいものではあります。
あたしも昔、これを利用して両親と『バトル』したことがあります。
……もっとも、あまりにも肌に合わない感じがして、以降やったことがないので、説得力のない言葉に聞こえてしまうかも知れませんが……しかし、好きな人は相当に好きなのだそうです。
何を隠そう、あたしの学費の何割かは、あたしが『全国大会』で披露した【遊星の魔法少女】デッキのイミテーションが稼いでくれたものなのです。
……ちなみにこの件について、両親には「貯めておきなさい」と反対されたのですが、無理やり押し通して、『半分だけ学費に使う』という形で着地しました。
残りの半分は、今は貯金に回しています。
バイトをする目的は、気兼ねなく使えるお金を手に入れるため……と、社会勉強的なやつです。
少なくとも、履歴書にはそう書きました。
さて、説明は以上で大丈夫でしょうか……?
とりあえず、あたしはその『カードショップ・ミラージュ』の扉を開けて、その中へと足を踏み入れました。
「いらっしゃいませ……あら、ちゃんと来られたのですね。よかったです、香澄さん。今日から、よろしくお願いしますね」
カウンターの奥から声をかけてきたのは、髪の長い女性でした。
胸元の名札を見ると、どうやら店長さんのようです。
そういえば、面接の時にお話ししたような……?
ううん、ごめんなさい。
よく覚えていません……。
閑古鳥が鳴いている、と言った表現をしてもおおよそ間違いではなさそうな状態でしたので、少しばかり気まずい気持ちもありましたが、とにかく、あたしは今、一歩を踏み出したのです。
……。
……実際に、ショップの制服を身につけてカウンターに立ってみると、最初の印象が誤りだったということに気が付きました。
というのも、あたしが来た時はたまたま人がいなかっただけで、二、三十分も経った頃には、それなりに人が入ってきていたのです。
お客さんの多くは、『イミテーション』を買いに来た人たちでした。
……しかし、一方で意外なことに、ソーサラーの人も『イミテーション』を買っていました。
「あ、あの……すみません、店長さん」
「……店長、でいいですよ。それで、何かわからないことでもありましたか?」
「あ、えっと、はい。その、どうして、ソーサラーの人も『イミテーション』を買っていくのでしょうか、ということが気になりまして……」
「……。なるほど。質問を返すようですが、もしかして、あの方のことですか?」
店長さんの……店長の視線の先には、つい先ほど『イミテーション』を買って行った、ソーサラーの人がいました。
「あ、はい。えっと、そうです」
「ふむ、なるほど。あの方はよくここに来て『イミテーション』をお買い上げになる方でして……以前私もお聞きしたことがあります。そうですね、彼曰く、ソーサラーが『イミテーション』を買う意味は、主に二つあるそうです」
……店長さんに教えてもらってようやく分かったのですが、あれはつまり『研究用』と『コレクション用』なのだそうです。
デッキの内容が知られているのは、『イミテーション』が出ているのは、有名なソーサラー……つまり、ある程度実力があると認められている人たちなのです。
ですので、そう言った人たちを『相手にする』ことを想定するようなことがあるのであれば、実際にそのデッキを手に取ったり、誰かに実際に使用してみてもらったり……ということをするのが効率が良いのだとか。
──まあ、もし対戦することを想定しないにしても、ソーサラーが有名なソーサラーに対して憧れを抱くことは少なくないそうなので。
そういう、いわゆる『ファングッズ』として、『イミテーション』を収集している人も、少なくはないのだとか。
最近、というほど最近ではないようですが、新しく販売されたものとして、《遊星の魔法少女》デッキと《旅立ちの始点》デッキ、《氷晶の銀世界》デッキは、そこそこに注目されているようです。
《遊星の魔法少女》デッキは、言わずもがなあたしのデッキの一つです。
……《旅立ちの始点》は、『全国大会』で準優勝していた、『夢園有栖』さん、という方が使っていたデッキで、《氷晶の銀世界》は、本日クラスメイトになった『湖織雪菜』さんのデッキで間違いありません。
あたしのデッキはひとまずどうでもいいとして、お二方のデッキは少し気になるので、お金が集まったら、コレクション的なものとして、こっそり買い揃えてみたいです。
──と、まあそんな感じで、それなりに忙しさは感じつつも、比較的ゆったりと、あたしの初めてのバイトの時間は、進んでいったのでした。