※三人称視点?です。
……可能性が閉ざされることが、世界の終わりであるのなら。
今この瞬間に世界が終わることを、スピカは否定できなかった。
──つまり、スピカはこの先に分たれ分岐する未来の可能性を思い描くことができなかった。
……そして、その前提は。
すなわち、可能性の収束……一本道の未来へと至ることが世界の死をもたらすという、その前提は。
彼女にとって、最初から。それこそ、スピカが世界に生み出されたその時から。既に、提示されていたものだった。
間違いなど、どこにあるだろうか。
……これまで信じてきた『世界の意思』こそが、誤りだった。
世界よりも大きなものがあるのなら、そこにある秩序こそが『より正しいもの』であるのだから。
……仕方がなかった。
生まれた時点で、これ以外の結末を求める道など無かった。
……と。
そう諦めることこそが、本当の、今一番に『正しいこと』だと、スピカは理解した。
しかし。
……同時にスピカは、その理由を自分でも理解できていない様子だが、あれだけ求めていたというのに、『正しいこと』を、選ぶことができずにいた。
──最後の思考。
それを認識してなお、スピカは没頭する。
なぜ、どうして。
……どうしてこんなにも、自分はそれを認めることが、できないのか。
……。
……そして。
世界が終わる、その刹那。
──揺れる心が、ようやく片方へと、傾いた。
スピカは、自覚した。
……それは矮小で自分本位な、願望であった。
──世界を賭けた争いの先にあったはずの、まだ知らない何かを見たい。
もっと、多くのことを知りたい。まだ、終わりなんて望んでいない。
そんな、秩序によって定められた『正しさ』に迎合しきれず、同時に、諦観と自棄による混沌にさえ染まりきれない。ただ、不完全で不安定な、ゆらぎ。
……魔女は。
必ず何らかの欠落を持って、生まれ落ちる。
その中でも特にスピカは、その欠落が大きく。
おおよそ自我と呼べるものが発現していたとは、とても言えなかった。
もっとも、他の魔女が正しい意味で自我というものを獲得していたかといえば、そうではなく。
……あくまで、そういったものと似た挙動をする設計で使ったものに、過ぎなかったと言えばそうなるが。
しかしやはり。その中でも最たるものが、スピカであった。
──自分自身の一人称さえ言葉にしたことのない者を、誰が、確立された意思があるなどと言うだろうか。
……しかし。
それはもはや、覆った。
──争乱の、終了条件。
無限に魔女と呼ばれる候補者が、世界によって生み出され続ける中で、勝者を定める条件。
……すなわち。
真の世界の主の選定基準は、こうである。
『争乱の中で、自分が持って生まれなかった欠落を己で埋めることができた者』
……この世界の、あらゆる存在に対して秘された条件により。
ゆらぎの発露の兆しを見せたスピカを、世界の主へと選定し。
世界に存在するあらゆる資源に対しての、絶対的な権限を付与する。
……そうして、その瞬間に。
自身の原始的な欲求、あるいは感情を自覚したスピカが、それに駆られ。
──スピカは、甚だしい拒絶によって、満たされた。
……それまでのスピカなら、拒絶という意思の発現へと辿り着いたところで、それは何ももたらすことはなくそのまま世界の終わりの中へと、飲み込まれていたことだろう。
だが、その直前に。
彼女は、世界そのものと接続された。
……果てしない、力の暴走。
純然たる力は、彼女自身の拒絶に染まる。
──魔法とは、本来。
不可能なはずのことを、可能なものへと変えてしまうことを表現する言葉なのだと言う。
……で、あるのなら。
──この一瞬の内に起こった、一連のそれは。
まさしく、魔法であったと言えるだろう。
可能性の萌芽。
世界を滅ぼす力の模倣。
……形無き拒絶が起こした魔法により再現された、世界を記録へと封じる力は、その力の本来の所有者へと牙を剥いた。
……。
……世界は、白に染まってゆく。
崩壊そのものは、避けられないだろう。
……だが。しかし。
長き、時を経て。
私と、私の世界は。
──賭けに、勝った。
……確かに、このまま世界は形を失い、崩壊するだろう。
けれど、世界そのものは、存続される。
──その、理屈として。
……まず、滅びの力とは要するに。
世界を分解し、単なるエネルギーと。それから、残った残滓を、何らかの手段で参照可能な『記録』へと変化させ。
そして、霧散されたエネルギーはやがて、新たな世界の芽吹きのためのエネルギー源として再利用されることになる。
……そして。
今起こっていることは、それに対して。
確かに分解こそ行われるが、エネルギーも『記録』も、全てが再利用されることなく、新しい主という、ひとつの存在へと集約される。
そうなれば。形こそ失えど、確かにそこに存続する。
──まあ、『存続』という言葉の捉え方によっては。
結局、世界の滅びを阻止できていないということになるのかも知れないが。
……いずれにせよ。
私はもう、お役御免である。
世界が滅びたか存続したかを定めるのは、次の主の役目であろう。
──私の、役目。
『争乱の監督者』そして、『新たなる主へと役割を引き継ぐための前任者』その二つは、同時に意味を失うように、できている。
争乱の最中では、【人馬の魔女】と名を名乗り、時折り弓矢を以て介入してきたが。
それも、終わったことである。
……改めて。
争乱によって、ただ力の強い者を決めて主へと据えるという、表向きのルール。
考えるまでもなく、杜撰なものだ。
力を多く有している者を選び出し、それを主に据えたところで。
無は、有へと翻らない。
振り返れば、サダルメリクの推論は極めて正確なものであった。
……たしかに。世界は、そこに無いものを作り出せない。
しかし、だからといって。
──手段が存在しないわけではない。
「……候補者の外部との、接触。最初から、それが狙いだったってことかい?」
私自身もまた、世界の一部として、崩壊に呑まれる最中。
……模倣された滅びの力を受け、同じく崩壊に呑まれていくテロスが。
こちらへと、話しかけてきた。
「……その通り。そして、それは果たされた」
「……。世界を存続させたいという意思なら、あなたも持っていたのでは?なぜ、こんな回りくどいことをした?」
それから、アルケーもまた、問う。
……考えるまでもないが、このような回りくどいことをしなかった場合に辿る結末など、目に見えている。
それに、それは思い違いでもある。
距離や時間という概念が崩壊したことで、私はその瞬間、アルケーやテロスと対面していた。
……いや、距離や時間が存在しないのだから、対面というのも、少しばかり語弊があるが……まあ、それはともかく。
アルケーに対し、私は首を振る。
否定の表現の、つもりだ。
「私は、この世界は。そうあれと生み出された。その時は、今のような自我は無かった様子であったが……。しかし、間違いようがない。かつて私を作り出した……アルケー。事実、この世界に込められた分岐は全て使い切り、そして、それを生み出す能力もまた、確かに、備えていなかった」
さらに、言葉を続ける。
「すなわちこれは、あなたがたが齎した結果に、過ぎない」
──ありがとう。おかげで、まだ存続できる。
「そして。あなたが、かつて私に命じたことは、確かに果たした」
──上手くできた。期待に応えることが、できた。
「……っ」
目を見開き、言葉を失った様子のアルケーの姿を最後に。
……世界は、あらゆる概念を喪失し。完全に、形を失った。
特に、何かあるわけではないが。あえて、最後に願いを託すのなら。
……どうか、私の後継が。
自由な意思と呼ばれるものを、獲得したと。
──そう、自認できる時が来ることを。