※月城(姉)視点です。
研究所内部。
──正面に立つ人影が、振り返る。
「……久しぶりだな。確か今は、教師をやってるんだったな。──月城先生?」
妹に対して、私は少々の皮肉を込めて声をかける。
「……ああ、そうだ。どこで知ったのかは知らないが、確かに私は今は教師をやっている。……なあ。少しだけ、話をしないか」
複雑そうな表情を浮かべながら発せられた、その言葉に。
「──断る」
私が、肩をすくめて静かに拒否すると。
「……そうか。残念だ」
──彼女の呟きの後。
視界が、一瞬にして白に染まり。
……少しの間を置いて。
耳が壊れるかのような爆音が、轟いた。
──遅れて、認識が追いつく。
閃光の正体。それは、雷だった。
「……強硬手段か。そういうのは、嫌いじゃない」
……視界が戻ると。彼女の頭上の辺りに。
室内であるにもかかわらず、黒雲のようなものが漂っていた。
そして。
……その雲と、私の間。
射線上とも言える位置に。
床の辺りから生えた、私たちの背丈ほどもある大きさの鮫の背びれが。
──壁となるように、遮っていた。
……これは、私たちの。
未だ公表していない研究成果のひとつによって、もたらされている現象だ。
──具体的に言えば、雷雲や鮫は『カードの精霊』と呼称される存在を呼び出しているに過ぎないが。
それらが、物理的な影響を及ぼしているかのように振る舞っていることに関して。……私たちの創り出した技術が、関わっている。
ソーサラーが、カードバトル……『ファントムビルド』を、行う際。
通常の……物理的な手段では観測すら困難な、特殊な力場が生成される。
その力場の内部で。
『ファントムビルド』は、幻影同士の戦いとして顕現する。
幻影だから、当然……というのも変な話だが。ともかく、それらは物理的な影響力を有さない。
だから、どれだけの化け物をカードの力で顕現させたとしても。
……そして、その化け物でソーサラー、つまり、生身の人間を攻撃したとしても。
──『体力』という数値が減少するだけで、物理的な変化は、特に何も起こらない。
ただ。
……『ファントムビルド』によって、物理的な影響が生じる瞬間は、ある。
それは、バトルが終わった時。
……力場が消失し、幻影が消えた時に。
バトルに負けたソーサラーは、「疲労」という形で物理的な影響を受ける。
これは、おそらく。
幻影を発生させ、維持し、そしてそれらを戦わせることにはある程度のエネルギーを要するもの……と考えれば、ある程度辻褄が合う。
負けた方が、そのバトルの中で必要となったエネルギーをまとめて支払う……というような。
──そのような『ルール』が、存在している。……と。そういう考えだ。
……それで、話を戻す。
つまり、今起こった現象について。
これは言うなれば、略式の『ファントムビルド』。
──先程触れた、『我々の技術のひとつ』とは、本来、『ファントムビルド』を行う際に副次的に展開される力場を、強制的に展開し。
それによって、『ファントムビルド』の持つ本来の『ルール』の大部分を一時的に排除し、幻影による純粋な力の撃ち合いへと捻じ曲げることである。
……この技術の大きな特徴としては、単に手っ取り早い点と、それから、『相手がソーサラーでなくてもファントムビルドを介しての無力化が可能である』という点だ。
──実際、彼女の後ろで倒れている私の部下たちは。
そうして無力化されて、意識を失っているのだろう。
……ちなみに。
これは、余談だが。
そのエネルギーは。電力や運動といった、私たちが想像できるようなものとは異なる……まあ、定義だけができるという観点から、ある意味では虚数のようなものとも言える……そんなエネルギー、なのだが。
仮にも、エネルギーはエネルギーである。
……つまり。
もしそうであるのなら、物理的なエネルギーとも変換できる。
……だからなのか、仮にソーサラーでない人間が『ファントムビルド』で敗北した時。
それは「極端に大きな疲労」という形に変換されて、現れる。
……一応、それを検証する際、充分と言える程度の回数を行ったが。
それによって、直接的に死に至るようなことは、無かった。
さらに言えば、むしろ、その、エネルギーの変換に着目して応用させたことで、それは『ソーサラーでない人間にもカードを顕現する力を持たせる技術』の実現へと繋がったりしたのだが……まあ、先述した通り余談でしかない。
……話を戻そう。
略式の『ファントムビルド』という、技術について。
──この技術には、大きな弱点がある。
……。
……私は、手のひらを前に向け。
そこに件のエネルギーを収束させる。
──そうして。
……そこには40のカードの束が。
即ち、『デッキ』と呼ばれるものが、現れた。
……単純な話だ。
手順を省略して結果だけを求める方式よりも、本来の手順に従う工程を踏む方が。より強い、というだけのこと。
「……まあ、そうなるか。だが、いいのか?」
妹が、私に合わせるように、デッキを作り出す。
……こうなれば、極めて簡単な話になる。
「──今なら、間に合う。まだ警察にも通報してねえし、誰かに話してもいない。……今なら、引き返せるはずだ」
……妹は、この期に及んで。
私に対して、そんなことを言う。
……間に合う、とは。果たして、何に対して言っているのか。
私たちが、非人道的な研究に足を踏み込んでいることか。
それとも、ここ最近、さらなるデータサンプル確保の為に、私たちがプロのソーサラーを誘拐して回っていることか。
……あるいは、もっと、前のことか。
──結局、引き返せるものなど何もない。
ここまで進んできてしまった以上、進み続けるしかないのだ。
……。
……だって、私は。
……。
……そうして。ふと、前触れもなく思い至った。
私が『ファントムビルド』の研究を継続している、本当の理由。
もっと言えば、プロのソーサラーへの憧れから始めたはずの研究なのに、そこに手を出して平気でいられる、その理由。
……そもそもの話、私の中でその世界への憧れは、早い段階で、潰えた。
理由は簡単だ。それは単に、私にプロになれる程の才能がなかったから。
──だが。その上でなお、私にとっての特別であって欲しかったものは。
特別であると、信じていたかったものは。
……まあ、単純な話だ。
私にとって特別だったものは、その世界では。いろいろな場面で、後一歩、及ばなかった。
もっとも、逆に言えば、後一歩でトップに届くということで、世間一般的な評価は高かったようだが。私にとっては、妹が一番になれないことが、不服だった。
具体的に言うなら、規模の大きい大会で、決勝に出場したことも何度かあったし、それに、結果として選ばれることはなかったものの、何度か、世界大会で国の代表の候補にも名前が挙げられたことがある。
……が、全国規模のプロ大会で優勝したことはなかったし、全国の代表として選出されたことも、結局は一度も無かった。
……私にとっての特別で、私の憧れを背負って代わりに進んでくれると信じた彼女なら、そんなもので終わるはずがないと。勝手に信じていた。
もっとも、向こうはそんなもの押し付けられたものに過ぎないし、いい迷惑だったことだろう、と。そんな当然のことにも、あの時はまるで気付けなかった。
無責任な、期待と失望。
そういうものは、言葉にせずとも、伝わるものだ。
……妹が「結果を出せない」と苦しむようになったのは。
妹が、私の元から離れていく事を選んだのは。
何もかも、全部。私が……。
……と、いうことは、少し前から薄っすらと考えていたことだ。
そして今。
ここからが、今私が思い至ったことになる。
まず、現在。私はさらなる外道に手を染め、プロのソーサラーというかつての憧れを、穢している。
──それは、研究のための仕方のない工程だから……というのが理由の全てではない。
……身勝手にも勝手にかつて憧れを託した彼女が、私が理想とした場所に届くことができなかったから。
つまり。言うなればそれは一種の癇癪みたいなもの、なのだろう。
……今になって、ようやく。
あまりにも遅い。しかし、気が付いた。気が付いて、しまった。
……思えば、私という存在はどこまでも醜悪で、卑劣で。
であれば、社会という場所に私が存在していい訳がない。
……そして。だから、こそ。
「……残念だが、引き返す道なんてない。ここでお前を斃し、私は次の実験を始める。人に知らせずに来たのは……迂闊だったな」
──立ち止まることなど、許されるだろうか。
それは、否だ。ここまで来てしまったのなら、むしろ、醜悪で卑劣な外道を、徹しなければ。
……もし、仮に。
例え、立ち止まるにしても。
……それは、「立ち止まらざるを得ない時」しかない。
本当は進めるのに、立ち止まってしまったら。
……そしたら、全ての咎を、正しく受けることができない。
……。
「……そうか。……本当に、残念だ」
……そうして。
私と妹は、カードを介して、ぶつかり合った。
……。
……そして。
呆気なく。決着がついた。
……改めて、どこまでもくだらない話だ。
意識を失い、倒れている妹を一瞥する。
……。
……想定外だが、冷静に少し考えれば、想定できた結末だった。
こうなることは、予測の範疇だった。
私たちの研究によって得た知識の中に、『カードとは、異なる世界の断片であること』それから『ソーサラーの持つカードの強さとは、断片の純度に依存すること』というものがあるのだが。
……それらの知識を元に、私たちで開発した技術の中には。
『カードの断片としての純度を引き上げる』というものがある。
……そして、それだけではない。
これは少し前に、自身の埋没を恐れ、力を求めるプロのソーサラーを対象に、その技術によってカードへの介入を行った際のこと。
……その状態で、そいつがプロソーサラーの大会に出場した時。
他のソーサラーや、現地で観戦していた者は、そいつのカードの効果を認識することができなかった。
──もっと言えば、カードの能力を知ろうとするだけで頭痛をもたらすような、そんな現象が起こったのだ。
……その後、それは『断片の純度が高くなり過ぎたが故』という結論が出た。
そして同時に、あれは元から一定の純度のある断片に対して干渉を行った際にしか同じ現象が発生しないことも、わかった。
……それで。私は、妹に。
素の実力では勝てないことがわかっていたから。
カードの能力を強化する為に、断片の純度を引き上げるその技術を大いに利用した。
──そうしたら。
それが。その、カードの効果を読み取ることができなくなる現象が。
ついさっきまで、ここでも起こっていた。
──そうなれば、一方的な試合にしかならない。
……冷静に考えて、カードの性能での優劣に明確な差があるのなら兎も角、そうでないなら。一方的に、相手のカードの内容を知ることができないというハンデを背負わされて、果たして誰が勝てるというのだろうか。
……。
……私は、どうしたかったのか。
何を期待して、カードバトルなど、挑んだのか。
あいつはきっと、私に負けるはずがないと踏んでいたのだろう。
だから、カードバトルを仕掛けてきた。
では、私は。
最初から、勝てると思っていなかったのなら……。
ついに100話目になりました!
初投稿にして、ここまで続けてこられたのは、一重にここまで読んでくださっている皆様のおかげです!ありがとうございます!
また、感想や高評価、お気に入りなどしてくださっている皆様、重ねて、本当にありがとうございます!その1文、その1クリックが、ものすごくモチベーションにつながるということを常々感じております。
至らぬ点も多いかとは思いますが、もう少しお話は続いていきますので、ぜひ、ここからのお話もお付き合いいただけたらと思っております!