※月城(姉)視点ですが、途中で視点変更があります。
倒れている少女を研究所へと運び終え、考える。
……今起こっている空の異常は、ただ暗くなっているというだけではない。
これは、私たちが作り出した技術の中のひとつ……略式の『ファントムビルド』を行う際に作る、例の力場と似通った性質を持っている。
……ただ、あくまで似通った性質を持っているというだけであり、本質的には異なる現象なのだろう。
少なくとも現時点で、異なる点が大きく分けて二つほど、見えている。
まず一つは、私たちが略式の『ファントムビルド』を行う際は、特殊な道具を用いる必要があるのだが、今のこれが、そういったものを介さずに作り出されている、という点。
それから二つ目は、私たちの技術で作り出したものが、略式の『ファントムビルド』によって振るわれる力が正式なルールに則って行使されるカードの力に比べて低出力となる性質を有している一方、今のこの状態では、その逆。
……具体的に言えば、『カードの精霊』を呼び出し、それに力を振るわせることはできても、カードを顕現させることそのものができなくなっている。
つまり、仮に。私たちの技術が、世界のルールを捻じ曲げるものだとすれば。
今起こっているのは、そのルールを完全に近い形で消去したもの、と言えるだろう。
今はまだ、見かけの変化に戸惑う者が多いが。
……おそらく数日もしないうちに、今までは『カード』だった『異なる世界の断片』の新たなカタチは発覚し。
そうして、限られたものだけに半ば自動的に与えられる、無秩序かつ無差別的な、そんな新たな力によって。
人類が作り出した、法律などに代表される人類のルールは覆り、すぐにでも、世界はさらに大きな混沌に呑み込まれることになるだろう。
……まあ、もっとも。
この、『世界全体へと貼り付けられた無秩序』だけであれば、きっと、どうとでもなる。
文明は大きく後退することになるだろうが、最終的には。
新たな世界に最適化された、新たな秩序が生み出されることだろう。
……だからこそ、最も懸念している事項はそれだけではない。
今この状況で次に起こると思われる、『異なる世界そのものの顕現』。
……そして、『異なる世界の主の降誕』。
元々は、私たちが目指していたものではあるが……。
今にして思えば、はっきり言って、バカげている。
これまでは、所詮元は『カード』へと封じられていたものなのだから、それが現れたとて、制御できるだろうと踏んでいた。
……だが、現実はどうか。
まだ、それは世界に姿を現していないというのにも関わらず。
まだ、その予兆が現れているだけに過ぎないというのに。
……もう既に、この世界のルールが覆されている。
もっと言えば、『異なる世界の主』が顕現したとしても、「それを制御し、新たな研究材料にできるだろう」と計算していたのは。
──あくまで、この世界のルールが機能していることが前提だった。
……例えば。
これは少々極端な話だが。
──万有引力の法則と呼ばれる、これもまた世界のルールと呼べる現象がある。
……それがあるのなら。
例え、創作物の中に出てくるような、強大な力を有した存在が現れたとしても、太陽の中に放り込めば。あるいは、ブラックホールへと送り込むことができれば。
──もちろん、その過程に、大きな困難がある様に見えるかも知れないが……。
もしも。それを可能とする方法さえあれば。
……大抵は、どうにかなると考えられるのではないだろうか。
つまり、簡単な話。
今覆されている『世界のルール』とは。
いわばそういった、無くなることを想定していないような、大前提だった。
……どうするべきだ。
責任を取るべきだ、というのは分かっているが。
その為にも、今できることは……。
……考えながらも、私は。
必死にこれまでの研究の成果をまとめた資料を、漁っていた。
──そんな、時だった。
視界の端を、1匹の小さな蛇が、空へと向かって飛んでいくのが見えたような……そんな気がした。
……そして。
──またすぐに。世界に、新たな異変が起こり始めた。
……。
──────────
……。
……一瞬。言い表し難い何かを感じた。
……世界は、まだ。
香澄のデッキのフィールドカードに酷似した夜に、沈んでいる。
私は、あれから。
……有栖と有栖のお母様と一緒に心当たりの場所を一通り見て回ったものの、やはり香澄の行方を掴めず。
──その後。
結局、有栖の家に泊まることになった。
そうして、有栖と一緒に過ごしていたのだけれど……。
──何かを感知したような感覚を覚えたのは、私だけではなかったようで。
自然と、有栖と目が合った。
「……雪菜ちゃん、何だろ。今の──」
……有栖が、その言葉を言い終わる前に。私たちは、明確な異常を目にすることとなった。
──それは、窓の外。
家の外で、起こっていた。
……まるで、子供向けアニメで見るような格好をしている、小学生から中学生くらいと思われる小さな少女が。……至る所で、空を飛び回り。
そして、無差別に通行人を、攻撃しているように見える。
……あるところでは、炎。またあるところでは、氷。
あれは……魔法や魔術とでも、いうのだろうか。
不可思議な現象が、あちらこちらで起こり。
……通行人が、昏倒していく。
……そのあまりに混沌とした光景に。
しばらく、呆気に取られた私たちだったけれど。
「……雪菜ちゃん。──気が付いた?」
……唐突に、有栖が一方を指差して言う。
──その指の先は。
少女の1人が放ったと思われる、激しく燃える炎の球が。
ちょうど、一軒の家へと、着弾するところだった。
……が、しかし。
家は、燃えない。
──それどころか、ボヤひとつ見当たらない。
……ただ、その炎の着弾した辺りにいた人だけが、倒れていた。
こんな現象に、私は一つだけ心当たりがあった。
それは、『ファントムビルド』で作り出した、カードによる幻影。
──もっと言えば、『ファントムビルド』で決着がつく瞬間は。
まさに、ああいった光景が。たまに見られることがある。
……もしかして、と。
そんなことを思うよりも前、自然に私は……いや、私と有栖は。
『カードの精霊』と呼ばれるものを、出現させていた。
……何となく、わかる。
これに、命じればいい。
そうすれば、カードから出現するもの同様、幻影であるこれが。
──あれらに対して、対抗できる。
目を合わせたまま、私と有栖は。
……どちらからともなく、目線を再び窓の外へと移し。
そして、ほとんど同時に、頷いた。
時間も時間だから、有栖のご両親は、もう眠っていることだろう。
……私と有栖は、なるべく音を立てないように、静かに部屋から出て。
そして、家の扉を開けて、外へと飛び出した。
──そうしたら、私たちに、気が付いた様子で。
宙に浮かぶ少女が1人、向かってきた。
ぱっと見の華やかな外見とは裏腹に。
近くで見れば、ひどく虚な目をしていたことに、気が付いた。
──そして。
少女は両手に持ったステッキのようなものを、振りかぶり。
……そこから現れた炎の球が、こちらへ向かって飛んでくる。
──が、しかし。
私の、氷の竜の姿をした『カードの精霊』と。それから有栖の、浮遊する本のような形をした『カードの精霊』により。
炎の球が吹雪によってかき消され……そして、開かれたページの中から出てきた、斧を持ったブリキの人形によって。少女は真っ二つに、両断された。
……そうして、両断された少女は。
『ファントムビルド』でカードから現れた幻影が消失する時のように霧散した。
「……それ、なんか、絵面酷くないかしら?」
「うーん……たしかに。……ちょうど同じことを思ったかも」
……依然として、状況はまるでわからない。
けれど、私たちには。
少しだけ、できることが、ありそうだった。