※三人称視点?です。
──これは『ファントムビルド』というものが、元より存在しない世界での、出来事である。
……つまり。今から始まる物語は。
私たちにとって、自分たちの世界で起こる未来の物事であると同時。
──例えば『雲田香澄』という少女や、彼女と同じ世界に住まう者たちにとっては。
『異なる世界』でかつて起こった……縁もゆかりもない地に於ける。過去の物語と、なるだろう。
……。
……物語の分岐点、あるいは、始発点。
それは。
赤い光が明滅する、黒い空の下でのことであった。
──そこに。
長く、黒い髪。そして、黒い瞳の。
まるで、人間の少女のような外見をした存在がおり。
そこへと。唐突に。……穴が、穿たれた。
そして。
突如として2つの未知なる存在が現れた。
その内の片方は、青い瞳。そしてもう片方は、赤い瞳。
……そんな対照的な2つの存在もまた、黒い瞳のものと同様、人間のような姿をしていた。
……。
……その、出会いは。
双方にとって、まるで意図しないものであった様子で。
互いに言葉を発さず、様子を見て……しばしの沈黙が訪れた。
……。
……そうして。
しばらくの後、その片方。
──赤い瞳が特徴的な、なにかが。
いきなりその口を開いて、言葉を紡いだ。
「……わたしたち、この世界の外側から来たんだ!──だから、もしよければ。この世界のこと、わたしたちに教えてくれないかい?」
「……?」
……急に投げかけられた、その言葉に対して。
問われた黒い瞳の少女は困惑したように、首を傾げた。
……そして。
「……すみません。おっしゃっている意味が、よくわかりません」
……それは、平坦で、無機質で。そして、たどたどしい言葉。
そして、その答えの内容は。ひどく不親切なものであると、捉えることもできるだろう。
……だが。
彼女にとって。
その答えは限りなく誠実で、そして限りなく不正解から遠いものとして、出力されたものだった。
『世界の外側』。
『この世界のこと』。
──例えば。急にそんなことを言われたとして。
自分の存在する世界のことを、何と紹介するべきか。
……「世界のことを教える」とはつまり。
自分たちにとって「当たり前であること」の中から、相手にとって「当たり前でないこと」を推測して伝える必要がある。
例えば、「カードバトルが一般的に行われている世界」。
例えば、「人間という種族が地表で生活している世界」。
例えば、「地表が球を描いている世界」。
例えば、「宇宙と呼ばれる空間に幾つもの星が存在している世界」。
自分にとっては当たり前の物事でも、相手にとってはそうとも限らない。
であれば、当たり前でないと思って言葉を足せば、それは過剰になるかも知れないし、当たり前だと思って言葉を省けば、それは不足となるかも知れない。
……どこまでが前提として扱ってよい部分で、どこからが説明を要する部分なのかが分からなければ、説明などしようがない。
──と。
それが発した言葉は、そのような思考を経て導き出された結論だった。
……そして、言葉の裏にあったその思考の過程は。
最低限の言葉ではあったものの、質問者へと正しく伝わった。
「──それもそっか。……いきなりごめんね!じゃあ、まずは自己紹介をしよう!わたしはテロス。そして隣のこっちがアルケー。……と、これまた失敬。名前という観念は、存在するかい?」
認識の違いを探るために、段階を踏むことにしたらしく。
彼女……テロスは、自分たちの名前を伝え、それから相手の名前を尋ねた。
……名前。
それはつまり、特定の文字列を個体と紐付け、それを利用して特定の個体を呼称する概念のことである。
「……はい。えっと、名前……でしたら。その、『スピカ』という名前があります」
……名前という概念は、この世界にも存在する。
彼女は自身を、『スピカ』と呼称した。
「わかった。ありがとう、スピカ!それで、わたしたちは、この世界を見て回りたいと思っているんだけど、案内してもらうことは、できるかな?」
そしてどうやら。テロスは、世界のことを言葉で尋ねる行為に、意味がないと判断したようで。
──そのように、問いを変えた。
……そして。
それに対して。
「──えっと。……はい、それなら多分……大丈夫、です」
……少しばかりの、間を置いたのち。
スピカは、首を縦に振って、その頼みを了承した。
──脈絡のない、唐突な出会い。
双方の間に理解は無く、歩み寄る工程すらも存在せず。
しかし、こうして。
世界にとっての異物である『テロス』と『アルケー』。
それから、世界に元々存在していた『スピカ』。
──以上の3者による、やがて世界の終わりを導く旅は。
これほどまでに、何の前触れもなく、始まった。
……。
……そうして。
「……天動型。地表は平面。形状としては、こんな感じね」
「平面式か、なるほど。……そうだね。──スピカ、この世界で、もしもこのまま、ずっと真っ直ぐに進んでいったら、どうなるの?」
「……?ずっと真っ直ぐ、ですか。そう、ですね。……考えたこともないですが、多分、無限に地表が続いているんじゃ、ないでしょうか……?」
──少々、時は経ち。
それなりに、躊躇いなく言葉を交わせる程度の間柄に、なっていた。
……いや。
考え直せば、元々テロスなる存在は、最初から何の遠慮もなく見知らぬ相手に問いを投げかけていたし、スピカなる者は、問われたことに何の疑問もなく答えていた。
──と、なれば。
特に、何の変化も起こっていなかった……と、言うべきか。
「──そういえば。この空は、ずっとこんな感じなの?」
「……えっと、こんなって、どんな、ですか……?」
青い瞳の……アルケーも。
テロスと同じように、無遠慮に、問いを投げる。
「……そうだね、空が明るくなったりとか、青くなったりとか、しないのかなって。──そういうことだよね、アルケー!」
「……そう。わたしはそれが聞きたかった」
「……えっと、青い、空……ですか。ちょっと、想像がつかない、ですね」
「なら、朱は?」
「……うーん、赤い、空……も、ちょっと想像出来ない、ですね」
「──そう。なら、いいわ」
「…………?」
青い空に、赤い空。
……未知へと触れたスピカは、困惑していた。
無理のない反応だろう。
……この世界には、黒い空しか存在しない。
昼夜の概念などは、ここには全く無いのだから。
……と。
このように。
彼らはまるで噛み合わない会話を繰り返しながら。
ただひたすらに、歩いていた。
……そして。
その時。
「──なんだ、客かァ?……スピカ!」
刹那、唐突な風切り音。
……と、同時に。
──鈍重な金属同士がぶつかり合う、重く鈍い、金属音。
……そして、遅れて、衝撃波。
──轟音と共に広がった土煙が晴れると、そこには。
地面へと斜めに突き刺さった、大剣があった。
「……あ、えっと、レグルス、さん。その……久しぶり、ですね」
……そう、遠慮がちに言葉を返すスピカの頭上には。
その真横に刺さる大剣と、全く同じ大剣が。宙に浮かぶレグルスなる者との直線上に浮かんでいた。
「──ケッ。……相変わらず、気に入らないツラだ」
レグルスが腕を上へと掲げると、地面に深々と突き刺さっていたはずの大剣が、1人でに、宙に浮き上がる。
「……で。そいつらは、何だ?」
そうして浮かび上がった大剣を、まるで自分の指のように扱い、それで指し示しながら、レグルスは問いかける。
「……えっと、そっちがテロスさん、で……それから……そっちが、アルケーさん、です」
──それに対して、スピカは。
剣の動きを目で追いつつ、それが向いている方向に合わせて、質問に答えた。
「……そう言うのを聞いてんじゃねェよ。──てことは知らんってか。で、てめェが連れてるってこたァ、オレらの13体目や14体目って訳でもねえんだろうし……いやまァいいか。……そいつら、殺そうと思って殺せる存在か?」
「……えっと、多分無理……だと、思います。外から来たみたい、なんですけど……ルクバトさんも何もしませんし、おそらく……」
「──あァ、そうかよ。じゃあ、てめェの首だけ貰ってくか」
……少しばかりの、会話の後。
一切の予備動作もなく。
大剣が、再び。無造作に射出される。
……しかし、これもまた、スピカの大剣により、正面から迎撃され。
軌道を逸らされ、そして、無関係の地面を抉る。
──が、どうやらそれは想定通りの様子で。
……今度は。
地面から再び浮き上がり、スピカの背後へと迫るレグルスの大剣と、レグルス自身の突進のタイミングとが、ちょうど重なる。
──それに対し。
やや反応が遅れたスピカは、自身の操る大剣を背後に回し。徒手で、迎撃の構えをとる。
……が。
さらに、そのタイミングで。
「──うわぁぁぁああ!!止まってぇぇえ!ひゅーちゃぁああん!!」
──両者の間に、横槍が入った。
……再度、まるで雷が落ちたかのような轟音と衝撃が走り、その後。
再び舞った、土煙が晴れる。
──それは、横「槍」と言うにはあまりにも、巨大だった。
……竜と呼ぶべきか、蛇と呼ぶべきか。
それは、大きく長い首を持ち、強靭な四肢を持った……なにかだった。
「……チッ。おいアクベンス!てめェ、また自分で造った傀儡に振り回されてやがんのか!」
──しかし、巻き込まれたレグルスが大きな声を出し、不満をぶつけたのは。
その怪物に対してではなく、それよりも遅れてやってきた……先ほど、大きな声で悲鳴をあげていた者に対してだった。
「……!そんなこと言われてもぉ……。ひゅーちゃんを縛るなんて可哀想だからぁ……。──ん?どしたのひゅーちゃん?……お腹空いてる?あれ食べる?いいよぉ!食べちゃえ食べちゃえ!」
怒鳴られた、アクベンスなる者は。
まるで、反省するような様子はなく。
──むしろ、その怪物を、焚き付けた。
嬉々として迫る怪物を、レグルスは正面から受け止める。
……そして。その隙に。
「……えっと、今のうちに……行きましょうか……」
「──ッ!くそッ待てや、このッ!」
──背中を追うように。
苦し紛れといった様子で、音速で飛来してくる大剣を。
スピカが新たに生み出した、蛇のような竜のような怪物が。
……その身を盾に、受け止める。
「──余所見してていいのぉ……?──今だ!やっちゃえ!ひゅーちゃん!」
……こうして。
スピカと、それから、テロスとアルケーは。
新たに勃発した大規模な破壊を背に。
……まだまだ旅を、続けるべく。さらに、足を進めていった。